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【台本】解体心緒

《作》 U木野

あらすじ

工事現場での人々

登場人物

柴田穂香(しばた・ほのか)
解体作業員さん。女性。26歳。

葛西巌(かさい・いわお)
解体工事の現場監督さん。52歳。

協力

レイク様

本文

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――午前8時30分
――とある空家の前

柴田穂香
「今日取り壊す空家あきやってここっすか?」

葛西厳
おう。そこだ。だが念のため、中に入って確認すんぞ。尾形おがた大和やまとは3階。俺と中谷なかたには2階。柴田しばた山口やまぐちは1階だ。確認が終わり次第ここ。家の前に戻ってくるように」

柴田穂香
「ういっすー」

柴田穂香
 葛西かさいさんに指示された通り、山口さんと手分けして1階を見て周る。1階は団欒だんらんスペースのLDKと3つの部屋が隣接しているタイプのようだ。

柴田穂香
「あーしが、この3部屋確認するんで、山口さんはそれ以外、トイレとか洗面所とか確認する感じでお願いさあっす」

柴田穂香
 ドアを開けて1つ目の部屋を確認。誰もいないし、何もない。綺麗に片付けられている。しかし、もし何か見落としがあってはいけないと、念入りに確認。やはり異常なし。
 2つ目の部屋も同様。異常なし。
 しかし、3つ目。玄関から見て、最も奥にある部屋は違った。
 穴だ。
 直径2メートルほどの穴が、扉の正面。部屋の奥の左隅に空いていた。
 注意をしながらも恐る恐る近づき、のぞきこむと、穴には梯子はしごがかかっている。相当な深さがあるようで、底は見えない。
 あーしは穴から目をらすことなく、大声で山口さんを呼んだ。

葛西厳
「どうした」

柴田穂香
 あーしの声に応えたのは、山口さんではなく、2階の確認をしていたはずの葛西さんだった。
 彼はいつの間にかあーしの後ろに立っていた。

柴田穂香
「葛西さん? 山口さんは?」

葛西厳
「山口ならすでに外だぞ。つーか、みんなもう確認を終えて、あとはお前だけだ」

柴田穂香
「みんな確認早すぎませんか?」

葛西厳
「お前がかかりすぎてんの。で、どうした?」

柴田穂香
「どうしたも何も、見りゃ判るっしょ。この穴」

葛西厳
「うわ、なんじゃこりゃ」

柴田穂香
「こんな穴があるなんて事前に聞いてました?」

葛西厳
「聞いてたらこんな反応しねえだろ。……どうすっかな」

柴田穂香
「どうって……今日は一旦中止するかってことっすか?」

葛西厳
「んにゃ、解体はする。じゃなくて、確認」

柴田穂香
「確認?」

葛西厳
「穴の中の確認」

柴田穂香
「え? ここも確認するんすか?」

葛西厳
「そりゃあそうだろ。人がいるかもしれねえんだから。さいわい梯子もついてるし、いけんだろ」

柴田穂香
「そっか……じゃあ、よろしくお願いさぁっす」

葛西厳
「いや、お前……俺大先輩だぞ。こういうときは後輩が率先そっせんしていくもんじゃねえのか? つーかいけよ」

柴田穂香
令和れいわ

葛西厳
「元号で圧かけてくんな。――ん?」

柴田穂香
「どうしたんすか?」

葛西厳
「なんか、声聞こえねえか?」

柴田穂香
「声?」

葛西厳
「この穴ん中から」

柴田穂香
「? とくに聞こえないっすよ」

葛西厳
「いや、聞こえる。これ、中に人いるぞ」

柴田穂香
「そうっすか? じゃあ……よろしくお願いさぁっす!」

葛西厳
「いや、だからお前がいけよ」

柴田穂香
「普通こういうの女にやらせます?」

葛西厳
「令和」

柴田穂香
「元号をたてにとらないでください」

葛西厳
「実はよ、情けねえことに最近ひざが悪くてよ、あんまりこういう梯子の上り下りみたいなことはしたくねえんだ」

柴田穂香
「んなこと言ったらあーしだって、疲れそうなんでやりたくないっすよ」

葛西厳
「いや、条件同じみたいな言い方してっけど――」

柴田穂香
「そうっすね。メンタルダメージ的に完全にあーしに分がありますね。というわけで、よろしくお願いさぁっす!」

葛西厳
「……お前の親の顔が見てみたいわ」

柴田穂香
「あーしもっす」

葛西厳
「あ?」

柴田穂香
「赤ん坊の頃に捨てられて、18まで養護施設で育ったんで」

葛西厳
「……なんか、ごめん」

柴田穂香
「いいっすよ。つーわけで、よろしくお願いさぁっす」

葛西厳
「判ったよ。俺が見てくっから、何かあったら呼ぶんで、ここで待ってろよ」

柴田穂香
「うぃっすー」

――葛西。梯子を使って、穴を下りていく。
――葛西が降りて数秒後。

葛西厳
「柴田ー」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「聞こえるかー」

柴田穂香
「聞こえますよー」

葛西厳
「ちょっと来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「柴田ー?」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「ちょっと来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「柴田ー?」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「聞こえてるよなー」

