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週末ストーリィランド

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」最終話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」最終話

「インタビューしても、いいですか?」
 大量の花束と格闘していた悠生に、ある女性記者が近付いて来た。

「ええ」
 係の人に花束を預け、ようやく落ち着いた彼は、襟元を正して向き直る。

「この度は、大賞受賞おめでとうございます」
「有り難うございます」
「『風の色』素敵なシーンですね。光の粉が舞い降りてくる感じが」
「ええ、苦労しましたよ」
 当時のことを思い出した悠生は、軽く微笑んだ。

「それ

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第13話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第13話

 レンズの中に居る、浅緒久深。

 彼女の白いワンピース、ミューズ、麦わら帽子……

 その全てに光が、光が満ち溢れていた。

「風色の粉が、弾け飛んでいる」
 波風によってすくわれた水しぶきに、太陽の光が反射して出来た光の衣。

 彼女の姿は、まるで風の衣を纏った天女が、地上に降り立って来た様であった。

「そうかっ!」
 悠生は、思わず叫んでいた。

(分かりましたよ、お兄さん)

『風の色は

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第12話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第12話

(綺麗な、蒼い空だ……)

 窓枠に肘を掛けて、悠生はずっと空を眺めていた。

(この光景は、ずっと変わらないだろうな)

「ユウ、お客さんだ」
 彼を呼ぶマスターの声に、大きく一つ伸びをして立ち上がった。

「ヨーロッパに、行くの……」
 波打ち際を歩きながら、久深が言った。
「ヴァイオリンの技術を磨くため、留学することにしたの。四年、五年、もしかしたら、それ以上掛かるかも」
「そっか」
 彼女

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第11話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第11話

 風の森に広がる海面に、雨水が一粒落ちた。
 輪を描いて広がっていくその数が段々増えて来て、夕立となった。

 打ちつける豪雨の中、久深は膝の間に頭を埋めて座っていた。

「やっぱり、ここだった」
 聞き覚えのある声に、彼女は少し顔を上げた。
 潤んだ瞳に、心配そうな表情の悠生が映り込む。
「忘れ物」
 目の前にヴァイオリンケースを差し出された久深は、ゆっくりと首を横に振る。
 彼は、彼女の傍らに

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第10話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第10話

 翌日。
「さあて、現像現像っと」
 バイトが上がった悠生は、フイルムケースを片手に、いそいそと控室から玄関に向かっていた。

「何だユウ、どこかに行くのか?」
 そんな様子を見て、彼のOBである海の家のマスターが声を掛ける。
「ええ、昨日いい写真が撮れたんで」
「ああ、風吹橋か」
「そうなんですよ……え?」
 軽く流して出て行こうとした彼の足が、思わず止まる。

「先輩、何でその事を」
 悠生の

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第9話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第9話

 一週間、何も起こらなかった。

(やはり、今年じゃなかったのか?)
(それとも、もう現れたあとだったのか?)

 苛立ちと焦りがピークに達した8日目に、異変が生じた。

「篠原君、あれ!」
 双眼鏡を覗いていた久深が、突然叫び声を上げた。
「……これは」
 彼女が指差した方向にレンズを向けた悠生は、言葉を失った。

 異変は起こっていた。
 しかし、それは二人の想像を遥かに上回っていたのだ。

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第8話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第8話

 シャッターに触れた指先に、全神経を集中させる。

 一瞬の予断も許されないため、悠生はこの3時間、ずっと同じ姿勢を保っていた。
 額から、滝の様に汗が流れ落ちている。
 日没まで、あと30分……

「……ダメか」
 彼の傍らに座っていた久深は、膝を抱えて呟いた。
「考えてみれば、今年が当たり年という保証は無いわ。一年後、二年後、それ以上かも」

「どんなに小さくても、可能性のあるうちは決して諦め

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第7話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第7話

「こんな話、誰も信じる訳ないよね」
「そうね」
 再び風の森へと戻って来た、悠生と久深。
 彼は肩に掛けたバッグからカメラを取り出して、セッティングを始めた。

「今でも数年に一度、風吹橋を見かけたという情報が寄せられているらしい」
 地元の観光局に問い合わせた内容を、彼女に伝える。
「良い写真をフレームに収めて、次のコンテストで最優秀賞を狙う。君のお兄さんが受賞作品を見れば、必ず戻ってくるさ」

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第6話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第6話

「……ひょっとしたら、それは風吹橋の話かも知れんのう」
 暫く考え込んでいた老人は、やがて思い当たった様に口を開いた。

 久深の告白を聞いた後、悠生は自分も風の色捜索に加わりたいと申し入れた。
「伝説的なものは、地元の人に聞くのが一番」
 そう思った彼は、バイトの空き時間を利用して、彼女と近くの漁村等を尋ね歩いた。

 空振りが続いた3日目に、ようやくこの老人のひと言と出会えたのだ。
「どんな、

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第5話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第5話

「両親が死んでから、兄は男手ひとつで私を育ててくれました。生活は苦しい筈なのに、『久深は夢を追い続けるんだ』って、無理をしてバイオリンも習いに行かせてくれて……」

 少し言葉を区切った彼女は、小さく深呼吸をして話を続けた。
「大好きだった絵をやめて、一心に仕事に打ち込む兄を見て、わたしはだんだん罪悪感に囚われてきたのです」
 久深の顔に、苦悩の色が浮かぶ。
「高校三年の秋、新人賞を受賞した時、わ

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第4話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第4話

 彼女は、否定とも肯定とも取れるあいまいな表情を作っていた。

「自己紹介がまだだった。俺は、篠原悠生」
「……」
 久深は、先程から一言も口を聞いていない。
 困った悠生は、幾分饒舌気味に話していた。
「さっき君が言った『風の色』の事なのだけれど」
「……もういい」
 彼の言葉を、久深は静かに遮った。
「突然あんな事を言った私が間違っていました。ごめんなさい、忘れて」
 寂しげにヴァイオリンをケ

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第3話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第3話

 夏の夕方は、悠生のお気に入りだ。
 昼間の喧騒はどこへやら、この時間に聞こえるのは、寄せては返す波の音だけである。

 バイトが引けた悠生は、鞄に機材を詰め込んで海の家を後にした。

 彼がカメラに興味を持ったのは、中学一年の頃からだ。
 それまでは、絵画を主にしていた。
 でも、写真がただ被写体を映すのではなく、撮影者の心もそのまま現れるものだと知ってからは、風景・人物を問わず、あらゆるものを

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第2話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第2話

「は、はい」
 柄にもなく上擦った自分の声が恥ずかしくなり、悠生は慌てて店内を見回した。

「どうぞ、こちらに」
「ありがとう」
 昼食時で混み合ったテーブルの間を、彼女は風の様にすり抜けて行った。

 白いワンピースが、その動きに合わせて揺れている。
 素足に似合う、真っ白いミュール。
 肩まで伸びた黒い髪に、優しく包み込む様な大きな瞳。

 それはまさに、悠生の理想とする女性を映したものだった

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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第1話

【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第1話

「風の色を、作ってください」

 白いワンピースを着た彼女は、メニューを閉じたあと、そう言って微笑んだ。

 大学生になって、初めての夏。
 篠原悠生(しのはらゆうき)は、彼が所属するサークルのOBが経営している海の家で、住み込みのバイトを行っていた。

 風の浜海岸は、最近よく情報誌に取り上げられている、人気の海水浴場だ。
 炎天下の中、注文を取って鍋をふるい、皿を片づけて泥の様に眠る生活が、一

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