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先輩日記② 先輩が俺の墓前にタバコを供えたがっている

5/1 (月)

夢であれ


家に帰ると春のよくない部分を司りし妖精がいた。よく見ると勝手に部屋に上がり込んでいた先輩だった。
春先は不審者が活性化するとはよく言うが、春そのものの不審者が出るとは思いもしなかった。

「先輩、俺がセコムを呼ぶ前に帰ってください」「後輩よ、貴様タバコは吸うか?」

先輩は5年前から夢と現実の区別がついていないのでまともな会話ができない。

「吸いませんよ。先輩の死骸に唾を吐いてから死にたいからです」
「おばあちゃんの引き出しからピアニッシモをくすねてきた。今日から吸ってくれ。計画が狂う」

先輩はこれだけ恥知らずなのになぜか未だに年齢確認を恐れており、コンビニで酒やタバコを買えない。

「俺はな、戦友の墓前にお線香代わりにタバコを供えるというシチュエーションに憧れているのだ。だからニッシモ吸って早死にしてくれ」

傘を、履いている

香炉に細〜いピアニッシモが燻っていたらちょっと笑っちゃうだろ。

「願わくば俺と純喫茶でいつもの(ナポリタン)食べたあと深夜の公園でクリープハイプ聴きながら缶蹴りで年甲斐もなくはしゃいだあと名画座でタランティーノを見たあと俺とシガーキスしてピアニッシモを燻らせながら歩いたアジアンパンクな路地裏で昔お前が壊滅させた敵組織の幹部の息子に背中を撃たれて新雪を血で紅く染めながら俺の写真が入ったペンダントを握りしめて『最期は…ハッピーエンドがよかったな…』と呟いてから絶命してくれ」

「俺を使って全部のエモシチュ体験しようとしてますよね?」

「俺はお前の遺言の通り、お前の遺産で建設した故郷の学校で教鞭を執るから」

「俺を使って全部のエモシチュ体験しようとしてますよね?」

俺は闘いを『ゲーム』と捉えている戦闘狂ではないので死ぬにしても「最期は…ハッピーエンドがよかったな…」とは言わないし、先輩とシガーキスするのがこの中では群を抜いて嫌だ。

「先輩はもう23歳なんでいい加減地に足をつけて生きてください。そんなにエモ患いしてるなら恋人と借りてきた映画観ながらボロアパートで息を潜めて笑ったり朝日に照らされながら身支度を整える姿につい『綺麗だ…』と呟いたり深夜の学校に忍び込んでワルツ踊ったりとか年相応の!等身大の!エモを楽しんではどうでしょうか。ノータリンのデカダン野郎。帰ってくださいその格好で」

俺がわざと「年相応」「等身大」を強調して言うと、先輩は

「死ねし」

とだけ言って出て行った。その格好のまま。
職務質問は避けられまい。

ふと戸棚を見ると俺がこないだ買った『ヘンタイ・プリズン』がない。パクったなあいつ。
先輩は老け顔の23歳のくせに未だに年齢確認に怯えているのでエロゲをひとりで買えないのである。

憎たらしいが、たぶん先輩はだいぶ長生きする。



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