見出し画像

学びたい!54歳の新入生は漢字が書けなかった「形式卒業者」、全国初の不登校生受け入れも

初めまして。高松支局の浦郷遼太郎うらごうりょうたろうといいます。

私は香川県三豊市の夜間中学「三豊市立高瀬中夜間学級」の取材を2022年4月の開設以来、続けています。

きっかけは、支局の先輩の取材に同行した開設式で出会った54歳の「新入生」のあいさつでした。

貧困や差別で学べなかった人の学び直しの場として、戦後の混乱期に誕生した夜間中学。近年、その役割に変化をもたらしているのが「形式卒業者」と、昼間の中学で不登校になった若者たちです。

こうした人たちにとって、夜間中学は「最後のセーフティーネット」となっています。



夜間学級を併設している香川県三豊市の市立高瀬中学校=2023年7月

■ 見過ごされてきた「形式卒業者」

昨年4月の開設式で、54歳になったばかりだった石尾彰いしおあきらさんは新入生代表のあいさつで述べました。

「心の中では、もう一度学びたいと強く願っていました。私たちは年齢も国籍も異なりますが、一人一人が自分の願いを実現させたいという気持ちは同じです」

石尾さんは、十分な義務教育を受けられないまま中学を卒業し、社会に押し出された「形式卒業者」の1人。現在はベッドメーキングの仕事をしながら、夜間中学の2年生として、高校進学を目指して学び直しを続けています。

形式卒業者とは文字通り、十分学べないまま「形式的に中学卒業をした人」を指します。

石尾彰さん。授業で分からないところがあれば、「HELP」の札を立て意思表示する=2023年5月

幼少期から体調を崩しがちで、学校を休むことも多かった石尾さん。小学4年のころに半年ほど入院したことがきっかけで、本格的に勉強が分からなくなってしまいました。

中学卒業後は車の整備士として働きましたが、義務教育で満足に学べなかったことで苦労することになります。車検項目のチェックリストに書いてあることが読めず、漢字も書けない。仕事は体で覚えたそうですが、上司にメモを取るように言われるのは苦痛だったと振り返ります。

私は先ほどの石尾さんの新入生あいさつを聞いて、公の場で自身の「学び直したい」という純粋な気持ちをさらけ出したことに心を打たれました。

十分な義務教育を受けられなかったことや、読み書きができないと他人に知られることは差別や偏見といったリスクも伴います。ただそれ以上に、学び直したい気持ちが強いからこそ、ありのままの自分を訴えたのではないかと感じました。

この開設式以来、夜間中学や生徒をもっと知りたいと思い、取材に通うようになりました。

取材をしていく中で、実は石尾さんのような「形式卒業者」が多く存在しているのではないか、と示唆するデータが2022年7月に明らかになりました。

国勢調査で最終学歴が「小学校卒業」の人を初めて調査したところ、2020年10月時点で80万4293人いたことが分かりました。

注目されたのは50代以下でも最終学歴を「小卒」と答えた人が1万9857人いたことです。

義務教育の就学率がほぼ100%とされる日本で、戦中・戦後の混乱で学べなかった70代以上の高齢者以外にも、十分な教育が受けられなかった人たちがいることが分かりました。

ではなぜ、このような結果となったのか。学校関係者に話を聞いてみると、このような答えが返ってきました。

「国勢調査の最終学歴は回答者の自己申告です。十分な義務教育を受けられずに形式的には卒業したことになっていても、自身を卒業したと認識していないのではないでしょうか

■ 増え続ける不登校

香川県三豊市の三豊市立高瀬中夜間学級には10月時点で、中国や韓国にルーツを持つ人を含む、10~80代の18人が在籍しています。

この夜間中学は、全国で初めての取り組みをしたことでも知られています。

それは「不登校生の受け入れ」です。公立の夜間中学として全国初の「不登校特例校」(現:学びの多様化学校)に文部科学省から指定され、2022年10月に現役の中学3年の男子生徒を受け入れました。

背景には、不登校生の増加に歯止めがかからないことが挙げられます。

文部科学省が今年10月に公表した調査結果では、全国の国公私立小中学校で30日以上欠席した不登校の児童生徒は10年連続の増加で、29万9048人と過去最多を更新しました。内訳は小学生10万5112人、中学生19万3936人。学年が上がるにつれ、増加する傾向にあることも分かりました。

こうした中、学びの場の拡充は待ったなしの課題と言えます。

市立高瀬中夜間学級には今年5月にも、昼間の中学に通えない新しい仲間が加わりました。

リサさん(14)=仮名=です。リサさんは小学5年の時に友人関係の悩みから不登校になり、小6でも週に数回通う程度のまま卒業しました。同年代の生徒がいるフリースクールにも通いましたが、現在は両親が徳島県美馬市から車で片道約1時間かけて送迎しています。

