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「微アルコールビール」というチャレンジは、市場に受け入れられるのか?

お酒の適量とはアルコール20グラムまで

「まずはビールを飲んで、その後にハイボール、最後に日本酒を…」。お酒をそれなりに飲む人にとっては、こうして様々なお酒を楽しむのはよくあるスタイルです。ただし、自分が何杯飲んだのかはわかっても、「じゃあ、どれくらいの量のアルコールを摂取したの?」と問われたら、ほとんどの人は「よくわからない」と答えるはずです。

悪酔いの原因になったり、健康に悪影響があったりするのは、主に摂取したアルコールの「量」によるはずですが、これまでなかなかその量を知る手段はありませんでした。さらに言えば、どのくらいの量を目安にすれば良いかもよくわかりません。

そんな中で、大手酒類メーカーが自社商品に対して、これまでのアルコール度数に加えて「グラム数」も表示することになるようです。

これは歓迎すべきことです。飲食店ではまだ難しいかもしれませんが、商品を買って家などで飲む場合には、自分がどれくらいのアルコールを摂ったかがわかるようになるのです。

そして、お酒の「適量」にもひとつの指針が存在しています。厚生労働省が推進する「健康日本21」という活動では「節度ある適度な飲酒量」を定義しています。この量はアルコール換算で20グラムとされていますが、それぞれのお酒に置き換えると以下の通りです。

ビール:500ミリリットル(ロング缶あるいは中瓶1本)
日本酒:180ミリリットル(一合)
ワイン:200ミリリットル(グラス1杯半)
ウイスキー:60ミリリットル(2杯)

お酒の強い人にとっては「適量って、それだけ?」と感じるかもしれませんが、飲まない人にとっては逆に「ビールを500ミリも飲んでも適量なのか!」と驚くかもしれません。なお、同資料によれば、女性は男性に比べて一般的にアルコール分解速度が遅いことなどから、女性は男性の1/2~2/3程度が適当とされています。

さらに、この「健康日本21」では適量に加えて、「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」も定められています。こちらによれば、1日当たりのアルコール摂取量が男性で40グラム以上、女性で20グラム以上と定義しています。先程の適量のちょうど2倍となっています。

なお、アルコール度数と量さえわかっていれば、自身でアルコール量を計算することが可能です。

その飲み物のアルコール度数 × 飲んだ量 × 0.8(比重) = アルコール量

アルコール度数5%のビールを500ミリリットル飲めば、5%×500ミリ×0.8=20グラムとなるわけです。

ストロング系チューハイの功罪

酒類メーカーがこうした表示改正に取り組むのは、時代の要請と言えるでしょう。お酒は楽しく健康的に飲む分には良いものですが、度を超えれば自身の健康を害し、仕事や人間関係にも悪影響を及ぼしかねません。アルコールは依存性もあることから、昔からドラッグ扱いをされることもあります。

企業活動が社会にどのような影響を与えるのかという点が、近年厳しく問われるようになりました。地球環境に対して、あるいは人間の健康に対して、さらには人間社会に対して、良いことをすれば賞賛され、マイナスが大きいならば糾弾される傾向が強まっています。

アルコールに関して言えば、健康面での悪影響の可能性は否定できないので、「アルコール量の明記」のように、消費者が知ることができる情報を増やすというのは、もっともなことだと思います。

「アルコールと健康」という点に関しては、しばらく前に印象深いニュースがありました。沖縄に拠点を置くオリオンビールが、アルコール度数の高い缶チューハイ市場から意図的に撤退したのです。

近年注目を集めているお酒のカテゴリーとして、俗に「ストロング系チューハイ」と呼ばれるものがあります。通常のチューハイよりもアルコール度数が高く、その多くは9%ほどもあります。チューハイはただでさえ酒税の関係で、ビールなどより手頃な価格で入手できますが、さらに高アルコールということで、「コスパ良く酔える」のです。

先程の計算式に従えば、もしストロング系チューハイのロング缶を飲んだ場合、9%×500ミリリットル×0.8=36グラムとなります。「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」が男性で40グラムですから、1本飲んだだけでその量に迫ってしまうというわけです。

先程のオリオンビールが撤退したという記事の中に、こんな記述があります。

薬物やアルコールの依存症問題に関わるNPO団体の方が、次のような話をしてくれた。「コンビニで買った高アルコールチューハイを1~2本飲み、酔っ払って倒れるように寝る。そのような習慣を持つアルコール依存症の人はすごく多い」
ちょうどこの頃、社内ではアルコール度数の低い健康志向商品を作る企画を進めていた。われわれはアルコール依存症の温床とも指摘されている商品と同時に、健康志向のアルコール商品も作ろうとしている。そこに何か矛盾を感じた。
コンビニやスーパーでぜひ確かめてほしい。お酒の売り場がどれだけ度数9%の商品で埋められているかを。
商品訴求の優先順位において、アルコール度数の位置づけを下げる会社が1社ぐらいあってもいい。しかも健康志向の商品を作っているのだから、高アルはもうやめようとなって、2019年12月に9%商品の生産を停止した。

オリオンビールの決断は、非常に興味深いものだと感じます。

スマートドリンキング、そして微アルコールというチャレンジ

世界的にもノンアルコールビールへの注目度が上がるなど、お酒を取り巻く環境が変化していく中で、アサヒビールが昨年12月に企業としてひとつのステイトメントを出しました。それが「スマートドリンキング宣言」です。アサヒビールによれば、以下のような考えに基づいています。

「スマートドリンキング」とは、お酒を飲む人・飲まない人、飲める人・飲めない人、飲みたい時・飲めない時、あえて飲まない時など、さまざまな人々の状況や場面における“飲み方”の選択肢を拡大し、多様性を受容できる社会を実現するために商品やサービスの開発、環境づくりを推進していくことです。

具体的な活動のひとつが、前述した(度数だけではなく)「アルコール量の表示」です。そして個人的に注目しているのは、「アルコール度数3.5%以下の商品の比率を、2025年までに2019年比の3倍強となる20%を目指す」というものです。「アサヒビール=スーパードライ」と言えるくらい、同社はスーパードライ一本足の状況ですが、これを本気で変えていこうとしているようです。

この考えのもとに発売する戦略的な新商品がこちら。

「ビアリー」という名のこの商品の特徴は、アルコール度数0.5%であること。実は日本の法律では、アルコール度数1%未満のものは、「ノンアルコール」と名乗ることができるので、こちらの商品も括りとしてはノンアルコールと言えます。しかし、同社はあえて「微アルコール」という打ち出しをしているのです。

これまでも「ライトビール」や「低アルビール」などとして、通常よりもアルコール度数の低い商品はありました。しかし、いずれもうまくいったとは言えません。というのも、これまでの常識で考えれば、酒飲みにとっても、飲まない人にとっても、それらは「意味が見出しにくい」商品だからです。せっかくビールの飲むならば普通のビールでいいし、飲めない・飲みたくないならば本当の意味でのノンアルコールビール(0%)がいいとなってしまうのです。

当然、アサヒとしてはそれを十分理解したうえで、新しいシーンを切り拓いていくチャレンジです。アルコールを取り巻く人々の意識や環境は以前とは変わってきています。この「微アルコール」というユニークな商品が果たしてどのように評価されるのか、ぜひ注目してみてください。個人的には応援したいと思っています。

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