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私と結婚と谷口菜津子の漫画たち

「相変わらずですけど、結婚とか興味ないんですか?」

夏休み中、久々に顔を合わせたかつての教え子に聞かれた。

「興味がないわけでは…でも1人が好きだし、1人で生きていけるってわかってるし…でもそれが寂しいなってときもあって…」

要領を得ない回答であるが、これが今の私の本心だ。

ここで彼女が言う「結婚」は、おそらく「男女が恋愛して入籍して同居して女性が妊娠して出産して子を育てること」を指している。パートナーシップのあり方は多様化しているし、子どもを持たないことを選択する夫婦だって珍しくはない。それでも、世間一般に最も浸透している「結婚」はおそらく上記のような形態を指すことが多いだろう。

この「結婚」を否定しているわけではない。実際、恋愛結婚して子育てをしている友人や同僚は身近に多くいるし、幸せそうで微笑ましく思うこともある。

問題があるのは私の方。ハードルが高すぎると思ってしまうのだ。

家庭を持つ友人たちが、完全に納得はできなかったかもしれないけど受け入れてきた変化に、疑問ばかりが浮かんでしまう。

結婚するには恋愛関係にないといけないの?同じ名字にならないといけないからどちらかは必ず面倒な手続きをするんだよね?そもそも一緒に住まないといけないの?妊娠出産するなら仕事休むのは女の側だけって普通に不公平じゃない?それに何より機能不全家庭出身の自分に親が務まるとは思えないな?

我ながらめんどくさい女だと思うし、考えすぎだと言われてしまえばそれまでなのだが、考えずにはいられないのも事実だ。

「そういうもの」と受け入れらない理由にはいくつか心当たりがある。両親が不仲だったからかもしれないし、昔からずっと母親との折り合いが悪いから幸せな家庭のイメージがわかないのかもしれない。また、私はおそらく1人で生きていける人間である。ある程度1人の時間がないとしんどいし、家事とか可能な限り自分のペースでやりたいので、1人暮らしが好きだ。さらには、近頃自分のセクシュアリティをデミロマンティックと自認しているので、その影響も大きい。

この話題をさらに憂鬱にさせているのが母の存在である。

私の母親はいわゆる毒親なのだが、うちの母を毒親たらしめている最大の理由は「娘を自分とは別の人格だと切り離して考えられないところ」にある。数年前まで、何の話をしていても最終的には他界した父の悪口にすり替えていた母だが、近年すり替える話題はいつの間にか私の結婚についてになった。

「誰か良い人はいないの?」「動けるうちに孫を抱きたいんだけど」「誰にも選んでもらえなくてかわいそうだね」

しんどい。めちゃくちゃしんどい。孫とかに期待しないで自分の人生を生きてくれ。あと全然かわいそうじゃねーから。そもそも私たぶんヘテロじゃないし。

「しんどいからやめて」と何度も伝えてはいる。それでも繰り返してくる。話し合いができない。何しろ毒親だから。

自分の人生に圧力をかけてくる人間がいる。それがとても身近な親である。このことがもたらすストレスは凄まじい。「しんどいなー」とぼーっとしているだけで、気づくと数時間経っているようなこともある。特に母と顔を合わせる機会が増えるお盆と年末年始は気が滅入りがちになる。

そんなふうに最高潮にメンタルが落ちたとき、一周回って「結婚してれば相手に弱音が吐けるのかな…」とか思ったりする。1人で生きていけるけど、支えてくれる人がほしくなる。支えてもらうだけではない。うれしいことがあったときにお互いに喜び合ったり、信頼して背中を預けたり、誰かと時間を過ごしたいと思うことだってある。

「ひとりがいい」と「誰かといたい」2つともを願うことはわがままなのだろうか。もやもやと考えていたときに出会ったのが谷口菜津子の漫画だった。「従来の夫婦や家族の在り方にこだわらなくて良い」「家族じゃなくても誰かと生きれる」私にとってそんな希望を見せてくれるフィクションの数々だった。

谷口菜津子は元々シスターフッドの名手なのだが、「シスターフッド含めて、血縁のない者同士がどうつながるか」を描くことが多い。そしてそれは多くの場合、友情や地域のコミュニティが媒介となっている。

ド直球に結婚を扱ったものとして『今夜すきやきだよ』がある。

※以下、結末までのネタバレを含みます。
※今年ちょうどテレビドラマ化されました。

家事は苦手、でも結婚したい、恋愛体質の「あいこ」。
家事が好き、でも恋はいまいちピンとこない「ともこ」。
「理想の結婚相手が見つかるまでの間、とりあえず私と結婚しようよ」
正反対のあいことともこ、アラサー女子の二人暮らし。
普通の結婚ってなんだろう?

(『今夜すきやきだよ』内容紹介(裏表紙より))

上記の通り、女2人が共同生活をするストレートにシスターフッド作品だ。

正反対のあいことともこだが、「共生」と称される共同生活は2人にとってなくてはならないものになっていく。

利害が一致してるからこんなに暮らしやすいのかな?
いや それだけじゃないな
あいこちゃんと一緒だったら 生き抜ける気がするんだ

(『今夜すきやきだよ』7話 ともこ)

ゆきとの結婚は不安だらけだ だけど
なんでかな ともことの生活は 何か問題が起きたとしても
一緒に乗り越えられそうな気がするんだ

(『今夜すきやきだよ』10話 あいこ)

両思いじゃん。めっちゃうらやましい。

しかもあいこがアンコンシャスバイアスっぽい言動をとると、「自分が思ってるより偏見すごいよ」とともこがたしなめるんですよ。自覚のない偏見を毅然と指摘してくれる友達ってほんと貴重だからな。

