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韓国ワーホリ生活 9

先生が住民カードを取りに行こうというので連れて行ってもらって、先生がやってくれた。自分でこれできたのかなーなんて思った。楽ばかりしているような。

教室に、先生の知り合いの在日韓国人のおじさんが来た。体つきのいい、声の大きいおじさんだ。大阪出身で、その頃は親の残したマンションが南部ターミナルにあり、そこでのんびり住んでいた。

おじさんに自己紹介して、その夜、先生たちと一緒に飲んだ。おじさんはすごくよくしゃべる人で酔っぱらってふらふらタクシーに乗って帰っていく。20キロくらいはあると思うのだが、9000ウォン位でいけたような。韓国はタクシーが安いので。

おじさんは話は面白いのだが、説教臭いところがあり、いつまでもしゃべるので最初の頃は嫌だったけど、結局いろいろ世話になった。帰国後に韓国に遊びに行く度におじさんの家に泊った。今はおじさんは大阪の堺の方に住んでいて、時々電話をしている。大阪の家にも遊びに行った。

おじさんは、ほぼ毎日J-STATIONに夕方前に来て、そこに大山さんというヨンセ大学に韓国の歴史を勉強しに来ている人(だったような気がする)と店の前のプラスチックの椅子に座って二人でビールを飲んでタバコを吸っていた。それで、日が暮れるとそろそろ行きますかと言って、向かいのパンジャチプで飲むのだ。今思うと、あの二人は毎日そうしていたけど、話す事そんなにあったのかしら。

僕は、夕方辺りに仕事が終わって、おじさんにビール買って来てお前も飲めってお金貰って、GS25でビール買って来て、三人でぼーっと酒飲んでる時間がとても好きだった。大袈裟かもしれないけど、あの時のまま毎日夕方を過ごせるならそれでもいいかなとすら思う。それでは成長が無いので。これからもああいった、あの時間は最高だったと思い出す時間が何度も訪れる事だろうし、それが楽しみだ。

おじさんは酔っぱらうと、草場(私)!これだけは言うぞっと、こうしなさいっていう名言みたいな事を言って、最後に「これが僕から君に贈る言葉や」で締めくくる。内容は違っても週に1回はやるので、どんだけ贈るんだよって思っていた。

花子もJ-STATIONを手伝っていて、留学生の日本人の中でも花子はJ-STATIONによく来ていた。チニョンという僕と同い年の韓国の女の子もJ-STATIONで働いていた。

そしてある時、もう一人、最近J-STAIONで働き始めたという人が来るという話を聞いてどんな人かなぁと思っていた。夕方、J-STATIONを閉める頃に現れたその人は、日本のギャルみたいな格好をしてやたらテンションが高かった。チャという苗字なのでチャ先生と呼んだ。そのままパンジャチプに行ったのだが、チャ先生の日本の友達が旅行で来ているとの事で、いい歳したギャル男みたいな3人と一緒に飲んだ。最初は引いたけど、気さくで面白い人達だった。その夜はがちゃがちゃしたまま終わった。

次の日からチャ先生は教室に良く来るようになった。

カンホが留学する前に彼の実家に旅行に行く事になった。

僕、先生、花子、チニョン、カンホで車に乗った。

海外で普通車に乗って高速を走るのも新しい経験だった。

サービスエリアで、カワハギの干物を買った。日本でも、スルメとか売ってるコーナーにある様な丸いやつだ。先生はねずみだよこれはと何度も言っていた。名前に同じ発音が入ってるんだったような。

カンホの故郷であるアンドンについて、民俗村へ行った。韓国の今の暮らしもまだ良く知らないのだけど、昔の村を観光した。

カンホの実家に到着した。焼肉屋だった。

カンホの両親が良く来てくれたと迎えてくれた。

そこで先生から、「草場はカンホの家に泊れ、俺たちは近くの宿泊まるから」と言われた。いつもの通り言われるがままにした。

アンドン自体が田舎だと聞くが、カンホの家の周りは田舎だった。土の道が多かった。飲み屋街みたいな所がある辺りの道もちゃんと舗装されていない感じだった。いい感じだった。

つづく。。。

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