柴田穂香
「聞こえてまーす」

葛西厳
「来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「柴田ー、来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「柴田ー?」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「来てくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「降りてきてくれー」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「柴田」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「柴田」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「柴田」

柴田穂香
「はーい」

葛西厳
「聞こえてるよな」

柴田穂香
「聞こえてますよー」

葛西厳
「来てくれ」

柴田穂香
「……」

葛西厳
「……そこで待ってろ」

柴田穂香
「はーい」

――葛西が戻ってくる。

葛西厳
「お前さ、何で無視してんだ?」

柴田穂香
「え?」

葛西厳
「え? じゃねえよ。聞こえてたよな?」

柴田穂香
「はい」

葛西厳
「来いつったよな?」

柴田穂香
「え?」

葛西厳
「え?」

柴田穂香
「え?」

葛西厳
「え? もしかして本当に聞こえてなかったのか?」

柴田穂香
「んー……どうでしょう」

葛西厳
「聞こえてたな! その上で無視してたなお前!」

柴田穂香
「へへっ、さっすが葛西さんだ。下手な隠し事はできねぇや」

葛西厳
「……殴るぞ」

柴田穂香
「令和」

葛西厳
「この時代が憎い!」

柴田穂香
「で、なんであーしを呼んだんすか?」

葛西厳
「いけしゃしゃあと……」

柴田穂香
「はい?」

葛西厳
「(ため息)……穴の中に、人がいた」

柴田穂香
「マジっすか?」

葛西厳
「応。だが、足を怪我していて、梯子を昇れないらしい」

柴田穂香
「どんな人っすか?」

葛西厳
「20代前半のイケメン」

柴田穂香
「詳しく」

葛西厳
「韓国のなんたらいうアイドルみたいなツラの、ヒョロい男」

柴田穂香
「大変じゃないっすか! そんな人を置いて何戻ってきてんすか!?」

葛西厳
「だからお前を呼んだんだろうが!」

柴田穂香
「いや、呼ばれても」

葛西厳
「あ?」

柴田穂香
「あーしがいったところで何すんすか?」

葛西厳
「だから、そいつをおぶって……」

柴田穂香
「絶対あーしじゃなくて、外にいるみんなを呼んだほうがいいっしょ」

葛西厳
「でも、イケメンだぞ? おぶりたくないか?」

柴田穂香
「そんな願望ないっす」

葛西厳
「もしかしたら助けたお前に惚れたりするかもしんねえぞ?」

柴田穂香
「そんなことで惚れるような男は、間違いなく浮気性なんで。こちらから願い下げっす。ソースは元カレ」

葛西厳
「……そうかい」

柴田穂香
「ってことで、みんな呼んできますねー」

――柴田、部屋を出て行く。――部屋に残された葛西は、一度ため息をつき、舌打ちをこぼす。

――家の前。

柴田穂香
「みんなー、1階の――あれ? 葛西さん?」

葛西厳
「どうした? 確認は終わったのか?」

柴田穂香
「いや、終わったって言うか……え? 先回り?」

葛西厳
「は? 何言ってんだお前」

柴田穂香
「だって、さっきまで一緒に穴の前で……」

葛西厳
「穴? 部屋に穴があったのか?」

柴田穂香
「え? はい」

葛西厳
「……もしかして、深い穴か?」

柴田穂香
「多分」

葛西厳
「梯子がついてたか?」

柴田穂香
「ついてましたけど……え、どういうこと?」

――葛西、他の解体業者達に向かって言う。

葛西厳
「今日の工事は中止! 『つりぼりさん』が出た!」

柴田穂香
「つりぼりさん?」

葛西厳
「中谷は退魔師たいましの先生に連絡。お前らは道具を車に戻したら、そのまま車で事務所に戻って解散。運転は尾形ができるよな。ああ、頼む。あ、柴田は残れよ。聞き取りがあるだろうから」