が、あいこが恋人のゆきにプロポーズされ、2人は共同生活を解消することに決める。しかし、ゆきとの同棲がうまくいかず、さらには名字を変えることに抵抗がある自分に気づいてしまったあいこはゆきに婚約解消を申し出る。最終的に、すれ違う2人を見かねたともこに「現代人だろ!/徹底的に話し合え!!」と一喝された結果、あいことゆきは別居婚を選択する。(この「愛だけじゃなんとかならないからちゃんと話し合えよ」論は『教室の片隅で青春が始まる』でも主人公が兄に言うシーンがある。)

別居婚を選択したことにより、あいこの入籍後もあいことともこは共同生活を続けることになる。シスターフッドには「男を巻き込んで共存する系」と「男を必要とせず排除する系」があると思っているのだが、片方にパートナーがいる状態で関係が続いていく『今夜すきやきだよ』は前者である。(別居婚については、作者が一時期実際にしていたそうなので、その経験がヒントになっていると思われる。)

ちなみにドラマ版ではともこは完全にアロマンティックを自認している。それを含めドラマ版では原作からいくつかの改変がなされているのだが、それが一切改悪にはなっていなくて原作ともどもすごく良い。ネトフリかアマプラが早く配信してくれるのを待ってます。

『今夜すきやきだよ』には続編ではないのだが、シリーズものとして『今夜すきやきじゃないけど』という作品がある。

こっちは家事の中でも主に掃除を通してセルフケアを考えるお話。仕事のプレッシャーで病みそうになる主人公を救うのが義理の弟っていうのが、ヘテロの恋愛関係に依ってなくて良い。あと登場する手抜き料理の数々が、『今夜すきやきだよ』でともこが作る手の込んだ料理のアンチテーゼになっている。

そして今夏、『すきやき』シリーズを昇華させて誕生した傑作が『ふきよせレジデンス』だと思う。

これはひとりを 生きる物語 隣り合わせながら生きる ひとりたちの

(『ふきよせレジデンス』上・第1話)

冒頭がこれですよ。

もうこれだけで、「ひとりとひとりがどう繋がるか」を描こうとしていることがよくわかる。

舞台になっているアパートには、それぞれ葛藤を抱えながらひとりで暮らしている人たちが集う。このアパートには近所に「ツルカメコンビニ」という奇妙なコンビニがあって、住人たちの多くが通っているようである。そして「ツルカメコンビニ」にはきらりというギャル風の店員が働いている。

実はアパートの住人のひとりであるきらりは(コンビニ店員時とはまったく違う魔女のような風貌で暮らしている)「みんなのヒーロー、魔法少女になりたかった」という言葉通り、ちょっとした親切とおせっかいで住人たちに影響を与えていく。それぞれ悩む住人たちに劇的な変化はなくとも、きらりの言葉と行動に励まされた「ひとり」の人生は少しずつ上向きになっていき、さらにはきらりを中心として住人たちに繋がりが生まれていく。

なんか不思議ですね 私たち 家族でも友達でもないのに この大きな家で 一緒に暮らしてる
こんなに近くで 生活して 雨風凌いで 悩んで

(『ふきよせレジデンス』上・第4話)

私は両親を亡くしてひとりで暮らす高校生、紺ちゃんが大好きで、下巻に収録されている紺ちゃんの誕生日会のシーンで日曜の朝から泣きじゃくりました。

物語の終盤、きらりもある事情から「ひとり」を生きていることが判明する。そして困難に直面し、傷つくきらりのことを、今度はきらりが助けてきた住人たちが助けようと動き出す。「いや できるかも/みんなでだったら/どうにかできるかも」という言葉とともに。

きらりを救おうとする住人達の計画は、思いがけずきらりを超えて広がり、最終的にはツルカメコンビニを起点とした相互扶助の輪のようなものが広がっていく。

ひとりだけど隣にはだれかがいる。ひとりで暮らしたい自分が前ほど不安じゃない。ひとりとひとりはこんなふうに繋がれるのかと教えてくれた『ふきよせレジデンス』は、きっと私にとってお守りみたいなものになると思う。


他にも、シスターフッドならこの2つ。どちらも幸せそうな百合カップルが登場するのも良い。私は『ズッ友』の最後に収録されている16ページの短編『コトハとエマ』が最高に好きです。これぞ男を必要としないシスターフッド。

もうひとつ、谷口菜津子さんが配偶者と猫との日々の生活から作品に着想を得ていることがよくわかるのが『うちの猫は仲が悪い』というコミックエッセイ。配偶者は同業者の真造圭伍さん。(『ひらやすみ』の著者。)両者の作品には「未婚の独居老人」「部屋が片付けられないバリキャリ女性」「物語のキーになるかわいい猫」など共通のモチーフが登場するので、合わせて読んでみるとおもしろい。あと谷口菜津子さん目線の夫さんと猫たちがかわいい。

こうして並べてみると、谷口菜津子の漫画には、ぶっ飛んでいるというか、ファンタジーともいえるような設定の物語が多い。「現実にそんなことはあり得ないよ」と言ってしまうことは簡単だ。それでも、私が『ふきよせレジデンス』の住人たちの繋がりに心を打たれるように、ファンタジーであっても、フィクションは起こりうるかもしれない希望を示してくれる。それだけで前を向ける。もう少し踏ん張ってみようかと思える。

母がしんどいのはこれからも変わらないし、私は明日もきっと「ひとりがいい」と「誰かといたい」を行ったり来たりする。気持ちが最高に落ち込むことはこれから先も何度もあるだろうが、未来の私もきっとお守りみたいなフィクションに支えられてなんとか生活しているのだろう。

しかし谷口菜津子の漫画の女たち、自分の人生ちゃんと自分で決めててえらいよね…。やっぱり紺ちゃんが好きだよ。


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