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戦闘服からヘッドセットへ 19 ~らしくない彼女~




 そこは、すすきのにあるBarの中でも、海外観光客が集まり通行人に丸見え、という開放的な店ではなく、ビルの奥の奥にある隠れ家のようなところだった。
 相手の見た目は年齢より若く見えたが、4歳年上なので頼りになりそうだと感じていた。それに、年上男性なのに笑顔が可愛らしく、爽やかさと色気のある雰囲気もどストライクだった。

「最初会った時、瑠美ちゃんかなり警戒してなかった?」
「え?そうですか?というか、今でも警戒してますよ」
 風見悠馬は、瑠美の担当するフロアとは反対側でまったく別の部署として、スマホではなくPCの案内をしていた。
「え、今でも警戒してるの?」
 そう言って、悠馬は笑いながらナッツを口にした。

「私、こう見えて警戒心強めだよ。でも、この見た目だから、チャラいと思われやすい。ぜんぜんそんな事ないし、もうアラサーだし」
「そうなんだ。でも確かに、まだご飯に行くの2回目だけど、一緒にいて感じるかも、見た目とのギャップというか。それとアラサーってまだ20代でしょ(笑)」
「いやいや。まぁ、今の警戒してるは冗談ね!」
 瑠美はそう言って楽しそうに笑った。

 先月、Dsarの全体周知となる研修があり、あらゆる部署のオペレーターが参加となった。一斉に集まる事は仕事上、不可能なため各部署から決められた人数が集い、数回に分けて実施された。
「2回の研修で、2回とも隣の席になるって珍しいよね。研修日程も時間設定もたくさんあったのに」
 その悠馬のセリフは、前回と今回の食事で何度聞いただろうか。

「何かに引き寄せられたのかな?」
「いや、それもう3回くらい聞いたよ」
 瑠美は苦手なタイプの雰囲気をした男性が、隣に座られる事が苦手だった。そのため、最初の研修で隣の席に書かれた「NT部署 風見」がどんな人なのか不安な思いで待っていた。悠馬が席に座って挨拶をしてきた時、ホッとし、苦痛な時間にはならなさそうだ、と安堵したのを覚えている。
 2回目に隣になった時には、別部署で何も分からないけれど、仲良くなっても良いかもしれないと感じた。
『あ、この前も隣でしたよね?前回は挨拶しか出来てなかったね。風見悠馬です』
『あ、はい。高橋瑠美です』
 研修中も研修担当の話す内容を解らなさそうにしていると、悠馬は簡単に説明をしてくれ、休憩時間には最近あった出来事を話してくれた。 

 悠馬は、いつの間にかバーテンに3杯目を頼んでいた。
「いやぁ、瑠美ちゃんは一緒にいると楽しいね。それに、俺の部署で可愛いって言われてたよ」
 そんな事を言われる事が滅多にない瑠美は、動揺した。
「え、本当に?嘘じゃなく?そっちのエリアは清楚系の可愛い女子がたくさんいるイメージ。私は派手なタイプにしか好かれないから」
「うちのエリア?いやいや、瑠美ちゃんは前から可愛いって聞いた事あったよ。隣に座った時もあの噂の子かなって思ったし」
「ええ?!マジ?」

 お酒や時間の関係もあってか、いつもは警戒心も強く煽てに乗らない瑠美が心なしか軽くなっていた。

 4月中旬も過ぎたとは言え、外に出ると夜はまだまだ肌寒かった。
「今日は本当にありがとう。また飲もうね」
 悠馬はそう言うと、地下鉄すすきの駅に向かって歩いて行った。

 悠馬が見えなくなると、瑠美はタクシーを拾った。
 友人たちの中には男性に痛い目や怖い目にあった子がいたが、警戒心の強い瑠美は滅多にそのような目に合う事はなかった。

