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短編 告白の儀式

恋愛における告白という行為は、最終確認の儀式だそうだ。一発逆転の手段でもなければ、あわよくば関係を繋ぎ止めるための申請でもないらしい。

大人になった今ならわかる。汚い表現をすると、告白が通るであろう関係性を築いた上で、意思を明確にするかどうかが告白なんだなと。

中学生の私にはよく理解できていなかった。告白をして付き合い始めて、そこから色々なことが起きたり起きなかったりするらしい。ということをなんとなく、分かった気でいた。

最後の戦い


Aと私は幼少期から仲が良かった。友人と呼べる数少ない1人だ。好奇心と揶揄いの延長で、同じ布団で一緒に寝たこともある。なに緊張してんだよ、と揶揄ってきたAの心臓の音が、飛び出してきそうな程大きかったことを覚えている。

あれから約2年経ち、卒業式の日が近付いている。AはBさんに告白すると言い出した。

Bさんは明るくて天然な女子で、大きくてクリッとした目が特徴だ。クラスメイトからの人気も高かったが、同性からは若干疎まれていた。男ウケするよう計算している様子があざといとかなんとか。Bさん本人は「私はみんなとなにかがズレていて、自分でもどうして良いかわからない。元気でいないとみんなが心配する。それは嫌。笑ってなきゃいけない」と半泣きで私に相談してきた。

私は、これも演技なのか?と半信半疑で相談を受けていた。Bさんが嫌いだったわけじゃない。美人だし、声をかけられただけでちょっと嬉しい。ただ、女性が怖かった。

Aは数ヶ月前までは「女と絡んでるやつダセェ」と突っ張っていたはずなのに、いつの間にか「女と付き合ったことない奴、ダサいっしょ」といわゆるチャラ男路線になってしまった。こんな奴じゃなかったのに。誰でもいいから付き合いたい、と言い始めたら一度説教しようかとも思っていた。

それでも、Bさんへの告白は応援しようと思った。Aの内面は変わっていなくて、不器用だけど良い奴だと知っている。あとは、病的な程「天然ボケの女子」が好きだ。Bさんに惚れるのも納得できる。


学校は閉鎖的なもので、知りたくない噂が流れてくる。どうやら、Bさんは好きな人がいるらしい。悪意を持って流された噂かもしれないしアテにはできないが、人気があるのに誰とも付き合っていないのは確かに不自然だった。

Aにもそれを伝えるが、彼の勢いは変わらない。「だって卒業式だぜ。たぶん会えなくなるんだから。好きだって言っておかなきゃ」と。私とは正反対だ。私だったら、関係性がややこしくなるくらいなら静かに過ごそうとしてしまう。ずっとそうだった。

「タイミングを見計らって学校で告白するから、良い感じに手伝ってくれ」と真剣な顔のA。本気なんだなと分かる。

本気なら、もうちょっと具体的に計画立てろよ…といつものように小言を吐いて、夜遅くまで電話をした。


卒業式後に


気怠い卒業式が終わり、私は1人で遊びに行く計画を立てていた。こんな閉鎖的な学校生活ともおさらばだ。ゲーセンに行って、1人でカラオケにも行ってやる。そのつもりで帰る準備をしていた。他の生徒は大体体育館の前か、校庭で卒業トークをしている。絡まれる前に帰るなら今が好機だ。

ガララッと勢いよく教室の戸が開く。Aだ。

「帰る気満々じゃん。この後みんなで遊びに行くんだけどお前もくる?Cちゃんもいるよ」

「俺は一人でゲーセンに行く」

「Cちゃんよりゲーセンを選ぶのかお前は。ゲーセンにはあんなかわいい子おらんぞ」

「全く可愛くない、死ぬ程煽ってくるおっさんと闘いに行くんだろうが。朝からずっといるおっさんに負けたまま中学生活終われるかよ」

「馬鹿だねぇ」


カラカラ…


静かに教室の戸が再び開いた。Bさんが、申し訳なさげにこちらを覗いている。


あっっ……


Aと具体的な打ち合わせをしたわけではないが、一瞬のアイコンタクトで意思は伝わった。今が最大のチャンス。今しかない。

Aが短く「すまんっ」と呟き、私は反射的に「早くしろよ」と言いながら教室を出た。幸いなことに、教室は角部屋なので出入り口は実質1箇所。静かに戸を閉め、私はAとBだけの2人の教室の門番となった。

