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21時今日泊まる家がない、の最適解は?

夜、0時を過ぎた頃。
乱暴に部屋のドアを叩く音がする。
気のせいかと思いつつ、PCと向き合い仕事をする。
しかし、やはり気になり不意にドアを開けてみる。
するとそこにはものすごい形相をした中年女性が立っている。

「うるせぇんだよこらぁぁぁぁぁ」

すごい剣幕でそう怒鳴る相手に、私は言葉を失って立ち尽くした。
あまりの衝撃で心臓が突っ張るのがわかる。脈打つ音さえ聞こえる。

「下の方ですか?」

絞り出した言葉も前のめりに吸収され、また怒鳴られる。
話が通じないまま、その人は私の下の部屋に猛烈な音を立てながら戻ったようだった。


込み込み3万円台のシェアハウス生活

私は、いわゆる治安が悪くて有名な街の、格安シェアハウスに住んでいる。
12人の顔も名前も知らない人たちと、咳の音も響くような薄い壁を隔てた空間で、一つ屋根の下、共同生活を送っている。

私はマスコミ勤めなので、帰宅は0時を回る。

4畳、収納なしの、生活に足るものを詰め込んだだけの部屋。
入り口が狭く、入る時にリュックが冷蔵庫の上の棚に当たると、ものすごい音を立てて床にコップなどが落ちる。他に置く場所がなく、仕方なく置いているのだが、なんせ音が響く響く。
また、怒鳴り込まれないだろうか。
そんな不安で心臓が縮み上がる。

朝6時、まだ眠りについて数時間の時間帯。下から人を殴り殺すような音がする。

ドタっガタガタガタガタ
バコンっ
ドドドドドド
バシッバシッバシッ

そんな音が、1時間は続く。

また別の日、夜中に怒号が響き渡る。

下の階の、あの中年女性だ。

家賃2万5千円。
水道代電気代備品wifiなど込み込みでも3万円代。そんなシェアハウスに住みながら、毎日朝から晩まで家にいるその住人は、いったいどんな人物なのだろうか。

カラオケボックスのように隙間なく並ぶ部屋。

鼻歌さえ満足に歌えない。
隣の部屋の人が電話していれば、会話の内容は筒抜けだ。
隣の住人が壁を掃除しようもんなら、すぐそこに人の気配を直に感じる。

扉を閉める音がうるさい!そう言われてから、手を添えて、ゆっっっくりと閉めるのが私に刷り込まれた。


敢えて休みを取らず、わざと残業する生活

私は、とにかく家にいる時間を減らすため、敢えて休みをなくしている。
コロナで友人にも満足に会えない今、唯一の居場所であるはずの家は、私にとっては安心できる場所とは対極にあるからだ。

わざと早く出社、残業。休みも取らない。
休みの日は副業を入れる。

そんな生活をかれこれ半年は続けている。


不眠になり薬を飲み始めてからというもの、副作用が日に日に心身を蝕む。
ゆっくりと、しかし確実にそれは私を内側から壊していく。

さっきまで仕事をしていて、アドレナリンが出ている状態から、睡眠薬を流し込んでベットに潜り込む。
1時に寝て、3時に目を覚ます。
しかし起きていても動くとまた怒鳴られるので、ただただ、ベッドに横になり夜が明けるのを待つ。

そんな生活をしていたら、電車に乗っていると発狂しそうになってきた。
5分でも動悸がするのだ。じっとしていられない。

大好きだった、文章を読むこともままならなくなった。
私は生きる糧さえ手放してしまっている。
増える薬、それに比例してまた増える副作用。

昨年肝臓を壊し(原因不明)療養していた時に作った借金。それをようやく完済し、自立した生活へ向かっているはずなのに。
身を粉にして働いたお金が、治療費に消える。

そんな状態になっても、まだ私は自分の置かれた環境の異常さに気付けない。助けを求めるタイミングがわからないのだ。全部自己処理する。それが責務だと脳に、そして体に教え込まれているから。

