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静脈内鎮静法で親知らずを抜いた話(1)

「抜歯しましょう」
2017年12月上旬、通っていた歯医者で「宣告」を受ける。
ついにこの時が……。

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最初の親知らずとの出会いは、中学三年生の春休みだった。
その日はひな祭りで、壁に貼った進研ゼミのカレンダーの3月3日の欄に「親知らず」と書き込んだ。あまりにも絶望したのでよく覚えている。

歯茎がギシギシと痛い気がする。虫歯かな?小二以来ひとつも虫歯なんてなかったのにな……。
恐る恐る鏡で確認すると、左下の親知らずが少しだけ顔を出していた。

これより少し前、母親が親知らずの抜歯をしてその体験談をたくさん聞いていたため、本当に生きた心地がしなかった。これからの高校生活に想いを馳せることなど全くできなかった。

「途中で麻酔が切れかけたので、追い麻酔(追加で麻酔を打つこと)してもらった」
「入浴したら、血行がよくなったのか出血して口から血が垂れた」
「抜歯中は、ゴリゴリという音が頭に響いていた」
「横向きに生えていたので歯茎を切り、縫った」

そんな話を聞く度に、どうか一生親知らずが生えませんようにと願った。

生きているうちに医学がめちゃくちゃ発達して、いつか祈りを捧げるだけで一瞬で抜歯できるようになるに違いない。
そうならなかったなら、私は一生をこの親知らずと共に生きていこう。本気でそう思った。

高校に入学してすぐ、右下へ親知らず二本目が生えた。

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薄々勘付いてはいたが、この親知らず……完全な横向きに生えている!
二本目を育てながら、私は○年ぶりの歯医者へ向かうことにした。最後に歯医者へ行ったのは、折れた歯がそのまま歯茎に刺さった時だった。この話もいつか書きたいな。

半分以上埋まっていてよく見えないのでレントゲンを撮ってもらったが、二本とも見事な横向きすぎてちょっと笑った。笑えない。

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「若くて元気なうちに抜いちゃった方が良いですよ〜……あっちょっとだけ虫歯になってますね」
えっ!すぐ治療するべきですか!!予想外の自体にビビり散らす高校生。

「まぁまだ緊急性もないので、決心がついたら紹介状書きますから教えてくださいね」
決心なんて一生つくわけない。

その後12年「決心がつかない」まま放置していた。
気付けば、横になった歯の隙間がもう隙間とはいえないレベルになっていた。虫歯です、本当にありがとうございました。

爪楊枝で大穴をつついてみたところ(やめた方がいいです)、電流が走ったような衝撃。ヤバいヤバいこれは絶対ヤバい。いい加減、抜歯を考えなければならない。抜歯中だけ、どこかの誰かと精神を入れ替えてもらいたい。無理ですね。

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親知らずと共に高校を卒業し、大学を卒業し、社会人になり……爪楊枝で虫歯の穴をつついてみてもほとんど痛みを感じなくなってきた頃。
社会人になってやたら虫歯ができるようになったので定期的に歯医者に通っていたが、ついにその日はやってきた。

「これ以上待つのはもう限界です」
「痛くなってから抜こうとすると、もっとつらいです」

「」(衝撃で呆然としている)

「ほら、この病院で抜歯が一番上手だと思う先生に紹介状書きましたから……」

出会いから12年、ついに抜歯を決意した、もといさせられた瞬間だった。

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(大きい病院だな)

12月。紹介状を持って向かった某病院は、とても綺麗な建物だった。受付で渡されたカルテを持って、記載された順にそれぞれの科を回る形で、診察が終わるとスタンプが押される。スタンプラリーみたいでちょっと楽しい〜と、最後に抜歯のための診察を受けるということも忘れてテンションが上がっていた。

というのも、初回でいきなり抜歯されることはないでしょうと私は完全に安心しきっていたのです。これをフラグと呼びます。

点滴のガラガラ(正式名称が分からない)を引き連れた人が目の前を通り過ぎるのに若干ビビリつつ、名前を呼ばれたので口腔外科の診察室に入る。
診察室はオープンな感じで、学校の教室何個分だろうという大きな一部屋にたくさんの診察台が設置されていた。あちこちから工事のような音がするので、この時点でもう帰りたくなっていた。

「あなたの歯の状態ですが、奥歯二本が水平埋伏智歯……つまり横向きで、歯茎に埋まっている状態ということですね」
「はい」
「埋まっているので、そのままでは抜けません。歯茎を切開して取り出します」
「はい(怖……)」
「どうします?今日やっちゃいます?」

!!!???

