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こんな退屈なパーティと東京と地球と宇宙、2人で抜け出さない?


「ねえ、こんな退屈な授業、2人で抜け出さない?」

あの日、三枝華那多は僕の手を取り、積分の授業の最中であった3-2教室を脱走した。
校門を抜け、ふたつの秋風のように落ち葉を散らし小さなバス停まで駆けると、ちょっと踊って、共犯者のように笑った。忘れられない思い出である。



「色々思い出しちゃうよなぁ、華那多」
僕は純白のドレスで身を包んだ彼女を見遣った。
今日はふたりの結婚式。たぶん、人生最高の日になる。白百合の花弁のようなスカートを揺らし、彼女はどこか切なげに微笑んだ。

「新郎新婦、入場」

扉が開け放たれ、眼前にバージンロードが広がる。奥のステンドグラスがちらちらと美しく瞬いた。会場には入場曲「CAN YOU CELEBRATE?」が流れる。入場曲をもりのようかんのBGMにしてほしいという華那多の要望を激烈に拒否して勝ち取った一曲である。
間違いない。今日は、最高の日だ。
僕は生涯の伴侶となるであろう彼女と目を合わせる。

彼女はあの日のように、教室から脱走し僕の平坦な人生に雷鳴をもたらしたあの日のように、不敵に笑っていた。

「こんな退屈なパーティ、2人で抜け出さない?」

刹那、彼女は僕の手を取りバージンロードを最速で駆けた。聖壇を蹴り、ステンドグラスを体当たりでカチ割る。とりどりのガラスが一瞬、視界を包んだ。

「華那多ーーーーーーーーーーーー!!!!!」

僕の絶叫と同時に、義父の悲鳴がはるか後方の式場から聞こえた。華那多がバージンロードを父と歩くのを拒んだのは『これ』をするためだったのだろう。
「アハハハッッッハアアハアハッハハハ!!!」
当の華那多は、いたずらが成功した子どものように無邪気に爆笑している。
そうだ。彼女は出会ったときから無茶苦茶で破滅的で刹那的で、合理や整合性を産声と共に吐き棄ててしまったような女であった。
猛スピードで疾走する彼女に引き摺られながら溢した涙は、真横に流れた。

「泣いてたの?着いたよ」
ようやく彼女が立ち止まったのは新宿駅の高速バス乗り場だった。ちょうど青森行きのバスが到着したところらしい。華那多は胸元を探り、何かを取り出す。僕はいよいよ拳銃を手に入れたかと思って震え上がったが、それは2人分のバスチケットだった。

「こんな退屈な東京、2人で抜け出さない?」


華那多は座席に座るや否や眠りこけてしまい、絶対に問いたださなければならない彼女の致命的問題行動についぞ触れることができないまま、バスは本州の崖っぷち、青森に到着した。
降り立ってまず気になったのはその静けさだ。
多くの都市にとって発展の中心であろう駅前は、活気以前に人ひとりいないように思われた。

「まあ、今青森県に存在してるのは私たち2人だけだからね」

僕の表情から懸念を読み取った華那多は、こともなげに言った。バスはいつの間にか走り去っており、曇天の新青森駅は完全な静寂に包まれていた。

「スマホのさ、しばらく使ってないアプリに雲マークがついて使えなくなることあるでしょ?今、日本にもそれが起こっている」
「首都一極集中が加速して、日本列島が抱える情報量(ストレージ)は臨界点を超えてしまった。その結果、青森・秋田・島根・茨城・栃木をはじめとした到底利用価値の見出せない県が次々と消去されていってるの」

見て。
彼女が指差す方向を、状況が一切飲み込めないままの阿呆面で振り向く。
驚愕した。
新青森駅が無くなっている。
否、正確には新青森駅から向こうの大地そのものが無くなっている。
出来の悪いオープンワールドゲームが処理落ちして、進む先の空間が描写されなくなったかのように。

「クラウドに移されたの。この消失現象はいずれ日本列島全域、そして地球全土に及ぶ。首都圏の人たちはそんなこと知らないだろうけど」

それならさ。
彼女は不敵に笑う。

「こんな退屈な地球、2人で抜け出さない?
 りんごディスペンサーに乗って!」

りんごディスペンサーってなんですか??
という問いは、消失した空間の奥底から突如せり上がってきた巨大砲台を前に、止むに止まれぬ自己解決を果たした。



「80年以上前から青森県の経済活動は破綻していて、このりんごディスペンサーでりんごを首都圏に射出することだけがこのバッグクロージャーみたいな県の存在意義だったんだよ。
だからこれだけは消去されずに残ったわけだね」

りんごディスペンサー内部に設置されたスペースシャトルのコックピットで、何やら複雑な操作を急ぎながら、華那多は語る。僕には言っていることの半分もわからないが、彼女が青森県をかなり下に見ていることだけは伝わってきた。
射出口がキリキリと音を立てて真上を向く。

「On the launch O.K. Count down!」

準備が整ったらしく、華那多はカウントダウンを始めた。あと5秒で、僕たちは地球を離れるのだ。

「5!4!3!2!1!」

りんごを射出するはずだった砲台に乗って。
でも、どうして?
どうしてこうなったんだろう。
今日は、最高の日になる筈だったのに。

「“あの空の向こう”を目指して____

 いぐにっしょん!

劇場版クドわふたーのキャッチコピーを合図に、りんごディスペンサーは僕たちの乗ったシャトルを轟音と共に打ち出した。
劇場版クドわふたーのキャッチコピーを合図にするのは、やめてほしかった。


衛星軌道を廻る船内。僕は彼女に問う。

「これから僕らはどうなる?」

「どうもならないよ。じきに太陽系も“軽量化”の対象になる。銀河全体で見たら地球は特別有用ってわけでもないからね」

絶望が僕の心に満ちた。じゃあ、どこに行ったって同じじゃ______「だからさ」

華那多は笑っていた。僕の運命を変えたあの日のように。

「こんな退屈な宇宙、2人で抜け出そう」

船体が大きく揺れた。軌道が大幅に曲がり、船内に警告音が鳴り響いた。華那多は前方を見据え、僕に指示を飛ばす。

「これからブラックホールに突入し、うんたらかんたらの結果、並行宇宙に行く」

「もう一度お願い!!」

「これからブラックホールに突入し、うんたらかんたらの結果、並行宇宙に行く」

間違いなくうんたらかんたらと言っている。

「大丈夫、私はインターステラーを23回観た」

その度に付き合わされたから知っている。
了解。
つまり、これから僕たちは計46インターステラーの知識だけ持ってブラックホールにカチ込む。
いい加減にしろよこの女。
薄れゆく意識の中で、久しぶりに華那多への憎しみの感情が芽生えた。

だから、隣の宇宙で、いつか彼女をぶん殴れるように、僕は華那多の手を強く握った。

視界が白に染まる。





「色々思い出しちゃうよなぁ、華那多」

僕は純白のドレスで身を包んだ彼女を見遣った。
今日はふたりの結婚式。たぶん、人生最高の日になる。白百合の花弁のようなスカートを揺らし、彼女はどこか切なげに微笑んだ。
切なげに、微笑んだ。

だから僕は、華那多の手を握り、こう言った。

「誰も抜け出せないくらい、面白いパーティにしてやる」

僕は華那多の鞄からもりのようかんのCDを掴み取り、式場スタッフのもとへ駆けた。

間違いない。今日は、最高に面白い日になる。



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