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ジンジャーハイボールと彼 11 〜幽霊の正体見たり枯れ尾花〜

 職場の近くに、老舗の甘味処があった。
 今は寡黙な息子さんが経営しているようで、店にあまり出ることはなく母親なのか70代くらいのおばあさん女将が店に出ていた。
 ここに職場の人がくる様子を見たことがないので、入社してから長らく私の大事な憩いの場になっていた。
「女将、お店まだやってますか。久しぶりに来ちゃいました」
「あら、百合ちゃん。久しぶりだね。ああ、六月の繁忙期が終わったのかい」
 おばあちゃんは優しい笑顔で来店を喜んでくれた。
「うん、そうなの。七月もまだ暇じゃないんだけど。息抜きしなきゃと思って」
「そうか。食べていきな、いつものあんみつにするかい」
「うん」
 おばあちゃんはいつものように着物の上に割烹着姿だった。北海道にはあまりそのようなお店がないので、ここのお店の名物女将と言われていた。

「そうそう、女将なんて呼ばないでおばあちゃんで良いんだよ」
「おばあちゃん元気そうでよかった」
「元気だよ、でもさすがに七月に入ってからは暑いね。ああ、かき氷の方がよかったかな」
確かに、六月末は涼しかったが最近は暑い日が続くので室内と室外の温度差で体力が消耗されていた。
「かき氷もあとで頼むから大丈夫」
「あら、こんな時間に甘いものたくさん食べて良いのかい」
 二人で笑い合った。ここに来るとやっぱり癒される。
 
 
 
 
「日下部先生、今年は夜のキャンプファイヤーが復活しますね」
「ああ、保護者の声で危険だからって何年か禁止されてたからな。生徒会が復活させるのに頑張ったみたいだな」

 進学校と言われる我が校の生徒たちも、学校祭はいつもとは違い個性豊かにイベントを盛り上げていた。

「日下部先生、伊藤先生!一緒に写真撮って良いですか、クラスで作ったビビンバあげるから!」
「良いよ。日下部先生を笑わせてみてよ!笑顔でうつることが滅多にないから」
「伊藤先生、笑うから変なことを生徒に吹聴しないように」
 女生徒たち三人はエプロン姿にいつもより華やかな髪型をしていた。しっかり笑顔をつくり5人でカメラにおさまると、私の笑顔も生徒や伊藤から許可がおりたようだった。

「先生ありがとう!この画像、勉強に疲れたときに見て元気だす」
 楽しそうにそのままクラスの持ち場へもどって行った。

「じゃ、ビビンバ食べますか」
 中庭では、クラス対抗には含まれないイベントとして生徒達がものまねや一発芸をする姿が繰り広げられていた。
 その様子を中庭の踊り場に設置された椅子に座り、お昼をとりながら眺めていた。

「先生!なかなか見つからないから探したよ。バンド見に来てくれてありがとう」
 サッカー部で部長の志田がバンドメンバーとこちらへ向かって来た。
「日下部先生が来てくれるとは思わなかった」
「伊藤先生、盛り上げてくれてたね」
他のバンドメンバーも口々に嬉しそうに声をかけてきた。
「いや、サッカー部のメンバーを全員連れて行ったから、あいつらが盛り上げてくれたんだよ。俺はそれに乗っかっただけ」

「そうそう、みんな来てくれたから嬉しかった。照れくさかったけど」
 志田はサッカーをしているときとは違う笑顔を見せていた。

「志田、歌があんなにうまいなんて知らなかったよ」
「え、本当ですか。めちゃくちゃ嬉しいです。実は父が音楽関係の仕事をしてて、大学で教えたりもしてるんです」
「そうなのか、すごいな」
 音楽関係とは聞いていたが、想像していた以上の人のようだ。
 
 
 
 
「はぁ、美味しかった。今週の疲れが吹っ飛ぶ。女将、あんみつもかき氷も最高でした」
 そう言って頭をぺこりと下げた。
「いつでも疲れとりにおいで。ばあさんも百合ちゃんの若いパワーもらってるよ」
「うん」

 閉店時間も近い遅い時間のせいか、他のお客さんが来る気配はなかった。
「ところで、他の女性客からはよく恋愛相談を受けるけど、最近百合ちゃんは大丈夫かい」
 本当はその相談もしたかった。女将には、男運がない話は以前にも何度かしたことがあり、それ以来気にかけてくれているようだった。

「そうなんです。私は男運ないからな」
「あれぇ、またなんかあったかい。良い子だし美人さんだから、ダメな男には行かないでほしいよ」
「うん、ありがとう」
「百合ちゃん、誠実で嘘をつかない人が良いからね。見た目なんてそのうちみんな崩れるんだから」
「おばあちゃん、面白い」
 また二人で大笑いし合った。
「まぁ、どうしても好みっていうのはあるからある程度はあれだけどね」そう言って、温かいお茶をだしてくれた。

「今の時代、女の人が働いて稼いだって良いんだから。私も昔からずっと働いてるけど、いつ別れても良いようにね。なんてね」
そう言ってまた大笑いしている。
「私の時代と百合ちゃんの時代は違うからなんの参考にもならないけど。お見合いだったんだよ」
 女将は椅子にこしかけ、遠い目でそう言った。


「ただね、二人とも百恵ちゃんが好きでね盛り上がっちゃって、一緒にいて楽しかったんだよね。それにやっぱり誠実だった」
「ええ、そうなんですね」
「そうよ。ここの店でずっと一緒に働いたの。別れるなんて言ったけど、もう癌で亡くなってるのよ。五年前にね」
「そうだったんですか」

 お茶はクーラーで少し寒さを感じはじめた体に染み渡った。
「百合ちゃんに色々あったことは知ってるから。ただね、いまのゆりちゃんは“幽霊の正体見たり枯れ尾花”だよ」
「え?」
「疑いが強すぎて、なんでもないものまで恐ろしいものに見えてるってこと。前に進めなさ過ぎでないの」
 まさに、思っていたことを突かれた気分だった。
「はい、それは自分でも気づいてました」

 女将は座っていた椅子から立ち上がり、膝をポンっと叩いて。
「おもしろきこともなき世をおもしろくってね。楽しんでいけばいいじゃない。また変なカンが働いたのなら、すぐに方向を変えて新しい人を探せば良い」

 その勢いに私の心も動いた気がした。
「そうですね。はい!前に進みます」
 

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