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ジンジャーハイボールと彼 20 〜最終話①〜

 

 小樽市の小樽協会病院は海の近くにあった。最寄りの南小樽駅は、駅舎が古く趣のある雰囲気を醸していた。

 そこから歩いてすぐだったので、道を間違えることなく見つけることが出来た。
 お見舞いの花は、長い入院ではないと聞いたので小さなサイズのものを用意していた。
 
「女将さん、来ちゃいました」
「あら!百合ちゃん、本当に来てくれたのかい」
「はい、息子さんからお店で聞いてから、行かなきゃと思って」
 
 いつもの甘味処の女将さんが入院したのは、つい先日のことだった。

「座ってちょうだい」
「ありがとうございます。息子さんから熱中症で倒れたって聞きました」
 椅子に座るとすぐに今回の状況について聞いた。
「そうなの。余市に親友がいてね、その親友が主催するパークゴルフの大会があって。毎年出ていたから今年も出たのよ」

「よくパークゴルフが趣味って言ってましたもんね」

 女将はいつもの着物に割烹着姿ではないためか、なんだか違う人に見えた。

「そうそう、ここ最近は涼しいし余市は札幌より涼しいと思って暑さにそこまで注意していなかったの。いつも被る帽子より簡素なものにして。飲み物も、もう9月だしと思って夏ほど飲まずに動いちゃったのよ。それがその日はいきなり気温が上がってね、頭痛と吐き気もして倒れちゃって」

「そうだったんですね」
「でもね、そこに元お医者さんの方が参加していらして。すぐに診てくれて、知り合いのいる病院だからってここに連れて来てくれたの」

「それは運が良かったですね!」
「そうなのよ。あ、そうそう娘夫婦が置いて行ったジュースがあるから飲んでちょうだい」
 そう言って女将はベットの横にある棚からボトルドリンクを取り出した。

 見た目はいつもと違うが、活発なところは変わらず健在だった。
「すいません、ありがとうございます。あっ、これお見舞いのお花です」

「あら、可愛い!ありがとう。こんな遠くの病院まで来てくれるだけで嬉しいのに、気まで使わせてしまったね」 
「いいえ、大好きな女将が倒れたって聞いて、居ても立ってもいられなくて。でも、お元気そうで良かったです。それに、逆になんだか私が元気をもらいました。女将は側にいるだけでパワーをくれますね」

 女将は笑顔で答えた。
「あら、嬉しい。本当はね、もう退院して良いのよ。娘や息子たちが心配しすぎで、帰ったらどうせすぐに店に立つつもりでしょって。まぁそのつもりなんだけど」
 そう言っていつものように笑った。

「大事にされているんですね。息子さんから明日には退院と聞いていたんですけど、丁度お休みだったので待てませんでした」
「あら、意外と行動派だったのね」

「実は私、お婆ちゃん子だったんです。もう亡くなってしまったんですが。女将さんといると、祖母が生きていたらこんな風に話が出来たのかなって思うんです」

 女将は木原の気持ちを汲むように頷いた。
「あ、しんみりしちゃいましたね。ごめんなさい」

 女将は優しく首を左右に振り、思い出したかのように顔を上げた。
「それはそうと、この前お友達が言っていた良い人はどう?ライバルが凄いとか言っていたけど」

 急な質問に木原は戸惑いつつ、答えた。
「正直、結構悩んでます。・・・なんて言うか自分はどう思われているのか不明で。私たち共通の趣味があって、それで連絡を頻繁に取り合っていて。もう数か月仲良くしているんですが、二人で会う時もすごく楽しくて。二人で会ったのは三回くらいだったかな」

 一回目はお互いに正体不明な頃に出会った推し活、二回目は正体が判明した映画、三回目はスマホケースの受け渡し。
 考えると最初の2回は会うというより、たまたま出会っただけで、カウントするのはおかしいだろうか。
 
 昨晩も一人で考えていた。
 
 いつまでたっても推しの話が中心で何も進展していない、たまにお互いの仕事の話をするくらい。自惚れて言うとむしろ良い感じの関係な気がする、気のせいかな。

 長年、彼氏もいないし、デートした人は悉く『遊んでる人でした』の落ちで付き合っていないからな。

 寝られず、気づくとスマホで検索をしていた。

『良い感じなのに友達のまま 男性の本音』と。ネットの情報なんて、鵜呑みにはしないけど。もしかしたら参考になるかも知れない。

 内容を見て発狂した。

1、タイプじゃない 
くっ!・・・鈍器で頭を打たれた気分だ。そういえば、好みなんて聞いたことない。確かに、女としては好かれていないのかも。

2、キープされている
そういうこと?!そうなの?