 風見さんか、しっかりしてる感じする。私もそろそろ恋愛したいしなぁ。


「へぇ、なんか瑠美らしくないんじゃない?」
「え?どういう意味?」
 友人の上原悠里はお酒を作りつつ、冷蔵庫から保存していた酒のつまみを出し、瑠美の前に置いた。小・中・高校時代と共に過ごし、信頼している悠里の家には、すすきので飲んだ夜に宿泊する事がよくあり、この日もタクシーで訪れ、過ごしていた。
 すすきのは土地も高く、家賃も他と比べて高めな事で有名なエリアだった。悠里が1LDK新築の賃貸に住めているのは、親から譲り受けた夜の店が順調にいっているからで。
 彼女の兄が社長をし、彼女は副社長として華やかなドレスに身を包んでお店に立つ、働く若い子達からも姉のように慕われていた。
 

「いや、だってさ。慎重派の瑠美はしっかり身辺のリサーチしてからデートするじゃない。いつもなら情報のない男と飲みに行ったりしないでしょ」
「それを言わないで!私も、いつもとやってる事ちがくない?って思ってたから」

 ダイニングテーブルの上には、カクテルやグラスに入れたビール、軽いつまみがたくさん並べられ、2人は部屋着姿で語り合った。
「まぁね。元カレの結婚・・・が効き過ぎた?」

 瑠美の心に深く刺さっていた槍が、さらに奥へめり込んだ感覚がした。
 瑠美は親友を睨みつけた。

「痛いところ突き過ぎ!現実を、まだ受けとめられてないんだよ」
「やっぱりか、この前その話になってから変だもんね」
 元カレは、3年間付き合い、1年ほど前に別れていた。彼は薬剤師で、友人の飲み会という名の合コンで知り合った。

「まぁ、元カレはビジュ良かったよね。仕事もしっかりしてたし。当時は付き合うとは思わなかったけど」
 初めは異性として見ていない空気がお互いに漂っていた。
 確かに、見た目は瑠美が好みの可愛い系だったが、性格も育って来た環境も違うように感じていた。

 住んでいる家の最寄り駅が同じで、駅近くの好きな居酒屋も同じ。
 夏は必ずRISING SUN ROCK FESTIVALに参加している、という事を知り意気投合した。

 いつの日か友人を含めて頻繁に遊ぶようになっていた。


「なんか、長く続いてるね。すぐに別れるかも、と思ったけど」
「私も思った。楽しいし性格も合うから、これからも一緒にいそうだよね」
 付き合ってからは、お互いにそう言い合っていた。


 すすきのの歩道に、よくいる占い師から声をかけられ、酔った勢いで友人と立ち止った。
「うーん、結婚線がまだ先だね。今の人じゃないかなぁ。その次だと・・・」
 嘘くさい占い師だなぁ。酔った勢いで聞いただけの占い師の言う事は、頭に何も残らなかった。


 どこでどうしてそうなったのか、お互いに気持ちが離れていった。

 別れてから、後悔の涙を流す日々を送る事になったのは私の方だった。3年も同じ時間を過ごしたのだから、復活する可能性はある、と信じて待っても何も起こらなかった。
 数ヶ月後、相手に新しい彼女が出来たと噂を聞いた時は、半信半疑で現実とは思えなかった。

 2人で一緒によく行っていた飲み屋には、行けなくなっていたのに。その日、なぜ行ってしまったのか。
 現実を目の当たりにしても、まだ可能性を疑わなかった。

 新しい出会いを求めるのも空しい。相手はまだ結婚していないのだから、可能性はゼロではないと信じていた。


 ビールの入ったグラスを軽く握りながら、テーブルにうつ伏せになった瑠美の姿を見て、悠里は優しく頭を撫でた。

「悠里、もう可能性はゼロになったよ」

「・・・そんな事、言ってどうすんの。運命の男じゃないってわかったんだから、もっと良い男に合うチャンスだろ」
「それ、いっつも私が悠里に言うやつ・・・」
「そうだよ。だから、今のあんたに言っても、何も効果がないのはわかってる」

 瑠美は顔を上げて、再びビールを口にした。

「言われて初めて気づくね。すごく大事な人だから言ってるのに、マジで響かないって」
「でしょ?言ってみて初めて知ったわ。冷静になって、やっと聞ける言葉なんだって」
 二人は軽く笑い合った。

