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青春、リバイバル

まーちゃん🖌️

18歳の頃、期待とトロンボーンを背中に背負って門を叩いた大学は山の上にあった。
近くにコンビニすらない最寄り駅から歩いて20分。山にそのままくっつけたみたいな坂を抜けた先にある、きれいでも汚くもない大学。少し古ぼけた校舎も変に新しい食堂も、調律が狂ったままのピアノだけがあるゴキブリまみれの音楽棟も、なんというかこう、そこは紛れもなく「大学」で、ここにいるってことはまだ大人でなくていいよね、と確認しあいたくなるような場所だった。

もちろん、大学のまわりも本当になんにもなくて、坂をくだって一駅電車に揺られて、やっとスーパーがあるような街だった。栄えてはなかった気がするけど、居酒屋が数件あって、大きな川があって、汚いカラオケとボーリングがある、そんな街。
学生と主婦のおばちゃんと地元のヤンキーが同じコンビニで働いていて、なぜか仲良くしているような、そんな街。
そんな街に悪態をつきながらもいそいそと暮らし、音楽して、割と学んで働いた4年間は、平凡ながらよい思い出である。

スケジュール帳に✕印をつけ、空けておいた祝日の前の日、ふとその街のことを思い出した。思い出して、「もう一回やりたいな」と思った。
もう一回行きたいじゃなくて、もう一回やりたい、だったのが自分でも意外で、変だな、とちょっと笑う。SNSを眺めていたスマホにそのまま「明日暇?」と打ち込んでみた3分後には、明日の祝日が最高になることが確定していた。

明日私は、あの街に行かずに、あの日々をもう一度、やる。

次の日の朝、11時くらいに目が覚めた。
早起きなんか絶対しない。今日は時間が無限にあるので。
適当に準備をして、焦らずに家を出る。どうせ外すのにアクセサリーをつけて、しっかりめに化粧をした。誰でもない、自分のために。

ランチをしよう、と待ち合わせた時間に遅れてきた友達を小突いてから、目についた韓国料理屋に入る。鶴橋のおばちゃんと適当に会話して、あんまり気取ってないけど美味しい韓国料理を食べた。お酒はまだ我慢して店を出て、コリアン街を抜けながら「帰りにこのキムチ買おうよ」と言い合う。絶対買わないくせに。

満たされたお腹をちょっと煩わしく思いつつ、岩盤浴で無限に時間を溶かす。漫画を読んで横になる。漫画に飽きたら岩盤浴して、また帰ってきて、たまにアイスとかも食べちゃう。どうせ気になるからスマホの電源を切ったりはしない。あの頃だって、隣にいない誰かとも、ずっと繋がっていたかったはずだし。
時計は気にしない。眠たくなったら眠るし、連れをおいて一人で岩盤浴に行ってもいい。なにしても、私が正解。

さんざんゴロゴロしながら、あの頃の私たちも、こうやって何時間も何時間もここにいたな、と思う。
今よりちょっとだけ罪悪感を抱えてて、「いつも忙しいし」「頑張ってるし」って、今日なにもしなくていい理由を必死に並べながら、やっぱりアイスとか食べてた気がする。
ほんとは普段も、大したことしてないくせにな。

全部全部気づかないふりをするために、「なにもない日」をあえて作って、普段の自分たちを称える、ただそれだけの時間。
本当は前に進んでいないことも、卒業したら普通の人になっちゃうこともなんとなく分かってて、別にそれを望んでいないわけじゃないんだけれど、でもじゃあこの毎日は、この努力は、この思い出は、このやるせなさは一体なんなんだって、全部無駄になるのかって不安で。忘れてしまうのがこわくて、とにかく今を終わらせないように、閉じ込めるみたいにして、時間を溶かしていたんだと思う。

お酒ものめるしタバコも吸える、でも自分の生活もままならなくて、勉強しなさすぎたりしすぎたり、バイトをはじめたりやめたり、遊びすぎたり寝すぎたり。破れた夢をセロハンテープでくっつけて、諦めていないふりをしながら、頑張っていることを裏付けるように、今日みたいにリフレッシュしている風な日を作る。
そんな無理やり充実させている日々のなかで、分からないけど私たちは、なんとか4年間の青春を無駄にせずに「きちんと大学に通って、夢を追っていたんだ」という証拠を、少しでも多く集めようとしていたんだと思う。
そんなことしなくたって、その事実は揺らがないのにね。

と、考えてたら眠ってしまっていて、気づいたら20時を過ぎていた。さすがに飽きた。狭い館内を何周もしたし、ONE PIECEの続きの巻は別の人が読んでいるみたいだ。私はまた、アラバスタがどうなってしまったか知らないまま日常に戻るらしい。

スーパー銭湯を出て、鳥貴族に行く。
全部知ってる味、全部知ってる内装、全部一度話した話。
同じ話でけらけら笑って、ばかみたいにデカイハイボールを飲んで、ほどよく酔っぱらって、それでおしまい。
ああ、いい一日だった気がする。

その日の夜中、食べ過ぎに起因する胃痛に苦しみながら、あと何回リバイバルできるか、私は布団のなかでこっそり指折り数えていた。

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