身体中に染み込んだ、限界を超えるまで耐える癖。
幼い頃からそうだった。
感覚過敏で脆いくせに、とにかく自分からは休めない。


そして今は休む場所さえないのだ。

「ヒオカさんはほっといても動くからね、そっちの方が性に合ってるんでしょぅ。」

そう、はにかんで言い放った人の言葉が、まだ心臓に刺さって抜けない。

私だって、休みたいんだよ?
普通に寝て起きて、美味しいご飯を食べて。ティータイムでも楽しんで。

でもそんな余力さえない。動いていないと気が狂いそうになる。


眠りたい時に眠れない。
文化的生活って何。
だれか、教えてよ。

東京の風は今日も生温い。
ある日、友達の家に行く道すがら、いわゆる高級住宅街に迷い込んだ。
道ゆく人が連れている犬の服。
聴こえてくるピアノの音。
やけに立派に生茂る庭に植えられた木々。
見たこともない、おもちゃをおっきくしたような車。

その上澄み、余剰の部分のお金さえあれば、、、
炎天下の中ビッグイシューを売り、炊き出しのカンパを募る人々の生活は少しは上向くだろうな。

そんなこと考えると、頭がもげそうになる。いったん意識をもどす。

しかし、世の中、偏ってるなぁ。

こんなせせこましい空間に、恐ろしいほどの階層が詰め込まれている。この光景に慣れたら終わりだ。

今日、帰る家がありません

そんなある日、仕事中私は錯乱状態に陥った。
仕事をしながら、涙が止まらなくり、過呼吸になる。
感覚の門が全て開かれ、文字の海が押し寄せて私を覆う。情報が体の細胞全てに入りこんでくるのだ。

遮断したい。

眠らせてくれ。
電車を見るたび、飛び込みたい衝動に駆られる。


今日、家に帰れない。


朝もまた、あの、人を撲殺し、解体するような音が家に響いていた。

また今夜も怒鳴り込まれるかもしれない。
吐きそうになる。
気が狂いそう。いや、もう狂っている。

管理会社に電話するも、生温い返事。

「全体にメールする感じでいいですかぁ?」

焦燥感の上に、何かがなだれ込む。

「後で対応協議してご連絡しまぁす」

その後、「ご本人にメールでご注意しました」

とだけ連絡が来た。


会社ではつとめて明るく振る舞った。


「今日、家帰れないんですよー下の人がやばくって、あはは!」
そういうと、

「大変だねー。家見つかるといいね!」

そんなふうに普通に返され、また血が流れる。プシャって。
流血。おっと、大量出血。

気の置けない友人にメッセで状況を伝える。
「それはやばい、いい加減にしろ!」
とセーフティネットの連絡先が羅列されたメッセージが、小刻みに送られてきた。
職場の人に事情を話し、仕事中電話をかけまくる。
まだ受付時間内なのに繋がらない。虚しく響く、呼び出し音。

心が割れる音がする。乾いた、ぱりんって音が。

繋がった!

めんどくさそうな女の人の声。もう何件も相談に乗ってきたのが見て取れる。いや、聞いて取れる。
気怠そうな声で、

「警察にご相談ください。
ネカフェに泊まってもいいかもしれません。」

そんな返答。
切った後、思わずHPを見返す。
"お気軽にご相談ください!一人で抱え込まないで!"の文言。へ、へへへぇ。

泊めてくれそうな友達の顔も何人か浮かぶ。しかし、職場から1時間はかかるところに住む子たちばかりだ。
副作用で電車に30分以上乗れない私は、どうすればいい。
錯乱状態のまま、Twitterにそのまま状況を書いた。
すると、今度会う予定だった知人女性からDMが。
「うちに来てください。」聞けば職場から30分圏内。
親友の知り合いだったこともあり、迷惑は承知の上、置いてください、とだけ返す。
ここまで、21時の出来事。

