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ジンジャーハイボールと彼 21 ~最終話②~


〜最終話①の続き〜


 日下部さんに住所を送ると、すぐに“そんなに遠くないね。20分くらいで着くから”と返事が来た。

 日下部さんは、ほとんどスタンプを使わないのに、これ以上は泣かせてはいけないと思われたのか珍しくスタンプも届いた。

 大丈夫かな。なんだか、面倒くさい女になっている気がする。

 私だって、今までそんな素振りしてこなかったのに、変な質問して勝手に泣き出して、こっちにまで来てもらって。
 

 これほど思ったことをそのまま言うのは人生で初めてな気がする。いつも、強がって自分の気持ちは押し殺してきたし、それに慣れてしまっていた。

 今回は、わがままでも素直になりたい。最後まで頑張りたい。
 
 

 日下部は車中で考えていた。どうしてこうなったのか、急すぎて理解が追い付いていなかった。どういう経緯で彼女が泣いたかを一度、回想していた。

 インスタライブの話を電話でしていて、いきなり彼女がいるのかという質問になり。
 いや、なんか変なこと言ってたな、日下部さんはいますか?とか。最初の質問が意味不明だったよな。

 それで、なぜか長瀬さんの話になり、どういう話なのか意味がわからなくて、なんで聞くのかって聞いたら泣き出して。

 やっぱり俺の聞き方がきつく聞こえたかな。
 
 あの気が強そうな彼女が泣くってよっぽどだ。・・・いや、彼女はそんなに気は強くない。見た目がそう見えるだけで、むしろ気を使ってばかりで疲れないだろうか。
  
 仕事で何かあったのかもな。


 それとも、まさか・・・いやそんな訳ない。自惚れると推し活仲間を失うことになる、何より大事な後輩の彼女の親友だ。

 今までだって、そう言い聞かせてきたんだ。
 


 
“着いたよ。マンション前の黒い車”
 そうLINEが届いた。
 
 お気に入りのミントグリーン色のワンピースに着替えていた、化粧と髪の毛も大急ぎで直した。

 1番大事な、伝える言葉も考えた。
 
 

 これまでは、いつも来てもらえるのを待つ恋愛だった、自分で変えるんだ。

 人生初の告白をしよう。

 
 
 木原が車に乗ると、日下部はなるべくいつもと変わらずに接するようにした。

「はい、スタバでコーヒー買って来た。コーヒーが飲めるか分からなかったからカフェオレにしたんだけど大丈夫?」
「あ、カフェオレ好きです。ありがとうございます」
「良かった」

 二人は静かにそれを口にした。

「来てもらってしまって、本当にすいません」
「ああ、いやどうせ何もなかったし。明日は休みだから」

「それと、急に泣いてすいませんでした」
「いや、女の人は日によって不安定な日があるから。もしかして、仕事でまた何かあった?」


 木原は心なしか、背筋を伸ばした。

「三択問題でお話をしても良いですか」
「え?三択?」
 

「私が悩んでいることは、次の3つのうちどれでしょうか。1、仕事。2、人間関係。3、好きな人のこと」

 日下部は何が始まっているか不明なまま困惑しながら答えた。
「え・・・あ・・1かな?」
「ぶー、3です」

「3・・・、好きな人?いるの?」

「います。次、その人の良いところはどこでしょうか1、お金がある。2、かっこいい。3、一緒にいて楽しい」

 木原の両手は小さく震えていた。

 日下部は、彼女の何かを決意したかのように話す姿を見て、素直にクイズの答えを考えた。


「じゃあ、3かな」

「正解です。次、その人は誰でしょうか。1、会社の上司。2、会社の後輩。3、・・・日下部さん」

「え・・・」

 日下部は何かを考え、黙った。

 
「時間オーバーです」
「あ、ごめん」

 木原は遮るかのようにすぐ話を進めた。
「あの、一つお願いがあって。これからも、一緒に推し活がしたいんです。だから私がこれから言う話が嫌な気持ちになる事だったとしても、日が過ぎたらこれからも仲良くしてほしいです」


 日下部は何も答えず、木原を見た。

「私、本当は花火大会が苦手だったんです。人混みがダメで、でも今年はすごく楽しくて毎年行っても良いなって思いました。それは、日下部さんがいたからです。あと、推し活も日下部さんと一緒だとすごく楽しい。仕事の愚痴も日記に書くだけより、日下部さんに聞いてもらえると違う」

 木原は、再びカフェオレを口にした。

「このまま仲良くいられるだけで良いかなって思ってました。でも、いつかどこか違う人の所に行くと思うと苦しくて」


 木原はそこから言葉が止まってしまい、最後の告白が言えなかった。

 ここまで勇気を出して、大事なセリフを言えないことに悔しさを覚え、深呼吸をした。

 
 日下部は、優しい声で話し出した。

「長瀬さんは、何もないよ。先月の頭だったかな、二回目のデートで俺も憧れの人なだけで好きとは違うって思っている時に、元ご主人の事が忘れられないって言われて。お互いに何も思わずに終わったんだ」