3,まだ遊びたい
 いや、そんな人じゃない!・・・はず。
 
 ・・・ダメだ。これでは妄想で嫌いになってしまう。
 
 
 そんな矢先のため、女将からの質問はあまりにもタイミングが良かった。
 

 木原は二人で会った経緯やその時の内容、香澄たちとの四人での交流についても事細かく説明した。


「それで、具体的にどう悩んでいるの?」

「悩むというか、考え過ぎて正直諦めた方が楽なんじゃないかって・・・。友達という関係以上に全くならなから。やっぱり、なんとも思われていないのかなって。その良い感じの女性もどうなっているのか不明で、上手くいっているとしたら私と連絡取らないんじゃないかなとか」

 女将は木原の不安そうな表情に真っすぐ目を向けた。

「百合ちゃん、そのモヤモヤした感情は勇気を出さないと消えないんじゃない?」
「え、勇気ですか?」

 心に何かが刺さったように感じた。頭には浮かんでいたけれど、気づかない振りをしてきた、または自分から動かなくても上手くいかないだろうかと淡い期待をしていたから。


「その3回はデートではないようだから、そんなに焦らなくて良いと思う。だけどはっきりとしない日々が苦しいのだとしたら。もう、当人に聞かないと誰にも分からないわよ」
 そう言って笑っていた。

「でも、百合ちゃん変わったわね。前に“幽霊の正体見たり枯れ尾花”って言ったじゃない?あの頃からしたら、すごく前に進んでる。相手を信じたいって想いが伝わる」
 言われてみたら、そうかも知れない。信じたいというか、この人なら信じて良いかも知れないと思っている。

「お婆さんからしたら、どうか変な男には引っかからないでほしい、幸せでいてほしい、それだけだよ。変な人の時は百合ちゃんの第六感が働くでしょ」
 二人は目を合わせて笑った。
「そうでした」

「傷つくのは怖いわよね。想いが大きくなればなるほどにね。でも、若いんだものそれも良い経験よ」 

 女将の言葉が心に響く。木原の目はキラキラという音がたちそうなほど、輝き始めた。
「はい、ありがとうございます」
 

 夕飯の時間が近くなったので、お暇することとなった。
「女将、どうかご自愛ください。またお店にも行きますね」
「ありがとう。百合ちゃん、出来るよ大丈夫!良い結果がわかったら教えてね。泣く日が来たらいつでもおいで」

 お辞儀をし、名残惜しそうに小さく手を振った。 


 駅までの道すがら、海の香りが通り過ぎる。
 お見舞いに行ったのに、なんだか自分が元気と勇気をもらってしまった。

 女将は凄いな、チラっと見えたけど私が渡した以外にもたくさんのお花やお見舞いの菓子が置かれていた。

 なんだか、わかる気がする。
 私が入院したら、どれだけの人が来てくれるだろうか。昨日まで、自分の事でいっぱいいっぱいだった事を思い出すと恥ずかしい。


 自分の事くらい、自分できちんと解決したい。

 日下部さんの気持ちや想いを知って、先に進もう。
 駄目で元々だ。

 
 電話がかかってきた、噂をすれば日下部さんだった。
 「ええ!」

 焦ってすぐに出られず、切れてしまった。
「あー。やっちゃった」
 
 すると、LINEが届いた。

“すいません!仕事でしたか?実は今晩、ハンヘギョがインスタライブをやるみたいで。急いで知らせようと思って電話しちゃいました。すいません!”