今日!!??????
え?今日!!!!!???????????????


まさか今日やってしまうとは思っていなかったので「ちょっと覚悟してきていいですか」と訳分からないことを口走り、診察台の上で涙が出そうになるのを堪えたり、体が冷たくなってきたりした。動揺しすぎである。

(本当に今日やるとは思わなかった)
(でもせっかく来たんだし……と言うか有給取ってまで来たわけだし……)
(一回で終わらせたい)
(あと数時間後には親知らず無くなっているとかすごくないですか?)
(すごい)

「……是非やってください!」

自分の恐怖心が思ったより、だいぶ、ずっと強かったということを、この時はまだ知らなかった……。

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麻酔をしてしまえば後はじっと待つだけだ、痛みのピークはここなんだと言い聞かせて診察台に座る。表面麻酔を塗ってからの局所麻酔だったので、注射自体は思ったより痛くなかった。
念のため、麻酔がしっかり効いていることを確認してから何かの器具が口内に入れられる。

(あとはどうでもいいことをひたすら考えているだけで良い)
(一番痛いところを乗り越えたんだから大丈夫)
(帰る頃には親知らずが無い状態になっているの、実感がわかないな)

そんなことを考えている内、違和感に気付いた。
視界がテレビの砂嵐のようにザーッとなった。息が吸えない。部屋は暖房が効いていて暖かいはずなのに、寒い。寒いのに汗が止まらない。手が固まって動かせなくなった。何かあれば手を挙げてくださいね、と言われたのにこれでは挙げられない。息が吐けない。

自分の意思でうまく呼吸ができないのって、とても恐ろしいものなんですね。今思い返してもめちゃくちゃ怖かった。結構トラウマになってしまったらしく、これから二ヶ月ぐらいは息を深く吸い込むことが難しくて、電車の中で突然苦しくなって座り込んだりしていました。息は吸っているのに、それが体の中に入っていく感じがしないと言うか……。

「一旦休憩しましょう!」という助手のお姉さんの声で我に返り、鼻にチューブを付けられていることが分かった。指にクリップのようなものも付けられていて、自分がぼろぼろ泣いていることも分かった。

「うまく息ができていないような気がするかもしれませんが、ちゃんと吸えているので!逆に吸い過ぎている状態です」
「とにかく息を吐いてください。難しいと思うので、多少無理をしてでも吐いて」

アドバイスに従って呼吸をし、貸していただいたブランケットに包まり、ようやく落ち着いた頃には1時間以上が経っていた。

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結局、抜歯には至らなかった。むしろそれ以前の問題だった。
自分が人一倍怖がりであることは分かっていたが、まさかここまでとは。

すっかり外は暗くなっていた。外来受付時間も過ぎ、人気の無くなった待合室で助手のお姉さんが出迎えてくれた。怖かったよ〜なんて言いながらも多くの人は普通に抜歯できているのに、私はできなかった。あまりにも自分が情けなくなって、待合室でまた少し泣いてしまった。

「抜歯だけなら、町の口腔外科でもできるんですよ」
「ここで抜く人は、結構そういう(泣いてしまったり、途中でパニックになって治療を続行できない)事情のある患者さんが多いんです。自分だけがなんて思わないでください」
「と言うか私が全身麻酔で抜歯しましたから!」

お姉さんが優しくしてくれるのと、会社の上司に「いざ切開!ってなった途端、過呼吸起こして中止になりました」と連絡するのが辛いのと、麻酔がしっかり効いた下顎の感覚で私はぐちゃぐちゃになっていた。
カルテに「歯科恐怖症」と追記され、今日の治療は続行不可とされ、「決心がついたら予約を取ってください」とどこかで聞いたような指示を受けて終わり。だから決心なんて一生つくわけないでしょうって。

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それから1ヶ月が経ち、年も明けた。件の親知らずがたまに疼くようになったので、年末に家族で食べるすき焼きにも、取り寄せをしたおせちにも全く集中できなかった。

相変わらず決心はついていないが、これはこのままずるずると引きずってしまうパターンだということも分かっていたので口腔外科に予約を取ることにする。
受付の電話で「今回は診察と治療方法を決めるだけですから!処置は一切しませんから!」と何度も念押しされてしまった。本番を先延ばしにしているだけだが、何もされないことの保証に少しだけ安心した。

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まだ歯が抜けていない……!続きます。

※追記:続きました


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