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【短編小説】White Sweater 前編 ♯アドベントカレンダー ♯聖夜に起こる不思議な話

この作品は、高校生の時に書いたものを、リメイクしたものです。

White Sweater 前編

冷たい風が肌に突き刺すように感じられる。
今、高校1年生の二学期が終わり、周りの生徒達はこれからやって来るクリスマス、冬休み、お正月等に思いをせ、しばらく会うことのできない友達に、しばしの別れを告げる。そんな中、都中となか優子は一人浮かない顔で川沿いの道を歩いていた。

クリスマスが・・やって来る。

『優ちゃん。25日、パーティーやるけど・・もしよかったら来てね。』
友達の亜美が戸惑いながらも言った言葉。彼女は中学も一緒だったから、一年前のクリスマスのことを知っている・・。

気なんて使わなくてもいいのにね。
優子は深いため息をつく。

優子は亜美の誘いに曖昧に答えて、教室を出た。他のクラスメート達は不思議そうにお互い顔を見合わせたが、亜美は黙って、優子の後ろ姿を見送っていた。
寒い・・。
優子は風になびく髪を押さえる。
2日、後2日で。クリスマスがやって来る。

「お母さん、明日行ってくるね。」
優子はそっと笑みを浮かべて母に伝える。
クリスマスイブ。優子の家でも、ささやかなパーティーを行う。小さなクリスマスツリーを金銀の十字架やチェーンで飾る。普段より少し豪華な料理の載ったお皿を並べ、シャンパンを開ける。この日ごく普通に行われること。食事の後、優子が告げた言葉に、母は優しく答える。

「行ってらっしゃい。」
母もそれ以上言わない。友達の亜美と同じように困ったような心配そうな笑みを浮かべている。優子は母の視線を背中に受けながら、自分の部屋に入り、ゆっくりドアを閉じる。母の姿はドアの向こうに消える。優子は後ろ手にドアを閉めたまま、自分の部屋をゆっくりと見回す。彼女の視線は洋服ダンスのところで止まった。

「・・。」
優子はタンスの一番上の引き出しを開ける。そこに合ったのは白いセーターと小箱。優子は両手でセーターを取り上げる。一目一目丁寧に編み上げられている真っ白なセーター。優子は自分より少し大きなセーターを胸に当てる。

「・・っ。」
自分でも気づかないうちに優子は泣き出していた。頬を涙が伝う。
「ひっ・・ううっ。」
涙で目が霞む。
「うっ・・ううっ。」

今だけは泣きたい。
このセーターを渡すはずだった人はいない。一年前のクリスマスにいなくなってしまった。

◇◇◇◇

「都中、帰ろうぜ。」
教室の入り口から声をかけられて、優子はおしゃべりを中断して振り返る。そこにはブレザー姿の男子生徒が笑みを浮かべて立っていた。

上矢かみや君。」
突然優子の周りがざわめく。彼、上矢青人せいとが来る時はいつもそう。青人はこの中学の生徒会長で、運動は人並みだが、幅広い知識(雑学ともいう)と多趣味を持っている。大人びていて知的なところが女子生徒に受けるらしい。

皆、誤解してるよ・・。
優子は頭が痛くなるような気がしながらも、バッグを持ち、皆のうらやましがる声を受けながら、青人のところに歩いていった。

「いつも思うけど、都中のクラス楽しそうだね。」
青人は教室の中を見て呟く。
それは君のせいなんだけど。
優子は青人に分からないようにクスっと笑った。

「あぁ、そうだ。クリスマス暇?」
「・・暇だけど・・?」
「そっか・・。」
青人はそっと髪をかき上げる。

「あの・・話したいことがあるんだ。会えないかな?」
「話?今じゃ・・ダメなんだよね?うん、いいよ。」
「・・よかった。」
青人は、ほっとしたように笑みを浮かべる。彼の黒い髪が冬の冷たい風に揺れる。優子は青人の笑顔が好きだった。

そのことを彼に伝えたことはないけど。クリスマスに伝える。絶対に。好きだって、ずっと好きだったって。
「どうか・・した?」
「・・なんでもない。」
2日、あと2日で。クリスマスがやってくる。

上矢青人は去年優子のマンションの隣に引っ越してきた。次の日の入学式に同じクラスになって、それから数日間、優子は彼が転校生であり、隣に住んでいることを知らなかった。青人が放課後に声をかけて来なかったら、気が付くのはもっと遅くなっていたに違いない。その後、何かと一緒に帰ることが多くなり、それが日課となるのに一ヶ月もかからなかった。そのため2人の間に『お隣さん以上恋人未満』という不思議な関係になってしまったのだ。

あのままでいればよかったんだ。
今になって優子は思う。
あのまま私が彼を好きにならないでいられたら・・。
ずっと変わらない日々を今も過ごすことができたかもしれないのに。彼は私の側にいてくれたのに。

胸に当てたセーターから彼のぬくもりが伝わってくる気がする。涙は・・止まらない。

◇◇◇◇

遅いなぁ・・。
優子は腕時計に目を移す。時刻は既に、青人との待ち合わせの時刻を一時間は過ぎていた。何度か彼の携帯にメッセージを入れているのだが、既読にすらならない。もちろん、電話もかからなかった。何か事情があれば、一本連絡くらい入れてくれればいいのに、それすらない。

どうしたんだろう。
優子は、最初すっぽかされたのかと思っていたのだが、段々と彼の身が心配になってきた。連絡が全く取れないのも変だ。携帯を持ち歩いていないのか、連絡できる状態にないのか。

