【小説】「straight」103
「終わったわね」
松澤の乗ったパトカーを見送った豊田は、背中に掛けられた言葉に振り返った。
「……お前か」
スーツ姿の女性を見て、彼は吐き捨てる様に言った。
「畜生、せめてあの野郎を一発殴ってやりたかった」
「そんな事したら、あなたまで刑務所行きじゃない」
弥生は、たしなめるようにそう言った。
「澤内君と、走れなくなっちゃうわよ」
「……それは困る」
気を取り直した豊田は、目の前に居る謎めいた女性に向き直った。
「そろそろ教えてもらおうか、あんたが何者なのかを」
「下品な聞き方ね」
「生まれつきさ」
混ぜっ返した彼の言葉に、思わず吹き出した彼女は、バッグの中から一枚の名刺を取り出した。
受け取った豊田が、表書きを見る。
「『人材派遣ウエストプランニング契約社員―西野弥生』……なんだこりゃ?」
意味の分からない豊田を見て、弥生は自分のミスに気がついた。
「あ、ゴメン。それはダミーだったわ」
彼女は改めて取り出した名刺を、その上に重ねる。
何気なくそれを眺めた豊田は、そこに記された内容に思わず言葉を失った。
暫く経ったあと、必死に声を絞り出す。
「あんた……ホントなのか?」
「ええ、そうよ」
弥生は、不敵な笑みを浮かべて、コクリと頷いた。
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