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Vol.4 Our Time/Natty Reeves〈今のところnoteでまだ誰もレビューしていない名盤たち〉

Our Time(2021) Natty Reeves

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 Natty Reevesは英・ブリストル出身のミュージシャン。彼が現在所属しているDeepMatterのアーティストページによると、「チェット・ベイカー、ジョビン、ブレイク・ミルズなどから影響を受けたジャンルを越境するマルチインストゥルメンタリスト」ということが窺い知れる。この他の情報はネット上にはなく、年齢すらわからない(おそらく若いだろうけど)。


 過去作までさかのぼって聞けばより分かるが、あえて極端に陳腐な言い方をしてしまえば「今流行りのオシャレなBGM」として聞き流されてしまいそうなムードがもうパンパンに詰まっている。ここにはlo-fi Hip-Hopも、JazzとR&BとHip-Hopの融合も、サウスロンドン勢によって牽引される今ジャズの強度も(一応断っておくとブリストルはイングランド西部の港町だし、彼が現在拠点にしているブライトンもサウスロンドンからは外れた南部の港町だ。)、Tom MischやFKJによるネオソウル・リバイバルによってトレンドとなった軽快なギターも、全部ある。この「Our Time」を聴いてTom MischのBeat TapeシリーズやKieferを想起する人も多いのでは。


 しかし、少なくともこのアルバムに関しては、上の要素に安易に回収されない響きがあると僕は感じる。そもそも上に挙げた要素に回収されるアーティストなら、僕は普通に聞き流している自信がある。JazzとR&BとHip-Hopの間に漂いながら、強い停泊力をもって自らのイマジネーションに忠実に作られた作品、というのが僕の今のところ出せる感想の精一杯だ。


 この停泊力のからくりはボサノヴァにあると、僕は推測している。先に述べたように、彼は自らのルーツにアントニオ・カルロス・ジョビンを挙げている。ボサノヴァは50'sのブラジルで誕生した、Jazzの素養を持った若い音楽家たちによって開発された、当時最先端のラウンジ・ミュージックだ。オリジネーターの一人であり、ジョビンとともにこのムーブメントを推し進めたジョアン・ジルベルトは、当時住んでいた住宅の事情から大きな声で歌いながらギターをかき鳴らすことができず、風呂場でギターをつま弾きながらささやくように歌うスタイルで練習していた時にスタイルが確立された。言うなればボサノヴァは最初から狭く静かな部屋で演奏・聴取を完結することを前提としたうえで開発されたスタイル、ということになる。

 このスタイルをボサノヴァというジャンルの中ではなく外から発見し直したのが「Our Times」の革新性だと僕は考える。マルチインストゥルメンタリストであり、ジャンルの壁を超えることに躊躇を持たない世代ならではの解釈に溢れている。鳴っている音が殊更多様ではないのに、そこから見える景色がとてつもなく広い。そうゆう意味では、Jazz→ボサノヴァ→ソウル→lo fi Hip-Hopというラウンジミュージック全体の歴史を俯瞰したアルバムなのかもしれない。

 

 とはいえ、そんな壮大な歴史になんて一瞥もくれなくても十二分に楽しめるのが憎いところである。ちょっと不遜な言い方だけど、優れた作業用BGMとして聞き流しててもたっぷり楽しめる。むしろ、羽を存分に伸ばして楽しむのが最も正しい聞き方なんじゃないかとも。だって、ラウンジミュージックは聞き流される中で歴史が作られてきたのだから。

 


 

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