俺とジェットコースター@八木山ベニーランド
初乗車:2022年9月17日
好きなセクション:ファーストドロップと中盤のS字コーナー
2022年11月、俺は有休を取って八木山ベニーランドに来ていた。9月に訪れたばかりというのに、月曜の朝から始発の新幹線を使ってまでやってきたのにはワケがある。1968年の開園から現在に至るまで走り続けた”ジェットコースター”(以下八木山ジェット)が引退するからだ。今回のレビューは最終運行日の様子を交えながら、八木山ジェットの魅力について書こうと思う。
八木山ジェットの引退を知ったのは今年の夏頃だったかと思う。ベニーランドと言えば豪雨の中でも走行する八木山サイクロンのイメージが強かったので(ローラーコースターマニアック!キッズ並の感想)、サイクロン引退するんだ…と自分の知識不足から勘違いしてしまったが、よくよく調べると”ジェットコースター”という名のコースターの話ということを知った。
9月にベニーランドを訪れた際、初めて八木山ジェットに乗ることが出来たのだが、チャンネルレール独特の騒音と横揺れ、そしてファーストドロップの引き込まれ感に驚いた。初訪問の日は時間の都合上1回しか乗ることが出来なかったが、サイクロンと同じく強烈なインパクトを残してくれたコースターだった。
最終日となった11月14日は月曜日だったこともあり、園内は少し閑散としていた。来園客より従業員、報道陣の方が多いのではないかと思いつつ、八木山ジェットへと足早に向かう(※1)。
この八木山ジェット、ベニーランド開園当時から存在する名物アトラクションで、この最終日まで約54年間無事故で走り続けた(※2)。しかし、サビやレールの老朽化はメンテナンスだけでは避けられなかったようで、惜しまれつつ最後の日を迎えたのだった。
1回あたりの輸送人数は14人とやや少ないものの、発車から1分半ほどで駅舎へと戻ってくるためかなり回転率は良いと思う。(お盆やGWの中日など、超繁忙期はどうだったのか今では知る由も無いけども)
車両は今走っている物が3代目に当たるようで、当時流行っていた銀河鉄道999をイメージしたようだが、時代が経つにつれ999よりもトーマス扱いされることが多かったようだ。確かにカラーリングがパステルカラーに近いせいで、重厚な蒸気機関車と言うよりトーマスに雰囲気が近い。パツキン美女のメーテルよりか、トップハム・ハット卿の方が似合う車両だ。
安全装置は腰のシートベルトのみ。かなり簡素な造りだが、これがファーストドロップのスリルに直結する。また、ゴツい安全装置では無いことから比較的低年齢から乗車可能で、初めてのコースターデビューはこれだったという宮城県民も多くいたそう。(八木園長談)
発車するとすぐさま巻き上げに入る。巻き上げはかなりゆっくりとした速度だ。また先頭車両がレールのアンチロールバックに引っかかっているのか、巻き上げ中常に縦揺れを起こしていた。かなりアグレッシブ。尻への振動が凄くて便通が良くなりそうだった反面、痔持ちには辛そう。
高度は8mとコースターとしては低い方だが角度の緩急が激しく、最後尾では体が上に飛ばされるような挙動を見せる。ただ、八木山ジェットで一番激しいのはファーストだけで、その後は一定の速度を保ちながらほぼ平坦なコースを走行していく。ほとんど高度が上がらないのでスピード感は失われないのがイイネ。
ファースト後は一旦軽く上昇した後、コークスクリューの真下を左旋回しながら走り抜ける。ここでタイミングが良いと八木山ジェットとコークスクリューの交差が見られるのだ。なんと最終日のこの日は、八木山ジェットの巻き上げを調整することで交差を実現させていた。丁度その回に乗車していたのだが、巻き上げ途中で急に車両が不穏な動きをしだしたので、めちゃくちゃビビった(照)。
スクリュー下を通過した後は、木々の間を縫うように走行する。ここは緩やかに勾配が付いており、徐々に速度増しながらコーナーを通過するため横Gを一番感じられた。
駅舎脇まで戻ってきた車両は、上昇と下降を繰り返しながらのんびりと走行する。背もたれが低い車両だからか、このセクションにあるちょっとしたアップダウンでも首を持って行かれそうになる。なかなかファンキーな挙動だ。
最後は大きく左に旋回しながら小さなキャメルバックを超え、駅舎に戻ってくる。キャメルバック扱いしてよいか分からないほど小さなこのコブ、なんと先頭車両なら薄っすらと浮く。浮いたか浮いてないかで言うと、たぶん浮いて無い扱いになるのだろうけど、俺はあの時確かにエアタイムを感じました!!!!(鋼の意思)
夕方に差し掛かり、八木山ジェット付近も何だか慌しくなってきた。締めのラストランということで各社マスコミや家族連れ、コースターマニアが駅舎付近に集まる。ちょっとした記者会見のような雰囲気が漂う中、刻一刻と閉園時間が迫ってきた。
遂にラストランの時間がやってきた。八木園長が感謝の言葉を述べる。ハタチを超えてから、こういう場面で涙腺が緩むことが多くなってしまった。薄っすら涙を浮かべながら、は?俺あくび出ただけですけど?位のメンタルでラストランを見守った。
月曜日の夕方だというのにこれほどまでに多くの人が集まったのは、それだけ地元に根付いていたコースターだったことを物語る。ベニーランドの歌にある”でっかい夢が 弾むよ 跳ねるよ 転がるよ”を体現したような皆から愛されるコースターだったんだろうな、と感じ取れる最終日だった。
注釈
※1 この日、八木山ジェットの写真をパシャパシャ撮影していたら、NHK仙台放送から取材を受けた。今日訪れた理由は?とか、八木山ジェットの印象は?等聞かれたので当たり障りなく回答したのだが、放送では全カットされていた。17年前にインタビュー受けた高知放送”公園通りのウィークエンド"はちゃんと使ってくれたぞ
※2 八木山ジェットよりオープン日が古い現存コースターは東山動植物園のスロープシューターや花やしきのローラーコースターなど。八木山ジェット跡地には、としまえんのミニサイクロン車両を使った新たなコースターが出来るようだ
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