クルミとミルク　第979話・9.30

「くるみとみるくって、回文だよね」今はそんなに時間がないのに、俺はまた、くだらないことが頭をよぎる。今日は9月30日で月末であるが、それ以上の末日という意味があった。
俺の会社は月末、それも9月が年の締めという業界にいる。だから世間よりも3か月も早い10月が、新しい年度のようなもの。
　みんな今日は残業覚悟で午前中から慌ただしく、いつもなら必ず外食をする課長もなぜか今日だけは昼休みでも外出は良くないと思ったのか、宅配ピザを注文している。なのに、何、馬鹿げたことを考えたのだろうか？

　ちなみに俺の職場は緩い側面があり、なぜかBGMが流れている。ニッポン放送（HAPPY FM 93）が流れていた。いつもならラジオを聴きながらマイペースで仕事をしているが、今日は違う。「世界翻訳の邪魔だ。やっぱラジオ止めよう！」誰かがやや怒号のような声で叫んだ。
　女性のスタッフが立ち上がってラジオを止める。「いつもとは違って緊迫している」俺もそう思ったが、どうも仕事に集中できない。

「クレーンゲームをしているときのあの集中が欲しいなあ」俺はパソコン越しにみんな真剣な表情をしているのを横目で見ながら、自分だけが取り残されているような気がした。でも何もせずにボーとしているわけにもいかないから、何かやっているふりでもしなければと、キーボードをたたく。「交通事故死ゼロを目指すか」
　適当にネットをさまよっていたら出てきたページ。交通事故死といえば、学生時代の友達を思い出した。友達の両親が交通事故に遭ってしまったのだ。それは被害者ではなく加害者だったそうで、友達の父親を運転する車で人身事故を起こしてしまった。それからいろいろと大変だったそう。死亡してしまった人の奥様との交渉ごとで、母親が本当につらそうにしていたことをいつも語っていた。

「高校から別々になったけど、元気しているかなあ」俺はふと思い出す。ここで時計を見る。もう午後3時を回っていた。ここにきて俺はさすがに焦る。「定時帰りは諦めているが、さて、いつ帰れるのか？」俺はようやく本気を出す。

　こうして定時が終わり残業時間に突入した。最初の1時間はほぼ全員いたが、やがてひとり、またひとりと「お先です」の掛け声と同時に帰って行く。それがあっという間に数人程度まで減る。ちなみに俺はあまりにもスタートが出遅れたから、まだ当分帰れそうにない。

「悪いが俺も先に帰る。無理するなよ」と、課長も席を立ちあがった。
　その後1時間が経過。残っているのは俺とあとふたり。だがそのふたりもそろそろ終わろうとしていた。「まだ時間かかります？」俺に話しかける同僚。
「ああ、あと30分かな」というと。「それなら待ちますよ」という。「いや、いいよ、先に帰って」と俺は気を使うなとばかりにそいつに言うと、
「そうですか、わかりました。本当は今日あのことを相談したかったのですが......」
「あのこと？」俺は何のことかわからなかったが、同僚は一言「区民の話ですよ。ではまた明日相談します」「クミン？」俺は一瞬クミンというから、カレーとかに使うスパイスのことが頭に浮かんだ。だが同僚は区民についての事だったらしい。

　それから40分が経過。ようやく俺の仕事は終わった。気が付いたら誰もいない。「やっぱりな。今日は覚悟していたんだ」最終者の戸締りについては知っているし、過去に経験が何度もあるから問題ない。
　俺自身の帰る準備を終えると、オフィス最終者としての戸締りを行った。「さて、帰ろうか？」と思ったら、課長のテーブルに何かメモがある。俺はそれを見てはいけないと思いつつも、誰もいないこともあり、気になり始めた。「この課のスタッフの成績とかだったら嫌だな」とも思ったが、気になると、チラリと見たくて仕方がない。

　俺は軽く深呼吸をしてからメモを見た。見たとき俺は軽いショックを受ける。それは俺が心配していた成績とは全く無関係。今年の紅葉の見頃を予想している紙。

「うん、これって、まさか賭けてるの？」さらに見ると、この予想とは単なる予想ではなく、賭け事だったのだ。具体的な日付までを予想し、見事に当てたものが総取りのようだ。
「課長、何やっているんですか？」と思ったが、俺はさらに次の文字を見て思わず目が見開いた。一応警戒しているのかニックネームを書いている。その中に「クルミッ子」というのがあり、そこだけ強調するように印が付いていた。
「まさか、この『くるみ』って、課長？」そう思った瞬間、笑いがこみ上げる。

「ハッハアアア、クルミの子ね。クルミは逆さに呼んでミルク。これから課長のことミルクって呼ぼうかな」と、つぶやきながらメモを元に戻し、帰路に向かうのだった。

※こちらの９月３０日の記念日を入れて作ってみました。

くるみの日
ニッポン放送 HAPPY FM 93
紅葉の見頃予想発表日
両親の日
クレーンの日
奥様の日
交通事故死ゼロを目指す日
世界翻訳の日
宅配ピザの日
クルミッ子の日
クミンの日

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シリーズ　日々掌編短編小説　979/1000

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