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私たちの心の中身は誰にも奪えない~読書note-25(2024年4月)~

宇多田ヒカル25周年ベストアルバム「SCIENCE FICTION」を買って、4月の車中はずっと聴いていた。その番宣も兼ねてか25周年ということだからか、普段日本にいない彼女の貴重なTV出演も多くあって(NHKやEIGHT-JAM等)、全部録画して見てたが、なんかもう哲学者のようだった。

確かに、休業(人間活動!?)明けのアルバム「Fantome」辺りから、詞がめっちゃ哲学的になってきてたけど。「道」の「人は皆生きてるんじゃなく生かされている」とか。今回のアルバムにも収録されている「何色でもない花」なんて正にそう。タイトルに掲げた詞もそうだし、「自分を信じられなきゃ 何も信じらんない」なんて、4月も苦しかったけど、一回り以上年下の宇多田ヒカルに励まされて、必死に仕事頑張ったし、本も久々に5冊読んだよ。

5冊とも、主人公や本全体のテイストが、今noteのタイトルを地で行く感じの本だったなぁ。



1.こちらあみ子 / 今村夏子(著)

先月、アマプラで「花束みたいな恋をした」を見た。大好きな有村架純様目当てだったが、東京ラブストーリーやカルテットでお馴染みの坂元裕二さんの脚本も期待していた。どんなキュンとする台詞が出てくるかと。もちろんキュンな台詞もあったが、一番胸に残ったのは「きっと今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも、なにも感じない人だ」という台詞だ。二度も出てくる。一度目は菅田将暉が言って、二度目は有村架純が言う。

これは、今村夏子さんの「ピクニック」を読んで何か感じるかを試されてる、と思ったこの映画を見た多くの方同様に、自分もそう思いこの本を買った。著者の作品は初めて。芥川賞受賞作「むらさきのスカートの女」は買ってはあるが、まだ読んでない。「こちらあみ子」、「ピクニック」、「チズさん」の三篇からなる短編集。

表題作は、発達障害なのか心の病なのか不登校になったあみ子、純粋過ぎるその行動が巻き起こす何ともざわざわする物語。テイストは小川洋子さんの「博士の愛した数式」や「ことり」と似ているのだが、とにかく胸騒ぎが収まらない。「チズさん」は僅か15頁、おばあさんとヘルパーさんの交流と逃避行、その後が気になる投げっぱなしジャーマン!?のような物語。

そして、問題の「ピクニック」。バイトの女の子達がローラースケートで接客するレストランで、一人スケート靴履かずに裸足で接客する少し年配の七瀬さんの話。先ほどの映画を見た後なので、読む前はよくある「ちょっと自分は人とは感性が違うんだよ」って感じのサブカル好きが好みそうなもんだろうと高を括っていた。

でも、俺は感じたよ、いとしさとせつなさと温かさと何とも言い表せぬものを。いや、今なら言い表せる。今村夏子さんは宇多田同様「私たちの心の中身は誰にも奪えない」と、あみ子にも七瀬さんにも彼女を応援するバイト仲間達にも歌わせているのだと。


2.阪急電車 / 有川浩(著)

先月読んだ原田マハさんの「スイート・ホーム」のレビューを見てたら、この本をおすすめしている方がいた。関東人の自分は阪急電車をよく分からないのだが、「スイート~」は宝塚をモデルにした阪急沿線郊外の街の物語を描いてるのに対し、こちらは片道僅か15分の阪急今津北線そのものが舞台らしい。宝塚駅から西宮北口までの8駅ごとの物語が章に(駅名が章のタイトルに)なっていて、折り返して計16章からなる。

有川浩さんは2月に読んだ「イマジン?」に続いてだが、本作はもっと昔(2008年)の作品。短編集とも言えるし、一つの連作長編とも言えて、駅ごとの登場人物が数珠つなぎのようにシンクロして物語が展開されていくのが面白い。一つ目の駅の乗客の人生が、二つ目の駅の乗客の人生と交差する。そして、二つ目が三つ目と...と言った具合に。

何と言っても、結婚直前だった彼氏を冴えない同期の女に奪われて、結婚式にこれ見よがしに白いドレスを着飾って出席した美人で仕事のできる翔子さんと、それを「討ち入りは上手く行ったの?」と電車で声をかける時江おばあちゃんのお話が好き。人生、復讐したいことだってあるよね。

電車は恋の始まりも終わりも演出する。そういや妻と付き合い始めたのも、ヨット部の帰りにいつも同じ電車で帰ってたからだったなぁと思い出した。


3.銀座「四宝堂」文房具店Ⅱ / 上田健次(著)

