教員という職業に感じていた違和感の正体
私は社会派ブロガーの「ちきりん」さんのVoicyが好きでよく聴いているのですが、今日はそれを聴いていたら
と思うことがあったので、それについて書いてみようと思います。
先日「あたしが自民党に投票しない理由」という放送の中で、ちきりんさんは自民党保守派の人たちについて話されていたんですね。
(月額330円のプレミアム放送です)
その放送の中で「保守派」について、大きく2つ定義されていました。
「保守」ってこういう考え方
1つ目は、今までの世の中が、これからもずっと変わらず続けていくことをよしとしている。ということ。
2つめは、個人の幸せよりも、組織の方が尊ばれること。
家族にしても会社にしても、小さな集団の1人として粛々と役目を果たすことを良しとする、という考え方です。
これ2つとも、本当に学校の先生の世界そのものだな…と思ったんです。
学校の先生の世界
まず、前例が無いものは基本的にダメ。
以前から続けてきたことを続ける文化が根強く、しかも簡単に辞めることもできない。
そして
と、自分や自分の家族よりも教員としての役目を果たすことを良しとする文化も根強いです。
時間外労働(今は問題視されているけれど…)も、未だにやればやるだけ
と喜ばれるのも、個人より学校、ひいては「こどもたちのため」という組織の力が尊ばれているからこそ、そういう考えになるんですよね。
もちろんそれは、素晴らしいことだと思います。
世の中の倫理とかモラルとしても、正しいことだと思う。
でも私個人としては、本当にそれで良いんだろうか…?
上手く言語化ができないというか、言語化してしまうと世の中の正しいとされることにバツをつけるみたいで後味悪くて、もやもやしていたんですよね。
私が保守に対して思うこと
でも、この「保守」という概念から考えると、私は見事にこの2つの考え方については反対の考え方だったんです。
前例がないからダメとか、個人よりも組織が大事とか、正直なんで???としか思えない。
新人の頃から「なんだこれ?」とめちゃくちゃ違和感を感じつつも
と飲み込んでいた部分だったんですね。
(学校の先生に限らず、どこの企業でもそうなのかもしれませんが…)
保健室の先生として過ごした日々は楽しかったし、生徒と向き合う時間も、先生たちと話すのも、毎日次から次へと何かしら事件があって。
なんというか、とても面白かった。
でも、教員の世界独特の空気は「なんか嫌」で「なんか違う」って思っていて。その正体はきっと、根底にある保守的な考え方だったんだなぁと、今更ながら腑に落ちてしまったのでした。
もちろん「違うことをやってみよう」っていう先生は、私の他にもたくさんいらっしゃいました。
でも教員って
国が決めた「学習指導要領」という学習内容を、日本全国どの地域でもきちんと授業を通して、こどもたちに伝えることができる、
という人が採用試験を経て選ばれているので、そういった
組織的に決められたことがきちんとできる人
の集まりなんですよね。
だから、自分の都合とか目先の幸せよりも、組織の利益とか集団の幸せを考えられる人が多いのも、分かる。
(私だってそう言われたら、すみません、そうですよね…って思う。)
でも、もしかしたら若手の教員離れが多いのも、この保守的な思想に上手く自分がマッチングできなかったから…っていうのもあるのかもしれません。
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