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【台本】バランスのいい夫婦

《作》 U木野

あらすじ

家での人々

登場人物

中田章夫(なかた・あきお)
大道芸人さん。29歳。男性。

中田日奈子(なかた・ひなこ)
塾講師さん。35歳。女性。

協力

レイク様

本文

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――午後4時
――とあるマンションの一室

中田章夫
「ごめんヒナちゃん」

中田日奈子
「浮気した?」

中田章夫
「するわけないぜ!」

中田日奈子
「じゃあ、何?」

中田章夫
「実は……やめようと思っている」

中田日奈子
「お酒?」

中田章夫
「違うぜ」

中田日奈子
「タバコ?」

中田章夫
「元より吸ってないぜ」

中田日奈子
「人間?」

中田章夫
「絶対やめないぜ!」

中田日奈子
「じゃあ、何をやめるの?」

中田章夫
「パフォーマー」

中田日奈子
「ぱほ? ああ、大道芸人のこと?」

中田章夫
「うん」

中田日奈子
「へー」

中田章夫
「……」

中田日奈子
「お疲れ様でした」

中田章夫
「……終わり?」

中田日奈子
「? どういうこと?」

中田章夫
「ほら、やめないで、とか、才能あるから勿体無いとか言って引き止めたりは?」

中田日奈子
「いや、別にアキオくんがそうしたいならそうすればいいんじゃない? 家計はアタシの稼ぎだけでもギリギリ何とかなるし」

中田章夫
「……」

中田日奈子
「(ため息)判った判った。やめないでー、さいのーあるからもったいないよー」

中田章夫
「投げやりだぜ」

中田日奈子
「だってアキオくん、これで通算何回目の『やめる』宣言? 投げやりにならないほうがおかしいと思わない?」

中田章夫
「芯を食わないでほしいんだぜ」

中田日奈子
「それで、何で今回はやめたいと思ったの?」

中田章夫
「……自分の実力のなさに嫌気がさしたんだぜ」

中田日奈子
「実力のなさ?」

中田章夫
「ヒナちゃんは、俺のパフォーマンス見たことあるよな?」

中田日奈子
「転がした筒の上に置いた板に乗って、お手玉するやつだよね」

中田章夫
「ああ。鈴がたくさんついた衣装で音を立てないようにローラーバランスしつつ、お手玉をキメ、途中で派手に転倒するっていう究曲芸きゅうきょくげいだぜ」

中田日奈子
「……自信を持つのはいいことだよね。それがどうしたの?」

中田章夫
「一昨日ふと思ったんけどよ、あの芸さ……ダサくね?」

中田日奈子
「ん?」

中田章夫
「無音でバランスとった後、自分で転倒して大きな音を出すって、サムくね? 軽スベりしてね?」

中田日奈子
「アキオくんさ、大道芸人になって何年?」

中田章夫
「11年だぜ」

中田日奈子
「はじめの頃からずっと今の芸をやっていたって言ってたよね?」

中田章夫
「それが?」

中田日奈子
「今の今まで、その……ダサいかもしれないとは思わなかったの?」

中田章夫
「思わなかったぜ!」

中田日奈子
「思わなかったんだ。それなら、仕方ないね」

中田章夫
「人は日々成長するってことだな!」

中田日奈子
「ちょっと意味判らないのでスルーするね」

中田章夫
「だから、俺が成長したことによって、この芸のダサさが判ったって意味で――」

中田日奈子
「うん、本当は判ってるから。解説しなくていいよ」

中田章夫
「そうなん? ともかくダサいことが判ったから、ダサくない芸、カッコいい芸をやろうと思って、公園にいるほかのパフォーマーを見学してみたんだぜ」

中田日奈子
「ブレてるなぁ」

中田章夫
「んで、一番カッコよかったバスケットボールを使ったジャグリングをパクろうと思って、実際やってみたんだけど」

中田日奈子
「え、実際やったの?」

中田章夫
「それが、全然駄目」

中田日奈子
「そりゃそうでしょ」

中田章夫
「いや、ヒナちゃん。そんなもんじゃないんだぜ」

中田日奈子
「そんなもん?」

中田章夫
「ヒナちゃんが想像しているようなレベルの出来てなさじゃないんだぜ。その20倍くらいできてないんだぜ。だって3回以上ドリブルできなかったんだぜ? 想像を凌駕してんだろ?」

中田日奈子
「ごめん。想像通りだった」

中田章夫
「なんでやねん!」

中田日奈子
「大間違いツッコミ」

中田章夫
「他にも色んなパフォーマンスを真似してみたんだけど、どれひとつまともに出来なくて……自分の実力のなさを痛感したんだぜ」

中田日奈子
「あ、実力のなさってそういうことね」

中田章夫
「そういうことなんだぜ」

中田日奈子
「それで、大道芸人をやめようと思っていると」

中田章夫
「だぜ」

中田日奈子
「アキオくん」

中田章夫
「なんだぜ?」

中田日奈子
「おめー、ほんとうにくるくるぱーだなぁ」

中田章夫
「む……」

中田日奈子
「実力のなさって言葉は、その競技なり何なりに、ある程度の期間全力で取り組んだ人だけが口にできる言葉です。ちょっとやっただけのアキオくんが軽はずみに口にしてはいけません」