恐らくAは玉砕するだろうし、本人も分かっているだろう。しかし万が一もある。結果がどちらに転んでも、告白を全うしようとする姿勢を肯定したい。Aは女子からの人気もあるし、Bさんだって嫌な思いはしないんじゃないか。振るのは心が痛むかもしれないが…


クラスメイトが教室に向かってくる。私は肩で進行を止めながら、雑談を試みる。

「えっ何してんの?ポケモントレーナー?」

私は不自然に身体を押し付けながら答える。

「ちょっと立て込んでいまして…」

「ん?…あ!誰か教室で告ってるの?おい見せろよ!」

私は左右に反復横跳びをして進路を塞ぎながら、最近覚えたスリッピングアウェーとクリンチで相手のパンチの勢いを殺す。キモい!ウザい!と罵声を浴びながら、殴られ屋のように攻撃を受け流し続ける謎の空間が発生していた。

「何、喧嘩?」
「殴られ屋じゃん、俺もやらせろよ!」

謎のギャラリーが増え、手数が3倍になる。当然避けきれずボコボコと打撃が身体に刺さる。これは明日アザだらけになるやつだ。俺は今頃ゲーセンに向かっていたはずなのに、何をしているんだろうか。

バタァァン!と勢いよく教室の戸が開き、獣のような跳躍で男が飛び出してくる。抜群の運動神経から繰り出されたドロップキックが、的確に私の背中を捉え吹き飛ばす。あまりにも迷いのない暴力に、周囲は言葉を失い距離を置いていた。

Aは大声を上げる

「おい星川!!旅に出ようぜ!!」

吹き飛ばされた私はなんとか呼吸を整えながら「蹴る必要なかっただろ…」と立ち上がる。ドン引きした周囲は道を開けてくれたので、スムーズに帰路につくことができた。


私とAは自転車を漕ぎながら、遠くの大きなゲーセンを目指した。途中、坂を下りながら「フラれたぁぁぁぁ」「抱きたかったぁぁぁぁあ」と叫ぶA。私は「無駄に蹴られたぁぁぁぁ」と対抗する。あれはお前の丈夫さを信用してのパフォーマンスだろ、おかげですぐ帰れただろと謎のフォローを入れるA。スタントマンじゃないんだから、実際に吹き飛ばさなくてもいいだろ。

夜遅くまでゲーセンに居た我々は親に怒られ、心に傷を負ったAは家で泣き、身体に傷を負った私は風呂でヒィヒィ言っていた。


あれも青春の形だったんだなと思う。


後日談


Bさんの友達や周囲にはAを狙っている女子が多かったらしく、BさんがAを振ったという噂はあっという間に広がった。同時に、Bさんは告白できず失恋したらしいと噂が流れた。Bさんと同じ高校に行った友人によると、高校生になったBさんは迷いが吹っ切れたのか、以前より爽やかで明るい人になったらしい。


正直そんなことはどうでも良かった私は、キングオブファイターズのクリスのジャンプふっとばし攻撃やギルティギアのテスタメントの前エグゼビーストに「この技強すぎだろ!?」とキレながらゲーセンで過ごしていた。


数年後、久々に会ったその友人がふと呟いた


「Bさんはお前のことかなり好きだったらしいけど、なんで振ったの?」と


意味が分からず、何が??と数十回聞き返し、夜が明けていた。



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