優子は自分のバッグの中に視線を走らせた。
そこには、青人のために編んだ白いセーターが入っている。
優子は、深くため息をつくと、携帯から青人の自宅に電話をかけた。
案外、寝ていたとか、そんな他愛のない理由で来ていないのかもしれない。

もし、上矢君が出たら、思いっきり文句言ってやるんだから。

しかし、いくら待ってもコール音が流れるばかりで、相手は少しも出ない。優子は電話を切って、もう一度かける。しかし、次は自分の家に。青人本人なら自分宛に直接連絡を入れると思ったが、もしかしたら彼の家族とかから、なにかしら連絡が入っているかもしれないからだ。

『はい。都中です。』
「お姉ちゃん?優子だけど。」
出たのは優子の姉である真奈であった。優子が言葉を続けようとする前に、真奈は慌てたように優子に告げる。
『優子・・よかった。待ってたのよ。大変なのよ。』

「何かあったの?」
『それが、お隣の青人君が。』
「上矢君が、どうかしたの?」
優子はその後真奈が続けた言葉に、持っていた携帯を落としそうになった。

「わかった。ありがとう、お姉ちゃん。」
優子はかろうじて返事をすると、通話を切って、その場から走り出す。
辺りは薄暗くなり、街灯が辺りを照らし始めた。普段と変わりなく。

◇◇◇◇

足音が不自然なほど廊下に響いている。心を伝わっていく不安に体が震える感じを覚える。でもこの不安も彼の姿を見たら、消えるに違いない。彼の温かさを感じたら、彼の笑顔を見たら、消えるに違いないのだ。

上矢君。

優子は廊下の角を曲がったところで、足を止めた。その先に見知った人の姿を見たからだ。
「おばさん・・。」
「優子ちゃん、来てくれたのね。」
青人の母親はわずかに笑顔を見せた。
「おばさん、か・・青人君は?」
優子の問いに、青人の母は黙って隣にある部屋のドアを開けた。ドアから光が漏れ、二人の顔を照らす。

「あ・・。」
青人の母の目は赤く、つい先ほどまで泣いていたことが伺い知れた。それを見た優子は、心の中の不安が大きくなってゆくのに気づいていた。優子はうながされるままに部屋の中に入っていった。

部屋の中には、青人の父親がベッドをちょうど隠すようにして立っていた。青人の父は入ってきた優子の姿を認めると、辛そうな顔をした。そして、何か話しかけようと口を開きかけたが、再び口を閉じると、優子の脇を通り、母親と共に部屋を出て行った。

優子は二人が出て行くのを見送ると、しばらくそのまま立ち尽くした。
振り返りたくない。
振り返ってしまったら、そこにあるであろう彼の姿を優子は認めたくなかった。
この不安が、当たってしまったら・・?
でもこのままではいけない。振り返らないと、私の考えすぎなのかもしれないじゃない。

優子は躊躇ためらいながらも、ゆっくりと振り返った。
白い部屋の中を蛍光灯が照らしている。奥にある窓の近くに置かれた金属のパイプベッドの上に横たわっている人、その人の顔には白い布がかけられている。

ま、まだ分からないわよ。
そう思う優子の顔はひどく引きつっている。
彼とは限らないわ・・こんなの私を驚かそうとしているのよ。
優子はベッドの隣に歩いていった。そして、震える手で布を取った。

「上矢・・君。」
からからに乾いた口から言葉が零れた。自分が待っていた彼はそこにいた。今一番望んでいなかった青人の姿がそこにはあった。
「なんで、こんな。」
優子は青人の顔に手を触れる。そこから驚くほどの冷たさが優子に流れ込んでくる。それは命あるものからは与えられない冷たさ。

「いや・・。」
彼のぬくもりが伝わらない。
「いやだよ。」
彼の温かさが感じられない。
「いやぁぁっ!目を開けてよ!」
優子はその場に崩れ落ちる。

信じられなかった。認めたくなかった。もう、彼の声を聞くことも、彼のぬくもりを感じることも。私が大好きだった彼の笑顔を見ることもできない。
『あの・・都中さんですよね?』
戸惑ったように声をかけてきた彼は。
『よかった・・。』
ホッとしたように笑みを浮かべた彼は。もう。
「せいとぉぉ!」
彼女の言葉に永遠に答えることはなかった。

『交通事故に遭ったの。』

目を開いた優子は、ベッドの上に起き上がり、ぼんやりと周りを見た。見慣れた自分の部屋だった。
悪夢を見ていたんだろうか?彼が交通事故に遭って亡くなるなんて、ひどすぎる悪夢だわ。

その時、音がして、自分の母親が入ってくるのを優子は見止めた。
「お母さん・・。」
「目が覚めたのね。まだ寝てなさい。」
「待って!」
そのまま部屋を出て行こうとする母を、優子は大きな声で呼び止めた。

「優子・・。」
「私・・夢を見たの。上矢君が交通事故に遭って。」
え・・?優子は突然体温が低下したかのように寒さを感じた。
あれは本当に夢だったのか?
現実だと告げている。彼の冷たさを覚えているこの手が、彼の姿を見たこの瞳が・・確かに。

「やめてよ・・。」
確かに。
「やめてぇ・・。」
優子の目に涙が溢れる。
認めるしかなかった。
母は何も言わず、ただ優子を抱きしめた。

「お母さん・・上・・青人が・・青人がぁ!」
青人は私を置いて行ってしまったんだ。
「青人ぉ・・。」
あのクリスマスの夜に。


今回の作品は、アドベントカレンダーの企画に参加しています。

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