092 風のように来て風のように去っていった一見大阪さん

この項、長いです (断るまでもなく、毎度のことやんか〜)。

それは選挙の翌日のことでした。大阪から予約が入ったのです。驚きますよ、大阪からですよ。。。なんで~?

彼が店に上がってきた途端、ボクは尋ねました。
「君遥か遠方より来たるあり」
子曰く「我四十有五にして日本葡萄酒学に志す」
「???」
子曰く「日本葡萄酒を見てせざるは勇なきなり」

つまり、うちの日本ワインしか置いていないリストを見て、はなはだ興味を持ったってことですね。

なんで急に論語調になったかっていうと、彼が日本ワインの達人だったからです。その知識のハンパないことったら。子(師)と呼びたいくらい。

ウチの店には、常時25種類くらいの日本ワインが置いてあるのですが、なんと、彼がまだ飲んだことのない日本ワインは、そのうち僅か2、3本でした。

こんな人、初めてです。

それからの2時間あまり、ボクはひたすら彼の日本ワイン講義を拝聴しました。ほんと勉強になる、夢のような時間でした。

だって、彼が一杯飲むたびにお金を払ってくれて、それにまつわる日本ワインの講義を聞けるんですよ! こっちが払うべき講義内容なのに。

「ボクはワインを飲むときは何も食べません。でも、その分、いっぱい飲みますから許してください」

こんな客なら、先生でも師匠でも、あるいはカモと呼んでもイイかも。。。冗談はさておき、、、

「こんなに日本ワインを置いている店は滅多にありません。久しぶりに東京に出張に行けることになったので、どうしてもこの店に来たいと、近くにホテルも取りました」

感謝感激するとともに、ボクはちょっと申し訳ない思いにかられました。だって、そこまでして来てくれたのに、彼が飲んだことのないワインは、たった2、3種類しかないんですよ。。。

彼が久しぶりの出張と言ったのには訳があります。一つは皆さんご想像の通り、コロナです。

もう一つは、彼が定年再雇用組だから。当然、出張は若い正社員に回ります。その数少ない機会に、ここ九条Tokyoを選んでくれたなんて。

なのに、ボクには彼の日本ワイン愛に応えられる準備が不足していた気がします。って、ここで今さら反省文を書こうと思っているわけではありません。

彼が飲んだことのない1本は、愛媛県内子町の夢ワインでした。ボクがやっと語れる順番がやってきました。このワインは御年80過ぎの藤渕さんというブドウ農家がいて、、、

彼はボクの話を黙って聞いてからグラスを口にすると、しばらく味わってから言いました。

「ベリーAらしくないですね」

「そう、だから置いているんです。ウチでは単一葡萄でつくられた日本ワインで、ボクが好きな一本だけをそれぞれ置いています」

「ベリーAの代表が、これってことですか?」

「そう。どちらかというと、実はベリーAは好きではないんです。それで、ずっとベリーAだけはメニューに載せていませんでした」

「うーん。でも、これはいわゆるベリーAらしくない気がする」

「だから好きなのかもしれません。少し、、、」
「甘みはありませんが、、、」

「そう、黒糖酒のような風味が少ししませんか。2013年ものです。そのせいもあるのかもしれませんが」

彼はもう一度グラスを口にして、この日、自分が初めて知った日本ワインをゆっくり味わっていました。そのテイスティング姿、絵になるわ〜。

彼が訪ねてきてから2時間余りが経ちました。そろそろ帰るのかと思ったら、選挙の話になりました。前日が衆院選でしたから。

「すいません、ボクは大阪の人はみんなアホちゃうねんと思っているんですよ」と、ボクは少し笑いを取るつもりで一発かましました。

「どうしてですか?」

「だって、小選挙区のほとんどが維新でしょう。一つに染まるってボクには理解できない。でも、維新の看板政策だった大阪都構想は2度も拒否されたのは、さらに理解できませんが」

