見出し画像

フリッタータから、土曜日に顧みて思う

こちら”あなたへのおすすめ”から。
朝食をどうしようか、と考えていたのでレシピを参考にさせて頂きました。
うちは妻が卵料理好きなので、定番になるかもなフリッタータです。
チヂミみたいになったけど..うめえ!

さておき本題は文中にあった「くれない族」という言葉。
仕事を進めるうちで、まま邪魔してくる考え方をする代表格でもあります。

とくには主体性もなく、つねに問題は自分以外にあると考えるので、誰かを非難したり愚痴ったりしながら、問題が目の前を通り過ぎてくれるのを待つだけのひとたち。言っちゃえば被害者意識みたいなもんで、自分は悪くない前提で話を進めるので、いつだって被害を受ける側だと信じています。
たとえば「何とかしてください」が口ぐせ。
残念ながら、そのひとのために「何とか」して解決されるケースのほうが稀なので不満しか残らないし、文句だけ上手くなるってやつ。

5年なり10年と同じところに勤めているのにポジションが変わらないのは、この手合いが多い気がします。まあ、そりゃそうなんだけどね。
評価されている自分、がいない。
どうして? と考えたときに原因を”自分以外”に求めるわけですから、不満の矛先も外にしか向かない。ただ、たぶん自分でも分かっていて、じつは自信なんてなかったりするんじゃないかと思うんですが、認めてしまうと「悪いのは自分」になってしまうので考えないことにしている、みたいな?
防衛機制ってやつですね。
これ無意識のうちに作用する心理的なものだとかで、どうしようもない。

見てると、この考え方のひとって楽しくなさそうなんですよね。
たとえば誰かが何かをしているのだけ見て、それを趣味って信じてるとか。
悪いとは言わないけど、そりゃ時間を埋めてるだけです。
せめて1つでいいから自分でやる何かくらいないと心が枯れちゃうよね。

料理って、そういう意味では入りやすいと思います。
ちゃんと自分の手を動かして仕上がったものを、美味しく食べる。
ポジティブの連鎖しかない。

そういえば、まず文句から入るのがモットーみたいな契約社員のオバサンが「誰かやってくれるなら料理なんてしたくない」なんて言ってたような。
そういうひとって、そういうことなんでしょうね。

フリッタータを食べながら、そんなことを思った日曜日の朝でした。

ちなみに昼はボンゴレロッソを。
作り慣れてる安定のやつ。