「ええ!そうなんだ。絶対見なきゃ。今日は金曜か予定はないな」
 
 木原は休みの日のスケジュールを細かく頭に入れないタイプだった。スケジュールアプリで予定の確認をしていると再びLINEが届いた。

“これから家に帰るので。また詳しく連絡します”

“情報ありがとうございます!すごい楽しみですね。ところで、家に着いたあとは忙しいですか”

“いいえ、インスタライブに向けて心を整えるくらいかな w”

“電話しても良いですか”
 車に乗ったのか、すぐには返事がなかった。

 
 焦らない、返事が遅くても焦らない。
 そう自分に言いきかせ、JRに乗り札幌へ向かった。

 その後、返事がありインスタライブが午後9時からなのでその前の7時に繋がることとなった。
 
 
 家に着き、約束の時間まで時間があるので駅前で購入したサンドイッチを食べながら何を話すか考えていた。

『そう言えば、好きなタイプはやっぱりハンヘギョですか?他にはどんな女性が好きですか?』
 いや、本当に聞きたい事から少し遠い。

『アナウンサーさんとはいつから付き合っているんですか』
 これが良い!
 付き合っているか否かも、それか他に付き合っている人がいるかもわかる。

 意を決して電話することにした。

 耳から直接聞くと緊張が強くなるので、スピーカーにすることにした。
「あ、木原さん。お疲れ様」
「お疲れ様です。情報ありがとうございました!知らなかったんで、凄くありがたいです」

「あ、やっぱり。急にだよね、彼女は少し日本語が話せるから“日本語で話して”ってコメントしたらきっと話してくれるよ」

「確かに!凄い楽しみです」
 話しているうちに緊張が少しずつほぐれてきた。
「そういえば、いるんですか?日下部さんは」
「え?いる?何が」

 まずい、予定とはぜんぜん違う質問を言ってしまった。しかも唐突に、どうしよう、どうしよう。
「え、あの、彼女とか」
「・・・彼女?」
 胸が痛い、質問返しが辛い。

「あ!知ってます。あのアナウンサーの方ですよね」
「ああ、長瀬さんのこと?」
 まだ長瀬さんって敬語で呼んでる。
「あ、はい」

「ああ・・・。よく覚えてたね」
 日下部は、憧れて好きだった相手を忘れていたことに気づいた。

 そして、木原は日下部の声のトーンが下がった事に動揺した。

「なんでそんな事聞くの?」
 やばい、怒ってる。
「えっ、あのう・・・」
 気の利いた嘘が出てこない、泣きそう。

「・・・ごめんなさい。変なこと聞いてごめんなさい」

 沈黙が続いていた、木原は次の言葉を声に出来ず困惑していた。
 
「え?!木原さん?もしかして、泣いてる?」
 
 昨晩、あまり寝られなかったからか、または女将に勇気をもらって気持ちが高揚していたのかも知れない。

「泣いていないと思います」

「・・・泣いてるでしょ。嘘つかなくて良いよ。ごめん、怒ってないよ。俺の言い方が悪いんだと思う。よく生徒からも怒ってないのに怖いって言われるから」
「え、生徒さんから?」
 いきなり優しい口調で言うので、笑えてしまった。それに、なんだか分かる気がすると思えて。

「ふふ、笑うところじゃないけどね。俺、電話だと怖いだろうし、泣かせちゃうのかも。今度、会ってゆっくり話をしようか」

 今度、待てる気がしない。振られるにしてももう早めにしてしまいたい。

「私、今日は一日お休みで空いてます」
「おお、今日か・・・」
 再び沈黙が続いた。

 日下部は車の鍵を手にして言った。
「そっちに行くよ、大丈夫?」

「あ、え、今からですか?」
「うん」
「良いんですか?」

「住所をLINEに送っておいて、家には入らないから安心して」
「わかりました」
 そう言うとすぐに電話は切れた。

 とんでもない展開になってしまった。急いで部屋を綺麗にしないと。
いや、車の中で話をするみたいだから、まず化粧を直そう。

 
 木原は推しのインスタライブの事を忘れるほど、もうそれほど大事なものではなくなっていた



〜最終話②に続く〜

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