――葛西の言葉を受けて、中谷と呼ばれた男性はスマホを出してどこかに電話をかける。他の作業員たちは道具を車に乗せて変える準備をはじめる。

柴田穂香
「つりぼりさんって、なんすか?」

葛西厳
「お前が見た穴のこと」

柴田穂香
「え、どういうことっすか?」

葛西厳
「その穴はな、平たく言えば怪現象だ」

柴田穂香
「怪現象?」

葛西厳
「最初からそこにあったわけでも、後で誰が掘ったわけでもない梯子がかかった深い穴。そんなものが時々空家に現れるんだと」

柴田穂香
「そんなことあります?」

葛西厳
「あるも何も実際見たんだろ?」

柴田穂香
「……でも、なんでそれで工事を中止に?」

葛西厳
「んなの決まってんだろ。危ねえからだよ」

柴田穂香
「危ない? 穴の中に人がいるかもしれないってことっすか?」

葛西厳
「違う。その穴に落ちてしまうかもしれないからってことだ」

柴田穂香
「確かに危ないけど、そんな中止にするほどじゃ……」

葛西厳
「その穴に、ほんのつま先でも入ったら死ぬ、と言われていてもか?」

柴田穂香
「え?」

葛西厳
「嘘みてえな話だけどよ、専門家がそう言ってるんだ。なら、中止にするだろう。現場責任者としてよ」

柴田穂香
「専門家?」

葛西厳
「ああ。退魔師っつう、こういう奇妙な現象や妖怪関連のトラブルを専門に扱っている連中のことだ」

柴田穂香
「妖怪って……そんなの、いるんすか?」

葛西厳
「さあな。でも今回の『つりぼりさん』みたいなこともあるし、何よりそれが仕事として成り立っているんだから……いるんじゃねえの? 知らんけど」

柴田穂香
「なんかうさんくさいな……」

葛西厳
「今まで何度か『つりぼりさん』案件で世話になってる。今からここに来てくれるだろうから、間違っても失礼なこと言うなよ」

柴田穂香
「ういっすー」

葛西厳
「……ところで『つりぼりさん』のとこで俺と喋ったって言ってたな」

柴田穂香
「あ、はい。っていうか喋りましたよね?」

葛西厳
「『つりぼりさん』ってのはな、その部屋に最後に入ってきた奴が思う『そのときその場にいてほしい人』の幻覚を見せて、人を穴に誘い込むんだと」

柴田穂香
「てことはあの時の葛西さんは幻だったってことっすか? 私、幻と喋ってたんすか?」

葛西厳
「そういうことだな。それよりも、だ。お前、そのとき俺がいてほしかったのか? もしかしてお前……。気持ちは嬉しいが、すまない! 俺には愛するカミさんがいて――」

柴田穂香
「キショい妄想してんじゃねーよオッサン。あの場だったら普通に現場責任者がいてほしいと思うっしょ」

葛西厳
「あ、そっか……そりゃあそうだ」

柴田穂香
「でもやっぱりにわかには信じられないっすね。あれが幻? だとしたら、もったいないことしたかも……」

葛西厳
「もったいないこと?」

柴田穂香
「いや、ほら、幻だったら、頭ひっぱたいても問題ないじゃないすか」

葛西厳
「問題あるわ! ……つーか、本当に問題あるわ。『つりぼりさん』が出した幻覚に暴力行為を働いたら穴に引きずりこまれるらしいからな」

柴田穂香
「……あっぶねー」

葛西厳
「命拾いしたな」

柴田穂香
「そんなのがあるんだったら、最初に、2ヶ月前にあーしがこの会社に入ったときに教えといてくださいよ」

葛西厳
「それは……すまん」

柴田穂香
 それから20分ほど経って、噂の退魔師の先生が来た。
 先生と呼ばれているからにはどんな年寄りが来るかと思ったが、あーしと同年代、二十代半ばに見える優男やさおとこだった。
 無造作風にセットされた明るい色の髪に、病的に白い肌。切れ長で黒目がちな目。その瞳の色は、カラコンを入れているのだろう。不自然な金色だ。
 黒いシャツに黒いスーツに、金のネクタイ。首からかけた光沢のある白のストールは両端りょうはしがひざまで届く長さがある。そして、そでからのぞく手首には複数の数珠じゅず
 一昔前のホストか、ヴィジュアル系のバンドマンか、それともインチキ霊能者か。
 なんにしてもうさんくさい格好の男は、想像以上にちゃんとした口調で葛西さんやあーしの話を聞くと、空家に入っていき、3分ほどで出てきた。
 彼が言うには、あと5日ほどで穴は消えるらしい。
 やるべきことを終えた退魔師の先生を見送って、あーしは葛西さんに向かって口を開く。

柴田穂香
「間違いないっす」

葛西厳
「何が?」

柴田穂香
「あの人、ロクでもない人です」

葛西厳
「何で?」

柴田穂香
「ああいう、見た目がうさんくさいくせに、仕事ができる人って大抵ロクでもないんすよ。ソースは元カレ」

葛西厳
「お前、今までどんな奴と付き合ってきたの?」

柴田穂香
「多分とんでもない性癖とか持ってますよ。ワンチャン今世間を騒がせてる『令和の切り裂きジャック事件』の犯人かも――」

葛西厳
「発想が飛びすぎだし、普通に名誉毀損めいよきそんだからな。これ以上妙なことほざくと、さすがの俺でも怒るぞ?」

柴田穂香
「……すみません。冗談が過ぎました」

葛西厳
「たとえ冗談でも、世話になった人と、イカれた殺人鬼を一緒にすんじゃねえよ」



【終】

 

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