中田章夫
「う……それは確かにだぜ」

中田日奈子
「もし仮に、そのバスケジャグリングができたとして、アキオくんそれやるつもりなの? 公園に同じことをやっている人がいるのに」

中田章夫
「だってカッコいいし」

中田日奈子
「気づいているかな? その考え方、すごくダサいよ」

中田章夫
「え?」

中田日奈子
「自分に芯がなさすぎるじゃん。カッコいいから真似してみましたって……なにお前、田舎のユーチューバー崩れ?」

中田章夫
「結構エグいこと言ってるぜ?」

中田日奈子
「人の芸をパクらなくてもアキオくんには立派な芸があるんだから、そんな目移りしたり、当たり前の絶望したりしないで、自分の芸を磨こうよ」

中田章夫
「いや、でもそもそもその芸がダサくて」

中田日奈子
「そもそも!」
「アキオくんの芸、全然ダサくないよ」

中田章夫
「え?」

中田日奈子
「確かにベタだし、くだらないし、全然すごく見えないけど」

中田章夫
「ボロカスに言ってくれるぜ」

中田日奈子
「でも、それがすごいんじゃん」

中田章夫
「それが、すごい?」

中田日奈子
「普通の人はあんなバランス芸できないし、しかもそれを音が出やすい服を着て無音でやるなんて、超人技にも程があるのに、アキオくん、わざとその後にすっ転んで、すごさを消してるでしょ」

中田章夫
「いや、まあ……」

中田日奈子
「しかも普通あれだけの転倒をしたら、お客さんが心配しそうなものだけど、アキオくんのキャラクターと、その後の起き上がり方がコミカルだから、笑いになる。これは普通の人では絶対に真似できないことだよ」

中田章夫
「そ、そうか……?」

中田日奈子
「確かに泥臭い芸かもしれない。ダサいという人もいるかもね。でも、カッコいいだけの芸より、アタシは何千倍も好きだな」

中田章夫
「……」

中田日奈子
「すごいことをしているのに、すごく見せない人が一番カッコいいと、アタシは思うよ」

中田章夫
「……」

中田日奈子
「ていうか、わざわざアタシがこんなこと言うまでもなく、アキオくんは今のパフォーマンスで結果出してるんだからさ、もっと自分の芸に自信持ちなよ、ジャグリング世界大会3位の大道芸人さん」

――日奈子、部屋の隅の棚に目をやる。そこには、多数のトロフィーが並んでいた。

中田章夫
「……」

中田日奈子
「それでもどうしてもやめるって言うならアタシは止めないけどね。どうする?」

中田章夫
「…………続ける」

中田日奈子
「そう。判った。引き続き頑張って」

中田章夫
「ありがとう、頑張るぜ! これからも……あ、ヤベェ。いや、でも……ま、いっか」

中田日奈子
「どうしたの?」

中田章夫
「さっき舞台のオファーがあったんだけど、パフォーマーやめようと考えてたから断っちゃってさ……結構いい額提示してくれてたし、今思えば勿体無いことしたなー……って、思っただけだぜ」

中田日奈子
「ふーん、どんな舞台?」

中田章夫
「確か……『そらのステンノ』とかいうマンガ原作の2.5次元」

中田日奈子
「へー、そうなんだ。ま、いいんじゃない。ちょっと必死で頭下げて『やらせてください』って頼み込めば」

中田章夫
「やれってこと? 一度断ったのに?」

中田日奈子
「やらないの? パフォーマー中田なかた章夫あきおを求められているのに?」

中田章夫
「気が重いぜ……」

中田日奈子
「風船つける?」

中田章夫
「空も飛べそうだぜ」

中田日奈子
「早く連絡しないと、他の人に決まっちゃうよ」

中田章夫
「……電話かけてきます」

中田日奈子
「うん。いってらっしゃい」

 

中田章夫
「――あ、思い出した」

中田日奈子
「何を?」

中田章夫
「さっきヒナちゃんに言われたようなことを、先週にも露天商に言われてたんだったぜ」

中田日奈子
「さっき言った言葉? 田舎のユーチューバー崩れ?」

中田章夫
「そうそう、それ」

中田日奈子
「本当にこれなんだ。でも、どういうタイミングで言われたの?」

中田章夫
「『お兄さんの芸はこの公園の中で一番カッコいいから、動画サイトで配信してみたらどうですか?』って」

中田日奈子
「これじゃないじゃん」

中田章夫
「口にしてる途中に『ヒナちゃんの言葉とは違う』と気づいたパターンだぜ」

中田日奈子
「ふーん、でもいい考えかもね。その露天商の人は昔からの知り合い?」

中田章夫
「いや、初対面だぜ。一日だけ公園の広場でアクセサリー売ってて――ほら、先週ヒナちゃんにプレゼントしたペンダント」

中田日奈子
「これ?」

中田章夫
「つけてくれてたんだ」

中田日奈子
「アキオくんにしては珍しくセンスのいいプレゼントだったからね」

中田章夫
「結構グサリと来るぜ」

中田日奈子
「冗談だよ」

中田章夫
「絶対本気で言ってたぜ。……ともかく、配信してみたらって言ってくれたのは、それを売ってくれた人だぜ。金髪で、スーツで、派手な感じの……ヴィジュアル系? そんな感じの兄ちゃんだったぜ」

中田日奈子
「へー」

中田章夫
「確かショップのホームページがあるとかで、名前聞いたんだけど……なんだっけ。ここまで出てるんだけど」

中田日奈子
「いや、別にそこまで知りたいわけじゃないし、知ったところで特にリアクションできないだろうから、別に思い出さなくてもいいよ。そんなことより、早く電話してきな」

中田章夫
「――そうだ、淵上ふちがみ! 淵上ふちがみ伶児れいじ!」

中田日奈子
「うん。やっぱり『聞いたとて』だったね」
「まあでも。配信は面白そうだし、今度試しにやってみよっか」

中田章夫
「だぜ!」

中田日奈子
「その前に、早く電話してきな」

中田章夫
「……だぜ」

 

【終】

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