福祉とは。セーフティネットとは。

友人宅、ウィークリーマンションに避難

その後も会社に事情を説明し、感覚の扉が開いた時は休ませてもらうことになった。何度も頭を下げて、早退して。
いろんな人に頭を下げ続けるうち、疲弊していく。

あぁ、息をするように他人に迷惑をかけている。
それなら、いっそ。
それなら、いっそ。


こう思ってしまうのも、私の病的な部分なのだろう。

しかし人に頭を下げ続ける工程は、自分の心をすり減らす。



今は、知り合いの知り合いが紹介してくれたウィークリーマンションに避難している。通勤の定期も残っていたので、交通費や家賃の二重払いだ。

でも今は去年と違ってまだお金が潤沢ではないにせよあるにはある。
だからそれができた。
普通の人なら二つ返事できる金額も、出せなかった去年。
原因不明の肝機能障害で入院した時、5日間の絶食で貧血を起こしたのに、ハウスダストが舞い雨が降れば海ができるシェアハウスに一人戻り、重い荷物を運んだ。

あの時に比べれば、今はまだマシだ。


ウィークリーマンションに来てから、わずか数日でものすごい変化が訪れている

・ドアを普通に閉めても怒られない
・夜中起きなくなった
・怒鳴られる心配がない
・夜中セルフスナイパーしなくてよい
・記事が読めるようになった
・ご飯をゆっくり噛めるようになった
・感覚の扉が開かなくなったetc...

錯乱状態になった日、泊めてくれた方の素敵なおうち。
いるだけで精神が安らいだ。
細胞に水分が戻る。

今なら本が読める気がした。
柔らかい枕。ピローミストまである。

文化的生活!そんな言葉を連呼した。

部屋から朝日を見ながら、
世界はこんなに、美しかったのかと。そんなことを思った。

いい加減、一人暮らしします

今私は一人暮らしに向けて動いている。人生初の一人暮らし。

やっと穴を埋めるフェーズから、積み立てるフェーズに移行しつつあるから。

それにしても引っ越しの見積もりをしてもらって、その額に頭がぐらぐらした。また去年みたいに入院したらどうする。父がまた入院したらどうする。

無職の父、年金暮らしの母。いつどうなるかわからない自分の生活。

それを思うとこわくてこわくて。でもいい加減、一人暮らししなければ。 今度こそ自殺でもしてしまうかもしれない。

荷物や不動産に提出する書類を取りに何度かシェアハウスに戻るたび、記憶がフラッシュバックする。
よく私はここに半年も住めたものだ。
文化的生活を送る余力などどこにもなかった。

休む場所がなくて働き続けて、そのお金も治療費に消えて。
何のために生きているのかと。そんなことを毎日のように考えていた。


傲慢だが、人は、結局一人だ。結局、結局。

どうにかするしかないんだ。

そんな思いに引き戻されそうになるが、実際は多くの人が手を差し伸べてくれ、なんとか、生き延びている。

まず、SOSを出してみる。その一歩がかなり大きい。


帰る家が無いとツイートしたら、同じ経験をされた方(DVなどで帰る家がない等)から

いろんな声が寄せられた。
一応セーフティネットはたくさんあるらしい。しかし人は行くところまで行くとそこにアクセスする気力も体力もなくなっている。
また、命からがらアクセスしても、まともに取り合ってもらえなかったり、劣悪な環境に通されたりするらしい。(監察付きのシェルターなど)

本当の意味で機能するセーフティネットとは。

また福祉とは、いったい何なんだろう。

21時、今日帰る家がない。

あなたの思う最適解は何ですか?よかったら教えてください。


追記:同じ状況にある女性たちへ

私はまともなセーフティネットに繋がらず、ご縁のある知り合いに助けてもらいました。

しかし、実際はSNSでヘルプを出すと、下心で寄ってくる男性がいたのも事実です。

本当にそこだけはお気をつけください。


また、ちゃんとしたセーフティネットに繋がる方法もきちんとあるはずです。

ですので次回そういったセーフティネットをご紹介する記事を書きたいと思っています。

皆様からの情報、お待ちしております。



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