ktate

介護施設の経営者。 【キャリア】訪問介護の管理者、サービス提供責任者、ヘルパー、介護タ…

ktate

介護施設の経営者。 【キャリア】訪問介護の管理者、サービス提供責任者、ヘルパー、介護タクシーの運転手、介護施設の廃止経験あり。

記事一覧

「感覚」から「数字」を根拠にする

介護の仕事に携わるようになって思ったことは、現場における判断や選定基準が「感覚」に頼っていることである。 感覚の問題点は、個々によって異なることである。 例えば…

ktate
7時間前
3

「人手を増やして欲しい」と要請されることがある。

その主な理由は、個々の業務負担が大きいから。

業務負担の軽減は大切なことであるが、それは無駄の
削減という意味である。

人手を増やして業務負担が軽減されたとしても、現状
と同じ価値しか生み出せないなら、それもまた無駄である。

ktate
13時間前
7

認知症チームケア推進加算ができた背景は、グループホームの意義が曖昧になっているからかも

グループホームを運営している立場として、考えさせられた記事を読んだ。 この記事を投稿した、おおさわさんの着眼点は全体的に非常に鋭い。 そして、認知症対応型共同生…

ktate
1日前
11

「軸がある人」と「頑固な人」は紙一重だと思う。

一貫性のある生き方は、魅力的で理想的かもしれない。

でも、他人の話に耳を傾けなかったり、時代に合った
考え方をしないと、軸が強いほどに苦しくなる。

現代において軸とは、硬さより柔軟性が大切なのかも
しれない。

ktate
1日前
9

何でもすぐに結論を出さず、ときには我慢してじっくり考えることも必要

ビジネスでは、スピーディな判断や行動が求められる。そうしないと、チャンスを逃してしまうからだ。 しかし、何でもかんでもスピーディに進めるのはいかがだろう? テー…

ktate
2日前
10

お金のために仕事をしているのか?

仕事の成果としてお金をもらうのか?

どちらも働くことへの対価であるが、
前者は「給料」、後者は「報酬」。

どちらも良し悪しがあるが、どのような
生き方をしたいかが問われている。

ktate
2日前
12

「自分はもう年だから」と言い訳していると、高齢になって本当に何もできない自分になってしまう

介護を受けることに対して「他人の手を借りて楽ができる」なんて思っている高齢者はほとんどいない。 それは介護の仕事をしていて実感する。 高齢者の多くは「自分のこと…

ktate
3日前
16

1日の始まりが不安だったのに、慌ただしい1日を終えて
帰路につくころには強気な自分になっている。

これはたぶん、グダグダでも何とか1日を乗り切った自分
を実感できるからだと思う。

きっと誰もがこんな感じで生きているのだろうし、これが
自信や成長と呼ぶのかもしれない。

ktate
3日前
10

認知症の行動理由を考えることは基本だが、「特に理由がない」こともある

超高齢化社会に向けて、認知症は社会問題の1つとされている。 しかし、介護事業として認知症に携わるほどに、認知症は問題というほど問題ではないと思っている。 認知症…

ktate
4日前
18

相手の話を聞くときに「腕を組む」「足を組む」という態度は
やめたほうが良い。

それは相手に対して「お前の話なんて1つも聞くつもりはない」
と最初から否定しているのと同じだから。

あるいは、手足を組むとは防御にも見える。相手から「この人は
私を怖がっているのかな?」と思われる。

ktate
4日前
7

【介護事故】介護は高齢者の安全を確約できない

■ 介護事故は絶対に起こる 介護現場では事故が起こる。 事態によってはニュースになったり、訴訟問題になったりもする。 ある種の社会問題として扱われ、内容によって…

ktate
5日前
18

「変わる」ということは、現在および過去の自分を否定
することではない。

自分が変わったとしても、これまでの思い出や気持ちが
なくなるわけではない。

だから自分が変わることに抵抗しなくていい。

世の中も環境も他人も変わるのだから、自分が変わった
ところで1つも問題はない。

ktate
5日前
12

傲慢な現場主義はガラパコス化をまねく。介護現場をアップデートせよ

■ 現場主義への危機感 介護の仕事は、高齢者に直接的に支援するサービス業であることから、現場で起きていることが重要となる。 現場での出来事、現場でしか得らえれな…