昨年7月に読んだ小説の続編、銀座の老舗文房具店「四宝堂」の店主・宝田硯の元に、今回も様々な悩みを抱えたお客様がやって来る。単語帳、ハサミ、名刺、栞、色鉛筆の5章から成っていて、それぞれの思い入れのある文房具と店主の温かい言葉や応対が、悩みを抱えた人々の心を解いていく。どれもこれもホッコリする物語ばかり。

最初の「単語帳」では、嫁ぐ娘が両親に東京見物をプレゼント、伝言のように単語帳に次々と指示を書き、サプライズへと両親をいざなう。感謝の言葉って、面と向かっては照れくさくて言い辛いけど、こういうやり方は良いなぁ。結婚って親への感謝を伝える絶好のタイミングだと思うが、自分は両親に何もしてあげれなかったなぁと反省。

「栞」では、硯と近所の喫茶店「ほゝづゑ」の看板娘である幼馴染みの良子との出会いについて明かされる。幼い頃から友として心が通じて合っていたら、確かに恋愛として中々発展して行かないよなと。今回もせっかく二人で温泉に来たのに、大雪で翌日の仕事が心配で帰ろうとする硯に付き合う良子に同情する。真面目過ぎるやろ。

一番のお気に入りは「名刺」、定年退職を迎えた男と入社時から目をかけてくれた会長さんとの物語。周りは大卒の中、高卒の登川は総務部に配属となり、会社前の通りを会長と共に毎朝掃除し、会社の雑用を一手に引き受けながら、少しずつ信頼を得て行く。凡事徹底、真面目に愚直に働くことの大切さ、忘れてたよ。


4.海が見える家 / はらだみずき(著)

はらだみずきさんは、デビュー作「サッカーボーイズ 再会のグランド」は読んでいた。それが刊行された頃、ちょうど息子達がサッカー少年だったので。ただ、その本の印象がイマイチで、この「海が~」シリーズを本屋で目にしても、勝手に自分好みの作家でないなぁと判断して買うことはなかった。

しかし、昨年から始めた灯台巡りの影響で、千葉や神奈川の灯台をそろそろ攻めたいと思っていて(まだ茨城と福島の灯台だけしか行ってない)、GWも南房総の灯台巡りを計画して宿探しをしてた。結局、GWは高過ぎるのとインバウンドで宿が取れず、普段の土日にしようと諦めたが。確かこのシリーズ、館山が舞台だったなと思い出し、ちょっと読んでみようかなと購入。

入社後1ヶ月でブラック企業を辞めた直後の緒方文哉に、田舎暮らしをしていた疎遠だった父・芳雄の訃報が届く。南房総の高台にある海が見える家が、文哉と姉・宏美に遺された遺産だった。その家を早く売り払ってしまおうと考えた姉弟だが、遺品整理をしていくうちに、父のそこでの暮らしぶりが少しずつ明らかになって行く。

一緒に暮らしていた時と全く違う父の生き様が、幸せって何だろうと問いかける。人間誰しも忘れられない想い出がある。俺もそんな想い出の地で人生の最終コーナーを曲がりたい。台風や津波は怖いけど、終の棲家は海沿いが良いなぁ。ヨットに明け暮れた葉山か、街と人々の明るさに励まされた横須賀か。


5.受け月  / 伊集院静(著)

先日、「直木賞とレコード大賞の二冠達成は3人だけ」というネット記事を読み、昨年11月に亡くなった伊集院静さんって直木賞獲ってたのかと初めて知り購入。

著者の作品は、一昨年末に読んだ「なぎさホテル」以来。野球をテーマにした短編集で、野球と言ってもプロではなく、少年野球だったり、都市対抗野球や高校野球、はたまた草野球だったりと。

野球とは、何も「オオタニサン」たちがやっている煌びやかなものだけではないのだ、とどれも著者の野球への愛情に溢れた作品ばかり。冒頭の「夕空晴れて」の中で、「つまらない野球」ではなく、「神様がこしらえた野球」と表現していた。

このように、とにかく全編を通して、文章が美しい。表題にもなった最後の「受け月」の話では、「受け月」(受け月とは細く淡い杯の形をした三日月のことで、両手を合わせてお祈りすると願い事がこぼれずに叶うといういい伝えがある)を京都の思い出として語る妻の回想の言葉が素敵で、冒頭に出てくる「朝帰りはいいものだ」という話の伏線回収としても見事。

宇多田ヒカルが、休業(人間活動)中は「雑な日本語でなく、綺麗な日本語」だけを読んでいて、それがその後の「Fantome」や「初恋」の二枚のアルバムの日本語の歌詞中心の作品に繋がったと言っていた。やっぱ綺麗な文章を読まんとね。


「朝日が昇るのは 誰かと約束したから」…なんて美しい詞なのだろう。そんな世界をこれからももっと読んだり聞いたり見たりしてみたい。それらを愛でる我が心の中身は誰にも奪えない。

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