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浪費そのものが意味となる|フレグランス書評 vol.2:渡辺昌宏『香りと歴史 7つの物語』

浪費そのものが意味となる|フレグランス書評 vol.2:渡辺昌宏『香りと歴史 7つの物語』

芳香は常に一方通行だ。手首へと過剰に振りかけた『CK one』は、振りかけた本人であるあなたよりも、電車で隣の席で座った見知らぬ誰かの方が、遥かに鋭く芳香を感じている。鼻をつまんだり息を止めでもしない限り、そのシトラスの匂いを拒否することはできない。しかも厄介なことに、香りの“初回“は原則的に拒否できない。せいぜい《この人ってこんな匂いしそうだな》とか《この料理はこういう匂いだろうな》という判断に

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香水とは「化学の詩」|フレグランス書評 vol.1:ルカ・トゥリン(山下篤子訳)『香りの愉しみ、匂いの秘密』

香水とは「化学の詩」|フレグランス書評 vol.1:ルカ・トゥリン(山下篤子訳)『香りの愉しみ、匂いの秘密』

「香水の批評家」とは、一般にルカ・トゥリンのことを指す。というより、彼よりも高名で、かつ数多の言葉を尽くして香水に纏わる事象を語ろうとしている人物はいない。だが、その評価といえば短絡的なものが多く、「辛口=批評」といった具合の(ごく凡庸な)批評観に照らし合わされたものがほとんどだ。

ルカ・トゥリンの主著といえば、さしあたり『世界香水ガイド』になるだろう。これは数百個にも及ぶ香水のガイドブックで、

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欲望の嫡子としてのTHE BODY SHOP『WHITE MUSK EAU DE TOILETTE(旧)』/これは香水に関するnote Vol.1

欲望の嫡子としてのTHE BODY SHOP『WHITE MUSK EAU DE TOILETTE(旧)』/これは香水に関するnote Vol.1

あらゆるムスクの香りは二次創作だ。

これは他のポピュラーな香料——シトラスやジンジャー、サンダルウッドなど——とは事情が異なっている。中央〜北アジアに生息する麝香鹿(ジャコウジカ)の生殖器の周辺に位置する麝香腺から分泌される微量の液体をオリジナルとするムスクの香りは、もはや原理的に二次創作にならざるを得ないし、私たち消費者がオリジナルと香料との違いを感知できる機会は恐らく二度とない。現在、麝香鹿

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香水批評試論——ほのかに匂い立つ地平へ

香水批評試論——ほのかに匂い立つ地平へ

はじめに
香水を批評したい。というより、それをしなければならない幾つかの理由があり、何の因果か僕はその要請を(幸か不幸か)キャッチしてしまった。なので、こうして筆を取っている。

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間(あわい)にあるもの、抽象的なもの、倒錯しているものほど「語りしろ」がある。簡単には解せない未分類のものを言語の枠にはめて情報の整理を促してやることは、それがとりわけ

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