ktate
6日前
17

メンタルが強いとは「いつもご機嫌な自分であろう」と

努力する意思と忍耐の結果だと思う。

ktate
6日前
8

現場経験や感覚はエビデンスにならない

■ 介護のおいてエビデンスはなぜ必要? 「科学的介護」と言われても、未だにピンとこない人は多いと思う。 介護業界においても、データやシステムを活用した取り組みと…

ktate
7日前
12

褒められるのが苦手な人がいる。

褒められるのが苦手なのは、自分が他人を褒めると
いうことをしないから。

もしも褒められる苦手意識をなくしないならば、
褒めれたとき「大した事ないですよ」などと言わず
「そう言ってもらえて嬉しいです」と感謝の言葉を
返してはどうか。

ktate
7日前
8
「感覚」から「数字」を根拠にする

「感覚」から「数字」を根拠にする

介護の仕事に携わるようになって思ったことは、現場における判断や選定基準が「感覚」に頼っていることである。

感覚の問題点は、個々によって異なることである。

例えば、ご飯の量を決めるときに「普通よりやや多め」と言われたらいかがだろう? 

お茶碗の半分を超えてご飯を盛り付けするのか? 
いや、そもそも「普通」の量がわからない。
基準がないのにどうしようもない。

このような個々の感覚によると、結果

もっとみる

「人手を増やして欲しい」と要請されることがある。

その主な理由は、個々の業務負担が大きいから。

業務負担の軽減は大切なことであるが、それは無駄の
削減という意味である。

人手を増やして業務負担が軽減されたとしても、現状
と同じ価値しか生み出せないなら、それもまた無駄である。

認知症チームケア推進加算ができた背景は、グループホームの意義が曖昧になっているからかも

認知症チームケア推進加算ができた背景は、グループホームの意義が曖昧になっているからかも

グループホームを運営している立場として、考えさせられた記事を読んだ。

この記事を投稿した、おおさわさんの着眼点は全体的に非常に鋭い。

そして、認知症対応型共同生活介護と銘打っているのに、なぜ今さら「認知症チームケア推進加算」なんてものが登場したのかを考えてみた。

これは個人的な考えであるが、おそらく、高齢化社会はもちろん、社会も利用者も多様化していることから、グループホームの役割が曖昧になり

もっとみる

「軸がある人」と「頑固な人」は紙一重だと思う。

一貫性のある生き方は、魅力的で理想的かもしれない。

でも、他人の話に耳を傾けなかったり、時代に合った
考え方をしないと、軸が強いほどに苦しくなる。

現代において軸とは、硬さより柔軟性が大切なのかも
しれない。

何でもすぐに結論を出さず、ときには我慢してじっくり考えることも必要

何でもすぐに結論を出さず、ときには我慢してじっくり考えることも必要

ビジネスでは、スピーディな判断や行動が求められる。そうしないと、チャンスを逃してしまうからだ。

しかし、何でもかんでもスピーディに進めるのはいかがだろう?

テーマによっては時間をかけて考えることも、必要ではないだろうか?

保留にしたままは良くないが、保留にせざるを得ないことだってある。

――― 介護の仕事を続けていて、このようなことを考えるようになった。

介護は利用者たる高齢者一人一人に

もっとみる

お金のために仕事をしているのか?

仕事の成果としてお金をもらうのか?