リサさんは今の環境に手応えを感じているそうです。

「授業のペースも合っていて、意見もきちんと言える。日常的に学校に通えていて自分でもすごいなと思う」

リサさんの夢は心理カウンセラーになること。「人の悩みを聞いて、一緒に解決したい」と笑顔で教えてくれました。

授業中に教諭と話すリサさん(中央)=2023年6月

夜間中学の設置は全国で広がりを見せています。
今年4月時点で17都道府県に44校ある夜間中学は、2025年度までに28都道府県に拡大、新たに16校が設置される見通しとなっています。

文部科学省ホームページより

不登校特例校(現:学びの多様化学校)の夜間中学も今後、開設する予定で福岡県大牟田市の市立夜間中学が来年度に、三重市の県立夜間中学が2025年度に開設を予定しているほか、長崎県佐世保市でも設置が検討されています。

全国でも先進的な取り組みしている市立高瀬中夜間学級ですが、2021年2月に設置表明してから開設までにかかったのは、わずか1年でした。

背景には山下昭史市長の強力なリーダーシップがありました。山下市長は「教育にコスト論は成立しない。学びの選択肢を用意するのは大人の責任だ」と強調します。

インタビューに応じる香川県三豊市の山下昭史市長=2022年8月撮影

■ 夜間中学は「社会を映す鏡」

香川県三豊市の「市立高瀬中夜間学級」で英語教諭を務める城之内庸仁さん「社会を映す鏡とも言われる夜間中学は、時代ごとの社会課題を表してきた。今後は外国人生徒の日本語教育や、十分に義務教育を受けられなかった『形式卒業者』の学び直しに加え、増え続ける不登校生の受け入れが急務だ」と指摘します。

授業で生徒と話す、城之内庸仁教諭=2023年7月

「同世代の友人関係の悩みが原因で、不登校になった生徒が夜間中学で学ぶメリットは、年代も国籍も異なる『異質集団』の中に身を置いて学校生活を送れること。一方で、親の虐待などを受けた経験を持つ生徒にとっては、同世代と過ごせるフリースクールなどが合っているかもしれない。重要なのは選択肢を増やすことではないか」

現在の義務教育課程における進級制度にも、警鐘を鳴らしています。

「形式卒業者にとっても、夜間中学は最後のセーフティーネットだ。公立の学校現場では出席日数や学力が足りないと分かっていても『教育的配慮』の名の下、年齢に応じて進級や卒業させている実情がある。この考え方自体を見直さないといけない時期に来ている」

また、国立国語研究所・野山広准教授の調査チームは、日本国内で1948年以来行われてこなかった識字調査の全国実施を目指しています。

日本国内で読み書きができる人は、ほぼ100%とされ「終わった課題」とされてきた「識字問題」。形式卒業者の存在に光が当たるとともに、再び問い直されています。

岡山市や香川県三豊市の夜間中学で試行調査を行っており、今後は外国人の増加といった現代の社会情勢も踏まえ、対象の属性や年代などを広げた無作為の全国調査につなげたい考えです。

国立国語研究所の野山広准教授=2022年12月

私が書いた47リポーターズはこちらです。

■ 「学ぶことは生きること」

夜間中学を取材する中で、特に印象に残っている言葉があります。

「学ぶことは生きること」

夜間中学の必要性を訴える講演で、城之内庸仁教諭はこのように述べました。

さまざまな事情で十分な義務教育が受けられずにその後の人生を歩むことは想像以上に深刻で、大きな苦労とともに生きている人が今もたしかに存在しています。

また不登校の子を持つ親に話を聞いてみると、学校に通うことだけが全てではないと分かっていながらも「普通」ではないことに葛藤を抱いている様子もありました。

私は不登校を経験したことがありません。

だからこそ、これからも夜間中学に通い、授業を生徒と一緒に受けて、休み時間にたくさん話を聞いて、どのような思いを抱えて過ごしてきたのか、学校とは何なのか、教育とは何なのかを自分なりに考えていきたいと思っています。

今回私が取り上げた香川県三豊市の「市立高瀬中夜間学級」では、2024年度の新入生を募集しています。

夜間中学の生徒募集は、入学対象となる人になかなか届きづらいと言われています。それは文字を読んだり、書いたりすることが苦手な人が多いからです。

日本語の読み書きに困っている人や、学び直したいと思っている人が周囲にいたら、夜間中学の存在をぜひ紹介してみてください。その人にとって人生の転換点になるかもしれません。

浦郷遼太郎(うらごう・りょうたろう)=1995年生まれ、長崎市出身。2019年入社、千葉支局を経て、2021年から高松支局。現在は香川県庁を担当。「いらすとや」の着ぶくれのイラストを顔写真代わりに愛用しています。

47リポーターズ以外にも、特集記事をまとめています。

<皆さんのご意見ご感想を是非お聞かせ下さい>

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

最後まで読んでいただきありがとうございました。 noteは毎週ほぼ木曜更新(時々サプライズあり)。 Instagramでも「今この瞬間」を伝える写真をほぼ毎日投稿していますので、ぜひフォローをお願いします。