 瑠美は椅子の上に体育座りし、膝小僧の上に顔を乗せた。
「急いで新しい恋をしようとしてるかな?」
「わかんないけど、私にはそう見えるかな」


 翌日は、晴天だった。
 上杉は遅シフトの日に、早シフトと勘違いして出勤していた。いつまでも気づく事なく、駅から職場へ向かう歩道でスマホを確認した。

「うおぉ!マジかよ」
信号待ちをしている時、何気なくスケジュールアプリを開きやっと気がついた。
「何回見ても、遅だよな・・・」

 信号が青になっても茫然としていたが、自分の中にある切り替えスイッチが動く音がした。
「とりあえず、煙を注入するか」

 煙草を吸い終わると、仕事の開始まで残りあと2時間だと分かり、大通り公園のベンチに座ってゆっくりする事にした。

 見渡すと、桜の木が満開になっている。
 ベンチから見えるビルのル・トロワには、1階にパン屋が入っており、あとでパンとコーヒーを買って食事でもしようと考えながら朝日を浴び、空を見上げた。

「やつぱり、虎じゃん!なんでここにいるの?」
 髪の色と服が派手な、見た事のない顔をした女性だった。
「お前、瑠美か?」
 ほぼすっぴんで隠す様子もなく、嬉しそうに近寄り、虎の隣に座った。ファンデーションに眉毛は整えていたが、目の周りが騒がしくなく、いつもより幼く見えた。

「すすきのに、めっちゃ良いマンション住んでる女友達がいて。昨日、遊んだ帰りに泊まらせてもらったんだ。遅だし、大通り公園でまったりしてから行こうと思って」
「おう、俺も同じようなもんだ」
 出勤時間を勘違いした事は、隠す事にした。

「満開の桜だよぉ。みんなでお花見に行きたいね」
「おう、それ良いな」
「綺麗だなぁ」
「本当だな。そう言えばお前、熊さんに隣のフロアの風見だかって奴が、良い人かどうか知りたいって言ってたな?」
「え?なんで知ってんの?」
「いやいや、そこに俺もいただろう。話に夢中過ぎて気づかなかったのか?」
「そうだったけ?」
「おいっ!まぁいい。その男が気になるんだろ。フロアが同じじゃないと、俺らじゃ情報は入らないと思うぞ。あっちのフロアに知り合いとかいないのか?」
「いないんだよねぇ」
「そうだよな。まぁ、ちらっと見たけど確かに格好良いよな、男から見ても」
「あ、本当?そう思う?でも見た目の良さだけじゃね、惚れないよね」

 瑠美が男を見定めるのに厳しい事は、一緒いにいて知っていた。
「良い奴かどうか、出来る限りリサーチしてやるよ。ASVとかだと何か知ってそうだし」
「虎、良い奴!そっちも何かあったら協力するよ」
「おう、頼むよ。とりあえず、可愛い子3人くらいアテンド頼むな」
「おい!そういう事じゃねー」
「はは、桜を見ながら公園で言う事じゃないよな」


 その日、チームのメンバーの大体が遅シフトだったようで、食堂にいつものメンバーが集まるのも久しぶりだった。
 皆、少し嬉しそうな雰囲気が漂っていた。
「遅だとさ、午後2時にお昼とか多いよな」 
  新藤がそう言うと、向かいに座る横尾は、確かにと声にした。
 上杉は、C定食を口にしながら、苦い顔をして言った。
「4時も普通にあるからな」
 三平は蕎麦を手にし、上杉らの側へやって来た。
「今日はチームメンバーけっこう揃ってるね。嬉しいな、あっ瑠美ちゃんも久しぶりな感じする」
「え、そう?この後、莉理ちゃんも来るって言ってたよ。あっ、私、売店でお菓子買ってくるわ」

 瑠美は、横目に悠馬が隣の売店へ向かう姿が見えたので、急いでそちらへ向かった。

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