どちらも働くことへの対価であるが、
前者は「給料」、後者は「報酬」。

どちらも良し悪しがあるが、どのような
生き方をしたいかが問われている。

「自分はもう年だから」と言い訳していると、高齢になって本当に何もできない自分になってしまう

「自分はもう年だから」と言い訳していると、高齢になって本当に何もできない自分になってしまう

介護を受けることに対して「他人の手を借りて楽ができる」なんて思っている高齢者はほとんどいない。

それは介護の仕事をしていて実感する。

高齢者の多くは「自分のことは自分でやりたい」という意思に溢れている。下手に手を出そうとすると怒る人もいるが、それは当然だろう。

逆に心身の低下によってできないことが出てくると、本人の落胆や自信喪失は凄まじい。今まで自分のタイミングで歩いて外に出ていたのに、自分

もっとみる

1日の始まりが不安だったのに、慌ただしい1日を終えて
帰路につくころには強気な自分になっている。

これはたぶん、グダグダでも何とか1日を乗り切った自分
を実感できるからだと思う。

きっと誰もがこんな感じで生きているのだろうし、これが
自信や成長と呼ぶのかもしれない。

認知症の行動理由を考えることは基本だが、「特に理由がない」こともある

認知症の行動理由を考えることは基本だが、「特に理由がない」こともある

超高齢化社会に向けて、認知症は社会問題の1つとされている。

しかし、介護事業として認知症に携わるほどに、認知症は問題というほど問題ではないと思っている。

認知症とは、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、その他と大まかな種類が確認されている。また、それぞれに対しての症状や傾向なども医学的に提示されている。

だからと言って、症状を完全に区分化できないのは、

もっとみる

相手の話を聞くときに「腕を組む」「足を組む」という態度は
やめたほうが良い。

それは相手に対して「お前の話なんて1つも聞くつもりはない」
と最初から否定しているのと同じだから。

あるいは、手足を組むとは防御にも見える。相手から「この人は
私を怖がっているのかな?」と思われる。

【介護事故】介護は高齢者の安全を確約できない

【介護事故】介護は高齢者の安全を確約できない

■ 介護事故は絶対に起こる

介護現場では事故が起こる。

事態によってはニュースになったり、訴訟問題になったりもする。

ある種の社会問題として扱われ、内容によって行政が全国の介護事業所や施設に通達を出したり、予防策を義務として課したりすることもある。

事故があった事業所や施設を運営している法人に対して損害賠償を要求されたり、過去には当事者たる介護職員個人へ責任を問われるケースもある。

高齢

もっとみる

「変わる」ということは、現在および過去の自分を否定
することではない。

自分が変わったとしても、これまでの思い出や気持ちが
なくなるわけではない。

だから自分が変わることに抵抗しなくていい。

世の中も環境も他人も変わるのだから、自分が変わった
ところで1つも問題はない。

傲慢な現場主義はガラパコス化をまねく。介護現場をアップデートせよ

傲慢な現場主義はガラパコス化をまねく。介護現場をアップデートせよ

■ 現場主義への危機感

介護の仕事は、高齢者に直接的に支援するサービス業であることから、現場で起きていることが重要となる。

現場での出来事、現場でしか得らえれない経験、現場で養われる感覚・・・こういった現場の積み重ねが、将来的なサービス提供につながる。

そのため、介護では「現場主義」という認識が強くなる。

もちろん現場主義は介護に限った話ではない。それでも、介護事業を運営していると、現場職

もっとみる

メンタルが強いとは「いつもご機嫌な自分であろう」と

努力する意思と忍耐の結果だと思う。

現場経験や感覚はエビデンスにならない

現場経験や感覚はエビデンスにならない

■ 介護のおいてエビデンスはなぜ必要?

「科学的介護」と言われても、未だにピンとこない人は多いと思う。

介護業界においても、データやシステムを活用した取り組みと思っている人たちは少なくない。

科学的介護の本質は「エビデンス」である。
つまりは「根拠」だ。

エビデンス(根拠)は、誰もが同一の認識を可能とする定量化されたデータのことである。

エビデンス(根拠)は、何事においても大切な要素だと

もっとみる

褒められるのが苦手な人がいる。

褒められるのが苦手なのは、自分が他人を褒めると
いうことをしないから。

もしも褒められる苦手意識をなくしないならば、
褒めれたとき「大した事ないですよ」などと言わず
「そう言ってもらえて嬉しいです」と感謝の言葉を
返してはどうか。