何処かに消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏っているがクッソ生命力強い女の子と付き合いたい
「ねえ、私が死んじゃったらさ、今度はもっと元気な娘を好きになってね」
ちょっと泣いたら、私を忘れて。
8月の、どこか白々しい太陽に照らされ、糸杉さらさは笑った。揺れる黒髪は陽炎のようだった。
そんな冗談、言うなよ。
思わず目を背けた俺の視界を、鮮やかな赤が覆った。
糸杉さらさは、1学期の終わり頃という何とも中途半端な時期にこの田舎町に転校してきた。肺を悪くして、療養のために居を移したのだそうだ。
数日学校に来たと思ったら病欠が続き、そのうち夏休みが始まってしまった。硝子細工を思わせる清涼な美貌にクラスの男子連中は鼻を伸ばしていたが、一部の女子にはそれが気に食わなかったらしく、彼女はいつも独りだった。
そういうわけで、隣席の俺が終業式を欠席した彼女の家に課題のワークを届けることになった。
「星道くん、だよね。ごめんね、迷惑かけて」
けほっ、けほっ、と咳を繰り返しながら微笑む糸杉を見て、俺は彼女が蜃気楼のように揺らめいて今にも消えてしまいそうに思えて仕方がなかった。だから、
「糸杉、好きだ。付き合ってください」
告白してしまった。
繋ぎ止めなくては、彼女の存在をどこかに留めておかなくては、その一心だった。
「え……?あ……じゃあ、けほっ」
早く治さないと、だね。
こうして俺は糸杉と交際を始めた。
俺の人生でこれ以上の奇跡と幸福が訪れることは、もうないだろう。
俺はただ、糸杉の命が続くことを祈り続けた。
「治ったよ、星道くん」
治った。
糸杉の両親に家に来るように言われ、最悪の想像を幾度となく繰り返しながら向かった俺を待っていたのは、半袖短パンの糸杉だった。
「末期の粟粒結核だったんだけど、ニンニク注射で何とかなったの」
ニンニク注射ってそういうのではない気がする。
糸杉は幼少の頃からありとあらゆる病気を患っては、その全てをニンニク注射で打破してきたという。
「未知のにも罹ってね、『糸杉病』が7つあるの」
彼女は少し得意げに言った。
それから俺たちは、付き合って初めてのデートに出かけた。糸杉は裸足だった。
靴屋で買ったサンダルをなんとか糸杉に履いてもらったあと、照りつける太陽から逃れるように喫茶店に入る。
「私はミニサラダで……」
昼食、まだだって言ってたのに。やっぱり糸杉はどこか悪いんじゃないか。そんな不安が俺を襲った。嗚呼、太陽よ、夏の日差しよ、せめて彼女の影だけでも、どうかここに焼き付けてくれ。
永遠に……
「あとオムライスと焼きうどんとピザ…」
めっちゃ食う。
お昼、まだだったからとはにかむ糸杉。
食べ盛りだもんな、俺たち。
3種類の主食を平らげた糸杉は、ちょっと遠出しちゃおうか、と俺の手を引いた。
「プリクラ、はじめて男の子と撮っちゃった」
ご機嫌な彼女と帰路につく。隣町のゲームセンターでパンチングマシンを破壊した糸杉の代わりに罪を被った俺はこれから両親にクソほど怒られることが確定しているが、この笑顔を隣で見られる幸福に比べたら些事に過ぎない。
2人で分けたプリクラ写真。彼女の顔を切り取って、親父から貰ったペンダントに入れよう。
いつでも今日という日を思い出せるように……
会話が途切れ沈黙が降りると、彼女は寂しげに言った。
「ねえ、私が死んじゃったらさ、今度はもっと元気な娘を好きになってね」
ちょっと泣いたら、私を忘れて。
8月の、どこか白々しい太陽に照らされ、糸杉さらさは笑った。揺れる黒髪は陽炎のようだった。
そんな冗談、言うなよ。
思わず目を背けた俺の視界を、鮮やかな赤が覆った。
「がぁぁ……!?カハッ……!」
俺は、悪い夢を見ているような心地で立ちすくんでいた。
糸杉の腹部を、落下してきた鉄柱が貫いている。
最愛のひとが、鮮血を撒き散らしながら、声にならない声をあげる。
硝子細工が苦痛に歪む。
「ほ……みち……くん!!カ……って……!!」
「さらさッ……!!」
絞り出すような糸杉の声。今にでも発狂してしまいそうな心を必死で堰き止め、最期になるかもしれない恋人の声を聞く。
「星道くん!!そこのカエル取ってきて!!!」
思考する暇もなく、あぜ道を跳ぶヒキガエルに飛びつく。彼女のもとへ巨大なカエルを差し出すと、
「ギヂィ!!ヂュッッ!!!ジュルヂュルッ!」
糸杉はカエルに噛み付き、血を啜りだした。
『補給』しているんだッッ!『鉄分』をッッ!!
ギチィッッ!!!ジュッジュルッッ!!
ズゾゾゾゾゾ!!!!!!!!
ズッ!!ズズズズ!!ヂュゥゥゥッ!!!
ヂヂヂヂシヂュウウ!!!!!!
ズゥッッ!!ズズズゾゾッゾゾゾゾズズズ!!
ア゛ア゛ア゛アアアアアアアッッッ!!!!
あたり一帯のカエルをミイラにしていく糸杉。
猿叫を上げながら鉄柱を自らの手で引き抜く。
腹に開いた穴はもう塞がりかけていた。
「は……ハハハ……」
こんな状況にも関わらず、俺の口からは乾いた笑い声が漏れてきた。
『私が死んじゃったら』とか、
そんな冗談、言うなよ。
「っしゃあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」
死ぬ気がしねえよ、お前。
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