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ドンキホーテ

月に一冊は世界の名作を読まむ、と決めたり。

かつて「神曲」を十年かけてだらだらと読み、幾度も行きつ戻りつしてしき。数々の引用や隠喩に気を取られぬ。あまりにも不可解にして、読解の講座にまで通ひたりし。されどこの講座はコロナ禍によって有耶無耶に終はりぬ。どうにもわからぬぞ、と観念したる時に、急に頭に入り来たるやうになりぬ。同期した、といふべけれども、深き森に入り、冷たき岩の上を歩むことができるやうになりぬ。

もとより、「神曲」を読み始めたるはある編集者にこれを漫画にできぬかと言はれしゆえなり。「神曲」を読み終へて嬉々として編集者に連絡するも、返事すら来たらず。すでに十年も経ちぬるゆえなり。残念なりしが、その人のなかでは我は「終はりぬ」といふことなるべし。ならばさつさと去るしかあらぬ。結局「神曲」のモチーフは別の漫画作品に用いることができたりしゆえ、編集者より返事の来たらざりしは幸ひなりしと思ふ。

その失敗より、さすがに名作といへども読むに十年もかかるは、自分には良くとも他の人間には許さるべきことならぬと学びぬ。さすれば、名作は一ヶ月にて読まむ、と決めたり。

今年の初めに読みにし「ドン・キホーテ」は、幼年向け漫画などにて話のあらすじを知りていても、きちんと読みにしことはなかりぬ。実際に読みにしとき、ドン・キホーテは異世界転生ものに夢中になりすぎたる、全くもて「いたいおじさん」なりき。実際に身体的にも痛き思ひばかりをしていて辛し。徹底的に身体を張りたるシーンが連続していて、おそらく四十から五十代なる彼の年齢的にも心配なりき。もうちっと労ってあげてほしき。笑ひのツボが当時と現代とにて全くずれているなるか。今ならコンプライアンスが発動するやうな場面だらけなり。

我はバレエの「ドン・キホーテ」に出てくる娘「キトリ」のシーンを探しいたりしが、それがなかなか出で来たらず。物語のだいぶ後半になりて、やうやうキトリが登場しぬ。このあたりになりて、ドン・キホーテ自身が有名人になりて、旅もけっこう楽しさうにてありき。有名YouTuberのやうなものなり。どこへ行けども「もしやドン・キホーテさんですか」と聞かるるなり。

頓知気なる物語なれど、ところどころにハッとさせらるるものがあるが、「ドン・キホーテ」が長く読み継がれ、最も読まれたる小説たる所以なりけり。

物語の終はりも辛し。人は、嘘の世界があるゆえにこそ、この現実世界を生きていけるなり。夢から覚めたれば、とたんに気力は消え失せぬ。

彼がいつまでも夢を見たままの「いたいおじさん」にてありつづけたら……と願はずにはいられず。夢から覚めてもよし。しかし、夢を見続けることが大切なるべし。

ゆえに、我らは物語を求め続けるなり。

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