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部下を泣かせてしまった

先日、取引先を対象にした、ちょっとした催しがあった。
支店長、課長を中心に運営し、わたしたち営業課メンバーがプレゼン的なことを行う。
昼過ぎから催しを行い、夜は懇親会付きだ。

駅前の無機質な貸し会議室で行うため、「少しでも賑やかしに」と課長が小さいぬいぐるみを受付に用意した。

だおれんくん(仮名)

たおしいちゃん(仮名)

我々が勤める金融機関のマスコットキャラクターだ。

二人は恋人だか兄弟だか忘れたが、ペアで我が社を盛り上げてくれている。



当日は懇親会でお酒も入り、そのまま支店に戻らず直帰解散だ。

だおれんくん(以下、「れんくん」という)とたおしいちゃん(以下、「しいちゃん」という)を誰かが家に持って帰り、一泊させてあげなければならない。

ぬいぐるみは片手にのせると少しはみ出るぐらいのサイズ。
わたしの鞄に、余った予備資料とれん太くんをぎゅっと詰めるとパンパンになった。

そこで、しい奈ちゃんを持ち帰ると申し出てくれたのがコピンちゃん(仮名)。

コピンちゃんは、わたしより10歳下の女性。
営業課の中では一番の年下で後輩だが、明るくハキハキとして、取引先からも慕われ、業績を上げている。

わたしとコピンちゃんは、それぞれぬいぐるみを持ち帰った。



催しがあったのは木曜日。
翌金曜日の朝、わたしは家に連れ帰ったれん太くんを支店に持って行き、元あった書庫の段ボールの中にポイっと戻した。
一方、コピンちゃんはというと。

コピン「しい奈ちゃん、帰りたくないって言ってるので、あと一週間うちに居てもらうことになりました」

わたし「あはは。そうなんや。一週間よろしくね」

しい奈ちゃんを持って来るのを忘れたのかもしれないが、そのことをチャーミングに表現する彼女はとてもかわいい。

ちなみに、なぜ一週間かというと、コピンちゃんは翌週休暇を予定しているからだ。

金融機関のしきたりというのだろうか。
取引先と癒着していないか、ロッカーや営業車に書類や現金を隠し持っていないか、などを調査するために、一週間連続して職場を離れなければならない。

身辺調査という名目のもと、リフレッシュ休暇が取れるので、ありがたい制度だ。



そして、翌々週の月曜日、コピンちゃんの休暇明け。

コピン「久瀬クセさん(わたしの名前、仮名)、れん太くんどこにしまいましたか?」

わたし「書庫の段ボールの中やけど」

コピン「そうですか」



休暇明けは忙しいはずだ。
溜まりに溜まったメールチェックや電話の伝言メモの確認、案件の引継ぎ。
そんな中、コピンちゃんはわたしに再び尋ねる。

コピン「あの〜、久瀬さん。書庫の段ボールってどこら辺ですか?」

わたし「え?奥の二段目ぐらいやで?
れん太くんもしい奈ちゃんもいっぱい入ってたから、すぐ分かると思うけど」

ディズニーランドでは、世界中で同じ時間帯にミッキーは同時に登場しないと聞いたことがある。

しかし、うちの会社はディズニーではない。
量産型だった。

その段ボールが見つからないはずがない。
コピンちゃんは何を気にしているのだろう。



その日の残業中。

コピン「久瀬さん、あの〜。何度もすみません。
実は、しい奈ちゃんのことなんですけど」

今日何度もれん太くんとしい奈ちゃんのことを尋ねてきた理由を打ち明けてくれた。


一週間しい奈ちゃんと家で一緒に過ごし、情が湧いてしまった。
ずっと家にいてほしいと思ったけど、しい奈ちゃんとれん太くんが離れて過ごすのはかわいそう。
二人はペア、ニコイチの存在だから。
しい奈ちゃんは、れん太くんの元に返してあげなくちゃ。


こうして自分の気持ちに折り合いをつけ、泣く泣く今日しい奈ちゃんを支店に持って来たのだという。



コピン「でも、書庫にしい奈ちゃんを返したら。
れん太くんが二体、しい奈ちゃんが三体だったんです

わたし「ほぉ」

コピン「数が合ってないんです

わたし「ほぇ〜」

コピン「わたし、しい奈ちゃんと仲良くなって、離れるのが寂しいけど、れん太くんとしい奈ちゃんはペアだからと思って」

わたし「ほ〜ん」



わたしは無意識にだんだん相槌が適当になっていく。



コピン「辛いけど、れん太くんの元に返してあげようと思ったのに。数が合ってないんです。ペアにならないんです」

わたしはキャビネットに書類を片付けながら話半分で聞いている。

コピン「これは話が違う、と思って」

わたし「あはははは」

もう何の話かよく分からなくなって、笑うしかなかった。

あはははは、の「あ」と「は」の間にはオクターブの音階差がある。
下のラから上のラだ。

コピン「これじゃ、わたし、納得できなくて」

わたし「あはははは」

わたしのこのオクターブ笑いは、普段メガジョッキ二杯目以降に発動するもので、職場ではなかなか出るものではない。

コピン「しい奈ちゃん、貰っちゃダメですか?」

涙目になったコピンちゃん。

わたし「あはははは。もう泣いてもてるやん。ガチやん。あはははは」



その瞬間の空気で、わたしは気づいた。

(あ。茶化したらアカンやつや)



泣かせてしまった




これまで社会人を十年以上続けてきて、泣かされたことはあっても、泣かせたことは多分なかったはずだ。

それが、こんな形で泣かせてしまうとは。





れん太くんもしい奈ちゃんも、支店の備品だ。
備品には経費が使われている。

わたしたちが勤務しているのは金融機関。
コンプライアンスには厳しい。
備品の持ち帰りは簡単に許されるものではない。

ただ、コピンちゃんがこんなに愛するしい奈ちゃんに対し、「備品」や「経費」というリアルな言葉を使うのは不適切だ。



わたし「う〜〜〜〜ん。
ほなもう、自分で作ったら?しい奈ちゃん」

コピン「(うるうる…)」

わたし「ごめん、ちゃうよな。間違えた。全然ちゃうよな。めっちゃ間違えたわ。ゴメンゴメン」

妙案だと思ったのも束の間、即座に早口で否定せざるを得なかった。





翌朝。
「少しお話、よろしいでしょうか?」
コピンちゃんは次長に直談判しに行った。

そんな風に改まって話をするなんて、相場は結婚報告か退職の相談だ。

次長は仕事ができて、優しくて、理解のある素敵な女性。
支店の職員の憧れの存在だ。
金融機関としての業務に加え、総務的なことも次長の職務だ。

コピンちゃんの要望を聞いた次長は、こんな提案をしてくれた。

「支店の備品を管理するのはわたしの役目。
例えば、台車やラミネーターやホッチキス。古くなって使えなくなったものは、処分したり買い替えなければならない。
その踏み倒しい奈ちゃん、古くなって、このまま支店に置いていても役割を発揮できないとちょうど思っていたの。
だから、コピンさん、あなたに処分をお任せします。
あと、書庫の古い書類の整理や掃除もお願いしますね」


念願叶ったコピンちゃん。
目を輝かせて「ありがとうございます」とお礼を言う。

嬉しくて嬉しくて堪らない様子で、しい奈ちゃんを連れて帰るその姿。



しい奈ちゃんよりもコピンちゃん。

わたしにとっては、あなたの方が何倍もかわいいよ。

だからもう、わたしに泣かされないでね。

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