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「私の青い星~Bluestar~」第六話 創作大賞2024 #恋愛小説部門

第六話



「吉村さんはさ、まだ高校生でしょう。本当はさ、いろいろなことが経験できるはずだよ。でも、この街にずっといたらそれに気づかないまま歳を取っていく。本当は何かやりたいことを叶えるパワーがあるはずなんだよ。それを自分で押さえつけている。周りに気を遣い過ぎてもいるように見えるのだ。東京ってさ、びっくりするくらい他人に無関心なのだよ。多少変なやつでも否定も肯定もされない。おかしなことをしていてもお構いなしだ。だから、本当にやりたいことをやっても否定されない。その代わり、よほどのことが無ければ評価もされない。いろんな人間がいるし、いろんな選択肢がある。だから可能性も大きいのだ。」
「私、東京ってテレビや雑誌でしか見たことがないです。高校のクラスメイトの中には電車で原宿まで行って買い物をしたりする子もいますが、私には無理です。」
 クラスで一番のお洒落な佳奈美は、青春18切符を使って、電車を乗り継いで、原宿や渋谷まで買い物に出かけると話していたのを漏れ聞いたことがある。
校則を守りながらも垢ぬけた佳奈美のルックスは私とは天と地ほどの差があり、直接話かけたことはない。
東京の高校生は、化粧もできるし制服だって自由に改造して着こなせるのだと羨ましそうに話していた。
佳奈美は島田南高校の校則の範囲内でできる精一杯のお洒落を楽しんでいるように見えた。例えば、ほんのかすかに色づくリップクリームを塗って、地毛かどうかわからないくらいの限りなく黒に近い茶色のヘアカラーをしていた。
持ち物は、雑誌の読者モデルと同じ財布やペンケースを持っていたし、体操服を入れるバッグは原宿でしか手に入らない一点ものだと自慢気に話していた。
高校を卒業したら、東京の美容専門学校へ行って、将来は美容師になるのだと言っていた。その佳奈美と自分が同じ街に暮すことなど考えられなかったし、そんな資格が自分にあると思えなかった。
 「黒崎さんは、大学を卒業したら東京に戻りますか?」
「そうだね。そろそろ都会が恋しくなってきたからね。僕の家はさ、東京の池袋っていう街の近くで焼肉屋をやっているのだ。お袋が死んで、今は親父が一人でやっているよ。昔はさ、精肉屋だったのだけどね。でも、今時、肉を肉屋で買う人なんていないからね。焼肉屋とか居酒屋に卸しているうちに、自分でやりたくなったらしい。」
「黒崎さんはご実家を継ぐのですか?」
「どうしようかな。まあ、しばらくはサラリーマンでもやって、貯金が出来たら世界旅行でも行って、やりたいことをやり尽くした時に、焼肉屋に興味があれば継ぐかな。」
「そうですか。焼肉屋さんになったら毎日美味しいステーキチャーハンが食べられますね。」
私は、私が東京に行くと可能性が開けると言われたことにどきどきしていたが、その言葉を受け止め切れずに話をすり替えてしまった。
 その時、車のナビが「目的地に近づきました。案内を終了します。」と告げた。
 家からは五十メートルほど離れていたが、細い道なのでそれ以上は案内してくれないようだった。
 「家どれ?」
と尋ねられて、「あのグレーの壁の家です。」と指さした。
「オッケー」と黒崎健吾は言うと、一旦自宅の向かい側にある旗竿地の細い通路に前から入り、方向転換をしてバックで30メートル下がってくれた。
「あの、ここで良いです。」
「いや、ここで降ろしたら送ったことにはならないよ。びしょ濡れで帰ったら、お母さんがびっくりするでしょう。」
言葉ははっきりと強いけれど、黒崎健吾の優しさを感じた。
 家の敷地ぎりぎりまで幅寄せしてくれたことで、私は助手席のドアからあまり濡れることなく玄関にたどり着けそうだった。私の胸はかぁっと熱くなった。
 「本当にどうもありがとうございました。」私は助手席に座りながら最大限に身体を運転席に向けて、できるだけ深くお辞儀をした。
「じゃあ、またね。」
と笑う黒崎健吾の笑顔を、それから先何年も忘れられなくなることを、この時の私はまだ知らない。



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