「それは東京都の二番煎じになりたくないからですよ。なぜ、東京と同じ都に変えなくちゃいけないのか、東京嫌いの大阪人には理解できないんです。きっと維新が人気を博しているのは、それが一番大きな理由かもしれません。反東京。ちなみに、ボクも維新には入れていません」

それからの2時間あまり、今度は政治や社会、これからの世界などについて、やっと平等な会話が続きました。この話題なら、一方的な講義を聞くってことにはなりませんものね。百人百様の考えがあって、それぞれが一個の人権を持っています。

あっという間に4時間余りが過ぎて、ボクは彼に謝りました。

「せっかくそばにホテルを取ってもらったのに申し訳ないけど、そろそろ閉店にしないと終電に乗り遅れちゃう」

わかりましたと立ち上がって会計を済ませた彼が、去り際に言いました。

「今日話していて、マスターに是非見てほしいと思った映画があります」

それは『サマー オブ ソウル』でした。

1969年に開催された伝説のウッドストックと同じ年に NYの公園で開催された黒人ミュージシャンたちのライブを撮ったドキュメンタリー映画です。最近、そのフィルムが見つかって公開されているそうで、ロングラン上映になっているから、東京でもどこかでやっているはずですと言って、彼は去っていきました。

おそらく、もう二度と会うことはないでしょう。コロナがこのまま収まったとしても、彼が出張で東京に来ることはないかもしれません。あったとしても、自分が飲んだことのない日本ワインがあまりないのであれば、再びやってくる理由はないでしょうから。

でも、彼はボクに『サマー オブ ソウル』を是非見てほしい、ボクにピッタリだと言いました。もしかして、この邂逅を後悔してはいないってこと?
嬉しいじゃありませんか。。。

子曰く「徳、孤ならず。必ず隣あり」
ボクはすぐ上映館を探して見に行きました。

なんと、渋谷の映画館でやっていました。西武百貨店のそば。なつかしー。

ところが、店を早めに出て(ピンチヒッターを頼んで)渋谷まで行ったのはよかったのですが、映画には少し早く、つい一杯飲むことに。

連れて行ってもらったその店がまた凄い、というか、夢のような店でした。

日本酒ギャラリー「壺の中」。
一人3300円払うと、置いてある数十種類の日本酒が飲み放題。ビールも。
ほとんどボクが知らない銘柄ばかりでしたが、自分が好きな銘柄を言うと、それに近い日本酒をマスターが選んでくれます。

食べ物はないので、持ち込みか出前。それに追加費用はかかりません。

静かな渋谷のビルの3階で、ボクは心ゆくまで美味い日本酒に浸りました。

実は、ボクの店では日本酒を出すのをやめようと思ったことがあります。
近所に日本酒の学舎「誦月」をみきちゃんがopennしたとき、ボクが日本酒を出すことは必要ないと思ったのです。

稀有なものって、一つあれば十分でしょう?
日本酒を楽しむのに、「誦月」以外の場所はいらないかと。

でも、みきちゃんに怒られました。ただでさえ日本酒の消費量は減っているというのに、どうしてやめようかなんて言うんですか、と。

で、ボクは日本ワインと日本酒を置いています。実に中途半端な店ですね。ボクの生き方がそのまま反映されているような。

まぁ、そんなことはどうでもいいや。
映画の話に戻って、不覚にも、深くボクは眠っていました。
前半の1時間くらい。

ハッと目覚めたボクは、若い黒人ミュージシャンたちの熱いソウルに引き込まれていました。
スティーヴィー・ワンダーが十代?

3時間弱のドキュメンタリー映画を見終わって、ふとボクは思いました。
彼は何をボクに見せたかったのだろう。。。

何かボクの中に共感するものがあったのでしょう。
はたしてボクはその熱い思いを受け止めたのか。。。

おそらく二度と交わることのない彼とボクの軌道は、ハチ公前交差点のように、一瞬交差したのだから、まぁいいか。

子曰く「これを知る者は、これを好む者にしかず。これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」





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