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逆に弱くて臆病なオカマキャラとかいても良くないですか、という小説

タイラー王国の空は乾いていた。
涼やかな風が頬を撫で、長旅の疲れを癒す。
この地に立ち寄るにあたって雨季を避けたのは良計であった。国王署名の魔王討伐要請書を見せると、住民たちも我々一行に非常によくしてくれた。不寝番を置かずに腰を落ち着けられたのは一体いつ振りだろうか。

それでも後ろ髪を引かれず出発できたのは、ひとえにこの国の珍妙極まる国民性ゆえである。


「アッラ〜〜❤️アナタよく見るといいオトコじゃないの❣️❣️ 今夜あたしと、ど・お❓」

後方で戦士モーディアが白目を剥いている。
先刻から彼の鎧にグロテスク=オクトパス(この世の色の中で最も嫌な色の粘液を分泌するタコ型の魔獣)の如く纏わりついているのは、かの王国から一時的に同行することとなった占い師、ジェンダリウス・ワナビである。

「こういうのは、どお❓あたしがアナタに刻まれた傷痕ひとつひとつに、クワガタ汁を塗り込むとゆうのは❤️❤️」

タイラー王国民の中でひときわ異彩を放つ民族、『オマカ族』。彼らはみな男性でありながら女の装束を身にまとい、一様に筋骨隆々な男性を愛し、かのような奇天烈コミュニケーションを図る。そして我らが誇り高き戦士は、不運にも筋骨隆々であった。

「クワガタに汁があるものか!」
モーディアが悲壮な声をあげる。
旅はしばらく騒がしくなりそうだ。


テントの中に魔獣除けの聖煙と煮えたミルクの香りが流れてくる。外に出ると、焚き火に淡く照らされたワナビの後ろ姿が見えた。タイラー王国を出て一月、今や見慣れた光景である。

「アラ、もうお腹ペコかしら❓もうすぐできるから、みんなも起こしてちょうだい」
「あたしの手が滑って、何某かの分泌液が混入してしまわないウチに、ね。」

悍ましい警告を背に受けつつ、仲間たちがいるテントへ向かう。食欲を根こそぎ削る冗談を加味しても、ともあれワナビの料理の腕は確かであった。男所帯の我々にとって料理とは草食魔獣の丸焼きのことであり、味とは焦げつきの苦味のことであったから、ワナビの毛が生えた指先が生み出す繊細極まる味付けの料理にみな舌を巻いた。

「戦士さんの分には、愛情という名のなにかを入れておいたからネ❤️」

セクハラどころかもはや脅迫とも取れるジョークを囁かれたモーディアでさえ十字を切りながら口に運ぶほど、ワナビのクリームシチューには抗い難い魅力があった。

採集した素材の使い道、ダルマイノシシの大群に囲まれたモーディアの大立ち回り、賢者モルツォの秘蔵書物。思い思いに今日の旅のことを話しながらうまそうにシチューをすする一行の様子を、ワナビは密やかに眺めていた。道中の騒々しさは鳴りを潜め、仲間たちの閑話、匙の擦れる音、焚き火の爆跳、自分がそこに存在することを忘れたかのような、あるいはそう願うかのような面持ちで、それらをただ享受していた。
空になった椀をモルツォからひったくりおかわりをよそいに向かうワナビの横顔は、張り詰めたなにかを懸命に抑えているように見えて、私はただ揺れる火を見つめることしかできなかった。


ラインドス共和国への道のりは比較的緩やかで、夜を越して数刻も歩けば国境に差し掛かる見通しだった。
それは、ワナビとの別れのときを意味する。
もともとは「ラインドスでしか手に入らない魔法石がある」という理由で、ワナビは道連れを申し出た。ラインドスの国境を沿って北西へ向かう手筈の我々は明日、ワナビと路を異にするのだ。

最後の晩、ワナビは皆にタイラーカレーを振る舞った。道中で見つけた薬草や香辛料をふんだんに使ったそれは、ワナビとの騒がしくも愉快な旅路を象徴するようにスパイシーで、暖かかった。鍋が空になると、普段ワナビに引っ付かれては渾身の力でなぎ払っていたモーディアでさえ、悲しげな顔をして抱擁を交わしていた。


「眠れないの❓勇者さん」

揺れる篝火を見つめるワナビの隣に腰を下ろす。

「不寝番、代わるよ。明日はラインドスだろ」
「いいの、これが最後の仕事だから。それにね、こうやってみんなが見張りの役目を任せてくれるの、あたし嬉しい」

「本当の、仲間ができたみたいで」

ワナビはもう本当の仲間だよ。私がそう言うと、
「優しいのね。襲っちゃいそう!……なんてね」
まるで『いつものワナビ』をなぞっているようなぎこちない口調で、どこか自嘲的な笑みを浮かべた。私はそれで何も言えなくなり、2人の夜に火の粉の爆ぜる音だけが泳いだ。
ワナビが口を開いたのはそれからどれほど経った頃だろうか。

「ねえ勇者さん。あたしのヒミツ、教えようか」

「実はね、ラインドスに魔法石を採りに行くって話、ウソなの」

本当は、あの国から逃げ出したかっただけ。

茜に照らされた横顔を私は盗み見る。
その顔をするのは、やめてほしかった。

「だからね、もうあそこ戻るつもりないんだ!
どうせ居場所なんてさ、元から無かったんだし」

「……あたしさ、男でしょ」
「まあ、うん」
「男にひっ付いて、セクハラして、女みたいな言葉で喋って、男って言われると怒って、でも男で、何がしたいのかわかんないでしょ」
「…………」
「あたしもね、わかんないんだあ」

「タイラー王国の男はみんなマッチョで強くて酒飲んで、片手で魔獣を握り潰して余った片手で女を抱く。そんな人たちばっかりだったでしょう。あたしはそんな風にはなれなかった。昔からひ弱で臆病で、男の人の前でうまく喋れなくて、『女みたいだ』ってみんなに言われた。だからオマカ族になったの。男を辞めて男に恋をする、どちらでもない人たち。そこにならあたしが生きる隙間がある気がして。でも違った。
オマカ族は強くなきゃダメだ、男の悩みも女の涙も笑い飛ばして背中を押してくれるやつらだ、人生を愉快に生きられるような名言を何食わぬ顔で言ってくれるんだ!
男にも女にもオマカ族の仲間にもそうやって言われて、そうあるように強いられた。
それじゃあ、それじゃああたしは!男にも女にもオマカ族にもなれなかったあたしは!!
あたしはどう生きたらいいの……?

もう、わかんないよ。

生きてるだけで傷だらけで、痛くて痛くて堪んないの。死ぬこと以外辛いだけなの。こんな思いをするならあたしは、あたしに生まれてこなければよかった。まっすぐなあたしのまま、あたしはあたしを愛したかった」

「あなたを、愛したかった」

夜が明けるね、さようなら。
そう告げてワナビは立ち上がり、静かに歩き出した。引き留めようと伸ばした私の手を、その指先を少し撫でて、ありがとう、と言った。

それが最後の時間だった。




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