【短編小説】叶えたい夢
有名人が視聴者の夢を叶える番組が流れている。
それを見ながら、自分の夢を叶えることすら難しいのに、他人の夢を叶える力がある人はすごいなと、思ってしまう。
一緒に見ていた彼にそう話したら、彼は呆れたように口を開いた。
「叶えてもらえそうな夢を送ってるんだし、テレビ側も叶えられそうな夢をピックアップしてるんだから、そりゃあ叶えられるでしょ。」
「でもさぁ、それでもすごいと思わない?他の人の夢を叶えて、笑顔にできるのって。自分の夢を叶えるのだって、ままならないのに。」
「夢は一つとは限らないし、人それぞれだから、叶えるのが難しい人もいるかもね。君みたいに。」
私は、彼の耳元で、自分の夢を口にした。それを聞いた相手は、軽く目を見開いた後、こちらに視線を向ける。
「それ、俺に話してよかったの?」
「話した方が、それに向かって、頑張れるでしょ?」
「それ、頑張る類の夢じゃないよ。」
彼は、軽く息を吐く。
「君の夢は応援したいけど、かなり抽象的だし、自分は何の助けにもなれない。金も力もない。」
「別にいいけど。」
彼は何も言わずに私の体をぎゅっと抱きしめた。私はされるがままに、それを受け入れる。視線は相変わらずテレビに向けられているけど。
「でも、見届けてもらえると嬉しいかも。」
「それは・・遠巻きなプロポーズ?」
「そう受け止めるのは自由。」
答えたら、彼は耳元で笑った。くすぐったいから止めてほしい。
「番組、見なくていいの?」
「・・実は、夢って言葉が嫌いなんだ。」
「そうなの?」
「なんか、漠然とした感じが嫌。」
「それなら、私の夢も嫌な内容だったでしょう?」
「人の夢について、どうこう言うつもりはない。」
「そう。じゃあ、叶えたい夢はないわけね?」
「単に夢じゃなくて、目標と言い換えたいだけ。目標ならあるよ。それを達成するために、さらに細かくして、それぞれに小さな目標を立てる。それらを少しずつ達成すれば、最終目標も達成できる。」
「・・ただ、言い換えただけで、夢と同じなんじゃない?」
「まぁ、そうかもね。」
私は、彼の言葉を受けて、抱きしめられた体勢のまま、リモコンを操作した。音楽番組に変更して、腕を下ろす。
「それで、その叶える予定の目標ってなんなの?」
「口にするつもりはない。」
「もしかしたら、私も力になれるかもしれないじゃない。」
「それはいい。目標は自分で叶えるものだから、人の助けは必要ない。」
「それは、残念。」
彼の私の背中に回された腕の力が強まった。
「君の夢が叶った時に、俺の目標も教える。」
「・・その時には、既に目標は叶ってるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、それでもその時までの秘密。」
彼の声を近くで聞いてると眠くなる。合わせて、彼の体温を感じて、ぽかぽかと体が温かくなるから、余計眠気が助長される。
ふわぁとあくびを噛み殺すと、彼がまた耳元で笑った。
「それにしても、その夢って、アニメとか漫画の影響を受けすぎなんじゃない?」
「でも、いいと思ったんだもの。」
自分の人生を振り返った末に、出た言葉。私も死ぬ間際にそう言いたい。そう実感したいと思った。
その為には、日々どう生きるかが結構大切になる。
なぁなぁで過ごしたら、たぶん絶対に出てこない言葉。
画面の中では、アーティスト達が、今の時代を、多くの人々へのエールを奏でている。私たちは、言葉なく耳を傾ける。
彼らのように、多くの人を応援したり、助けたり、笑顔にすることはできないけど、自分自身や一緒にいる人に、同じことをすることは、できるんじゃないかと思う。
「本当に、私が夢を叶えるところを見届けてくれるの?」
「いいよ。」
「簡単に言うけど、簡単なことじゃないと思う。」
「ちゃんと、考えた上で答えてる。」
「本当に、本当にいいんだね?」
「念押しすぎ。」
彼が笑いを抑えるのに合わせて、体が震える。合わせて、抱きしめられてる私の身体が震えて、私の顔が熱くなって、目尻に何か滲むものがある。
彼が見届けてくれるなら、私の夢は叶うだろう。
死ぬ間際に『悪くなかった』と言える人生を送りたい。
終
サポートしてくださると、創作を続けるモチベーションとなります。また、他の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。