087 丸善で紙を探したらカミに出会ってしまった

7月から8月にかけて再び緊急事態宣言が出て、店にはお客さんがほとんど来なくなりました。誰とも口をきけない日々が続き、もう店を閉めたい病が最高潮になった頃、「まちの本屋」「Dal Segno」と映画の上映会が続きました。

さすがに夕方4時5時ではまだ外が明るいので、窓を覆う必要があります。毎月のように上映会をしていた頃に使っていた黒い模造紙を引っ張り出すと、一部が無惨に破れていて隙間ができています。

そこで黒い模造紙を求めて文具店巡りが始まりました。最初にネットで探さないところがボクらしいでしょ。んなこと、なんの自慢にもなりませんが。。。

東急ハンズには黒い模造紙の在庫がなく、ロフトにも行ってみましたが、やはり模造紙は白か明るい色しかありません。

ダイソーにも行ってみました。この順番、今ふうかなぁ。
それはさておき、画用紙はあったのですが、黒い模造紙はありません。

白い模造紙を買って墨汁で黒く塗るしかないかと諦めかけていた時、九条Tokyoの近くに昔ながらの文房具店があるのを思い出し、いよいよ明日が上映日という直前になって、駆け込みました。

ところがところが、濃い緑色の模造紙はあったのですが、やっぱり黒はありません。でも、近所付き合いってこともありますから、絶対使わないだろうなと思いながらも、それを買い求めました。これが本来の消費行動ってやつですよね。近場ですませる。近いもので間に合わせる。

んなことより、いつから模造紙に黒はなくなったのでしょうか?

もう仕方ないと書道体験用に置いてある墨汁を取り出した時、丸善のことを思い出しました。
文具と言ったら丸善じゃん。

確か本も売っているし(?)、檸檬まで(??)。
あっ、それは梶井基次郎の小説の世界だけでしたっけ。

でも、素晴らしい才能ですよね。あの小説は日本の短編小説のイメージ大賞をあげてもいいですね。

さて、日本橋の丸善に行ってみると、お登り状態になりますね。地下鉄を上がってそのまま丸善に入れ、上までずっと丸善、丸善です。丸に善ですよ、凄い!って何の話?

さて、どこに文具コーナーはあるのか。そう思った矢先、地下がそのまま文具コーナーでした。

幸先いいぞ。これなら、もしかして、と期待してしまいますね。

結論から先に言うと、やっぱり模造紙はあっても、黒いのだけがありませんでした。
何故でしょう。黒は呪われた色?
あるいは模造紙に黒は似合わないって誰かが決めたのか? その決定権者とトークバトルしたる〜。

在庫がないかレジの女性に訊くと、一生懸命調べてくれたのですがありません。
その時の申し訳なさそうな表情と声、ちょっとよかったです。本心からそう思っているのが滲み出てきてると伝わりました。

どうやら、この世界から黒い模造紙は消えてしまったようです。抹殺されたってこと?香港やアフガニスタンみたいに。

ボクはガッカリして、店を後にしました。だって、あの檸檬の丸善まで来たんですよ。電車を乗り換えて。

地下の文房具売り場を出て駅の改札に向かっていると、走る足音がして、「お客さま〜」と呼ぶ声がします。

万引きでもあったのだろうかと思いました。

そういえば、つい先日、大小田直貴監督のドキュメンタリー映画「まちの本屋」を店で上映したご報告に、尼崎市にある小林書店を訪ねたら、どこの書店でも見かける店内の高く聳える本棚がなくてビックリしました。

「ずいぶん見晴らしが良くて広々としていますね」と感心して言ったら、由美子さんがこう答えました。

「本屋につきものの万引きに困っていたんですが、主人が万引きするほうもいけないけど、させる本屋のほうがもっといけないって言うものですから」

それで書棚を低くして店内を一望できるようにしたら、万引きをする人が減ったそうです。
昌弘さん、「あっぱれ」ですね。

「まちの本屋」という映画で描かれている由美子さんの立ち居振る舞いにも感心させられますが、昌弘さんの佇まいにも唸らせられます。映画のタイトルは「或るまちの本屋の或る夫婦」っていうほうがしっくりきたかも。。。

「監督はどう思っているか知りませんが、そう思ってもらえたら、私にはしてやったりです」と由美子さん。

結婚以来、ずっと「です・ます」調で話してきたという夫の昌弘さんは、人生の、夫のお手本ですね。我々どうしようもない、くたびれた夫軍団には、この映画はちょっと遅すぎたかも。

なぜ「です・ます」調で妻に話すのかと監督に尋ねられて、「だって私の大切な人だから」って、他人の前ではなかなか口にできませんよ。もち、本人の前でも。

若い恋人同士なら、真っ直ぐ目を見つめて「好きだよ」とか「世界で一番大切な人だ」と言えるかもしれませんが、ボクはなぜ友人と60年近くも付き合ってきながら、そういったことを一言も言えなかったのか。。。

それ、誤解されるって?
いや、それでも一度は言っておくべきだったなぁ。ボクはあいつが喜ぶようなことを一度でも言ったことがあっただろうか。。。

最後に会いに行った時、帰る直前、ボクは途中までそういった意味のことを言いかけました。

「最近発表された或る調査では、60過ぎの男性の3割が友人が1人もいないんだってさ」

そこまで話しておきながら、ボクはそのあとが続けられずに困ってしまいました。だって、そうでしょ。この話の結論は、だから死ぬな、俺を一人にしないでくれ、ってことに繋がりますよね。

最後の闘病をしている友人にそんなこと言えるわけないですよね。それに、世界に一人だけ残されるような孤独感に打ちひしがれているボクのためにまだ頑張れって、毎日命を削るような痛みと闘っている友人に言うことじゃないですね。

ボクは後が続けられず、ボソボソと口籠って帰ってきました。

でも、それでも、それらしい一言を言っておきたかったなぁ。君のおかげでボクは幸せだったと。あれが最後の機会だと知っていたら。。。

6歳以降に出会ったボクの友人のみなさん。今後、そんなセリフをボクから急に告げられても、複雑な意味はないので、どうか聞き流してください。ボクは「ストレート」ですから。

話戻って、丸善を出てそのまま歩き続けていたボクに追いついたのは、先ほどの店員でした。

「お客様、黒いこの画用紙ならございました」

彼女は荒い息を整えながら、2種類の黒い画用紙を掲げて見せました。
目的にはちょっと小さいし、厚い分、重い気がします。他の模造紙に貼り合わせて、映画上映中に剥がれて落ちてしまわないだろうか。。。

でも、額に汗を噴き出しながらボクの返事を待っている女性店員を目の前に、否とは言えないですよね。
その目は、ボクの返事を待ってドキドキしています。彼女の真っ直ぐな視線にぶつかって、ボクのほうこそドギマギしてしまいました。

今どき、こんなピュアで親切な店員っている?

もしボクが独身だったら、彼女の手にしている画用紙ではなくて、その手をとって、結婚してとプロポーズしていたかも。。。

なんでそうなるんやー。

ちょっと心が乱高下していて、自分でも怪しいと思う時があります。衝動的な行動を取りたがるっていうか。。。

というわけで、丸善には黒い模造紙も檸檬も置いてなかったけど、女「神」がいました。

丸善勤めの友人に、この話をするのが今から楽しみです。
彼はその売場の担当者名を調べて、もう結婚しているよ、なんて絶対言わない男ですから。

そうだ、彼にも面と向かっては言えないだろうから、ここで言っておきます。ボクは君と出会えて本当に、、、


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