 木原は初めて日下部を見ることが出来た。

「・・・うそ」
 日下部は、柔らかく笑った。

「次は俺から、三択で答えてください。俺が最近考えていることは何でしょうか。1、仕事のこと。2、長瀬さんのこと3、良いなと思っているけど、大事な人だから恋愛感情を持たないようにしている人の事、ちなみに木原さん」
 

「え、・・・まさか3?」

「正解」
「・・・うそ」

 木原は、頭も目も熱くなったようで、うつむいて声を押し殺し泣いた。強くつぶった目から涙は止めどもなく流れた。
 
「君は、後輩の彼女の親友だし。伊藤はクールビューティとか言うけど、警戒心強いでしょ。一年くらい仲良くないとすぐに嫌われるなって、臆病者だね」

 木原はまだ何も言えずにいた。日下部は左手を木原の背中にまわしてなだめた。

 落ち着いた様子になると、真っすぐに日下部を見て言った。

「私も、3番です!好きです、付き合ってください」

 日下部は木原を見て小さく頷いた。

「うん、付き合おう。もう泣かせないから」

「泣かせたら許しません」

 外は知らぬ間に暗くなっていた。車の窓から見える空に輝く星々は、その初々しい空間を優しく見守るかのようだった。
 
 
 
 
 いつもの学校への出勤が、これまでとは違うものに感じた気がする。車から降りて職員室まで行く道のりも、こんなに清々しいと感じたことはない。

「日下部先生、おはようございます!俺に言うことありますよね」

 伊藤は、丁度よく車から降りてきた様子だった。駐車場から職員玄関までは少し距離があった。

「おお、おはよう」
「あ、まずはおめでとうございます!」
 そう言って深々とお辞儀をし、いつも以上の笑顔で日下部の肩に手を回して横に並び顔を近づけて聞いた。

「先輩、嬉しくてたまらないです。あんなクールビューティを彼女に出来たのは、俺のお陰ですよね」
「は?」
「いやいや、あのBARでの出会いがなければ今日はないですよ」

 日下部は少し考えたように上を見た。
「確かにな」
「ですよね!だから、次の期末テスト作成は日下部先生で」

「お前、それとこれは別だ」

 伊藤は怖い怖いと言いながら、急いで職員玄関へ向かった。
 
 日下部が呆れていると、後ろから「おはようございます!」と生徒の声が聞こえ、振り返った。

 
 サッカー部で部長の志田太陽だった。
 横には可愛い女の子がおり、手を繋いでいた。

 「おお、おはよう」と言うと、志田へ笑顔を向けた。

 志田は、はにかんだ笑顔をし、少し腕を上げて小さくガッツポーズをとった。

 日下部も同じように腕を上げ、志田の健闘を讃えるように小さくガッツポーズをとった。


 
 日下部は、気持ちよく朝の空気を吸うと、何かにお礼を言いたい気分だった。

 神か仏か分からないけど、今日はこの青空と伊藤に感謝しておこう。



 
「女将さん!仕事の繁忙期も関係なく来ちゃいました」
 お店の暖簾から、木原が顔を出した。

「あらぁ、百合ちゃん。そうそう、季節限定のさつまパフェが始まったよ」

 木原の後ろから背の高い男性が一緒に入って来た。
「あら、その人は・・・」 

 木原は笑顔で日下部を見た。
「はい、こちら彼の日下部さんです。早く女将に会わせたくて」

「あらぁ!」
 女将は驚き、大きく開いた口を両手で覆った。

「背が高いのね、良い男だよ」
「日下部です。いつも百合がお世話になっています」

「嫌だよ、座って座って。甘いの大丈夫?」

「甘いの大好きなんですよ、ね」
「はい、美味しいって聞いて楽しみにして来ました。店内の雰囲気も良いですね」
 

 日下部がメニューを見ている間、女将はこっそり木原に言った。

「百合ちゃん。前に進んだ勇気に、ご褒美が届いたね」

 木原は笑顔を見せ、小さな声で「はい、本当にありがとうございます」と感謝の思いを伝えた。
 
 
 
 
 
 
 変わらないお休みの日、部屋着姿にいつものジンジャーハイボールを用意。グラスにしたたる水滴が、キンキンに冷えている事を物語り、中の氷がカランと音を立てた。

 大好きな定番のチーズとサラミにナッツも出して。

 ああ、至福の時間が始まる。

「ところで、つぎに来る韓国ドラマですが」
「百合、それが新しいイベント情報があるんだよ」
「え、いつ?なんのイベント?」
「これこれ」

 日下部さんも部屋着姿で、ソファーに並んで座っている。
 彼は、前のテーブルにスマホを置いてイベント情報の画面を出した。


「・・・これは!参加しないと」 
「だろ?休みとれるように、調整しないとな」


「OK、まずは乾杯しよ。今日のお休みに、かんぱーい!」


 
 ああ、なんて楽しいんだろう!

 彼と飲むジンジャーハイボールは、今までのどんな時よりも一番美味しい。
 

 



 おしまい

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