見出し画像

【連載】ターちゃんとアーちゃんの歳時記 霜月

ミカン狩り

「ミカン狩りに行こうか」
 パパとママ、どちらともなく言い出しました。場所は、善波トンネルの手前を脇道に入った所。
 国道246号線から少し入っただけで、雑踏が嘘のようになくなります。風に運ばれて鳥のさえずりが聞こえてきます。

 すごいなあ。
 ターちゃんは、早速草むらに入り込み、バッタを見つけては大はしゃぎ。
「それは、後だ」
 パパは、ターちゃんに今日の目的を思い出させます。
「ほら、あれだ」
 木に生っているミカンを見るのは、二人とも初めてです。黄色い実をたわわに付けた樹々が、山の斜面をおおい尽くしています。

 弓手ゆんでに網袋、馬手めてに鋏。格好だけは一人前です。手始めにパパがもいだミカンを頬張る二人。
「どうだ、甘いだろう」
「うん」
「じゃあ、自分で取ってごらん」
 ターちゃん、一人で枝によじ登り、取っては腰に付けた網に入れ始めました。
「上の方の、太陽をいっぱい浴びたのを、採るんだぞ」

 アーちゃんも、パパに肩車してもらって腕をいっぱいに伸ばします。
「それじゃない、右の」
「これ」
「いや違う、おしりのツブツブがいっぱいあるやつ。そうだ、それ」
 アーちゃんには、ミカンも鋏も手に余ります。悪戦苦闘の結果、何とか一つだけ千切ることができました。

 一方、孤軍奮闘していたターちゃんでしたが、なかなか上の枝には手が届きません。
「アーちゃん、変わってよ」
 うっ。
 ずっしりとした重みが肩に掛かり、ターちゃんの成長を感じるパパでした。
「お天道様に恥じない、そんな大人になれよ」
 暖かな日差しの下、ミカン狩りに夢中になっているターちゃんに、パパの声が届いたかどうかは分かりません。

 穏やかな、晩秋の一日でした。


七五三

「もう二年たったのか」
 寝室の壁に、アーちゃんの七五三の写真を飾りながら、パパがつぶやきます。
 パパが見ていたのは、ターちゃんの七五三の写真です。おかっぱ頭で青いかみしもを着けたターちゃんの横に、ほっぺを膨らませたアーちゃんが並んでいます。
「そうね」
 ママも感慨深げです。
「あの時は、びっくりしたな」

 そう、あれは、ターちゃんの七五三の時のこと。
 Aホテル内の貸衣装店で、ターちゃんが選んだ着物は、何と裃でした。新入荷品だそうです。テレビの時代劇みたいで格好いいと、他のには目もくれません。

 当日。ホテル内の写真館で撮影を終えて帰ろうとすると、突然アーちゃんが泣き出しました。
 ママがどうしたのって聞くと、
「アーちゃんもあれを着るんだ」
 ターちゃんの裃を指さします。いつも何かやる時は、ターちゃんの次はアーちゃんと決まっていたからです。アーちゃんはじっと自分の番が来るを待っていたのでした。
「あれは、七五三といって、男の子が五歳になったお祝いの時に着るんだから。アーちゃんは、未だ三つだがら、後二つお正月を迎えたらね」
 何とかアーちゃんをなだめながら、寒川神社にもうでました。

 あれから二年。
 アーちゃんは黒い羽織と黒白縦縞の袴を選びました。眉が太くて、大きな目。色黒のアーちゃんは、黒い着物の方が締まります。親のひい目を差し引いても、なかなか凛々りりしい立ち姿です。
 写真館の人が、来年の七五三のパンフレットに使わせてもらえないかと言ってきました。無論、パパもママも二つ返事で承知しました。

 忘れた頃、写真館からパンフレットが送られてきました。
「アーちゃん、なかなか格好いいね」
 ママがめると、はにかみながらも満更でもない様子です。
「ターちゃんは?」
 直ぐ様、横から負けず嫌いが尋ねてきます。
「ターちゃんも格好いいよ」とママ。

 ターちゃんとママ。

 似たもの同士が並んで、アーちゃんのパンフレットをのぞき込んでいます。

お断り:この「七五三」は、一年後、ターちゃんが七歳、アーちゃんが五歳の時の話です。他の話と年齢が合いませんが、歳時記として残して置きたかったので、敢えて加えました。


よろしければサポートお願いします。また読んで頂けるよう、引き続き頑張ります。