【短編小説】Written Invitation 招待状
私達の結婚生活は、25年を迎えた。
大切に育てた子どもたちも、成人し自分たちの世界に旅立っていった。
寂しくなった2人だけの生活は、それでも穏やかに過ぎさっていく。
何も問題はない。
たぶん、これが幸せというものだろう。
私達の間には、もう情というものしかなく、恋愛のような甘ったるい空気は少しも流れていない。
お互いを見つめる目に映るのは、無関心ではないが、特別な感情は滲まない。
ただ、時々、自分たちはなぜ一緒にいるのかと、考えることがある。
仕事から帰ってきたら、ダイニングテーブルの上に、クリームがかった色の封筒が置かれていた。取り上げて、表面を見てみると、立派な筆跡で、自分たち夫婦の連名の宛名が記載されている。
しげしげと眺めていると、同じく仕事から帰ったばかりの妻が、声をかけてくる。
「結婚式の招待状みたいじゃない?」
「確かに、そう見えるけど。」
問題は、差出人の記載がないことだ。
自分たちも結婚式をあげたから分かるが、招待状の封筒には、差出人の印刷が必ずされる。忘れるってことは基本あり得ない。
「誰か、心当たりのある人いる?」
「・・連名で来てるし、共通の友だちなんていたっけ?」
いなくはないが、大体皆結婚しているか、まったくその気配のない人だ。子どもたちの可能性も否定はしないが、招待状を出す前に、話があるだろう。
「・・取り合えず、開けてみるか。」
「そうね。」
同意をした妻がハサミを手渡してくる。それで端を切って、中身を取り出した。予想していた通り、結婚式の招待状だった。場所は自分たちが結婚式をあげたところと同じゲストハウス。日時は今から3か月後の日曜日。違うところは、出欠を知らせる返信ハガキの代わりに、ポストカードが2枚入っていることだった。
ポストカードの1枚には花婿の姿、もう一枚には花嫁の姿が、それぞれ綺麗なイラストで印刷されている。妻に、花嫁のイラストが印刷されている方を手渡す。
妻はそのイラストをじっと眺めた後、その裏面に書かれた内容を読みだした。読み終わったと思った頃に顔を上げた妻と目が合う。
「これは・・いたずら?」
「いたずらにしては、内容が凝ってると思うけど。」
これら招待状に使われている紙の質は、かなりよく、箔押しなども使われていて、個人で作ったにしてはできすぎている。業者に頼んで作ってもらったような様子がある。
だが、妻がいたずらだと思っても、仕方のない内容が、ポストカードには、記載されていた。2枚とも内容は同じ。
『さて このたび私たちふたりは
結婚式を挙げることとなりました
つきましては 日頃お世話になっている
皆さまに
私たちの門出を見守っていただきたく
披露かたがた小宴を催したく存じます
ご臨席いただける場合は
下記期日に
こちらを枕の下に入れてお休みください』
妻と自分の視線が絡み合う。
この内容をどのように咀嚼すればいいか考えていると、妻が先に口を開いた。
「これを枕の下に入れて寝たら、結婚式に出席できると言ってる?」
「そう、読み取れるけど。」
妻は、この不思議な招待状に戸惑っている様子だ。自分はポストカードをもう一方の指で弾いた。
「実際にやってみようか。」
「・・ここに書かれたことを信じるの?しかも、差出人も分からないのに。」
妻は自分よりも小説や漫画、アニメを嗜んでいるようなのに、実際に自分の身にそれが降りかかると、身構えてしまうらしい。
自分は、妻を安心させるように、極力優しい口調で答えた。
「もし、冗談だったとしても、翌朝起きた時に、やっぱりいたずらだったね、で終わるだけだろう?」
「それは・・そうだけど。」
まだ、不安げな妻の頭に手を載せ、軽く撫でた。彼女が弾かれたように、自分の顔を見上げる。
「心配なら、翌日はお互い有休をとっておこうか?」
「・・分かった。貴方がそう言うなら。」
妻は恥ずかしそうに視線を伏せた。自分は少し名残惜しいと感じながらも、彼女の頭から手を離す。
今までと何ら変わらない日常を送りながらも、時は過ぎ、招待状が指定した期日を迎えた。
並んだ布団の上に、お互い正座する。手元には、例のポストカード。
「本当に、結婚式に出席することになるのかしら?」
「さぁ、どうだろうね。」
そう答えながらも、何か自分の中に、期待というか何か湧き上がる感情がある。穏やかな日常を壊す出来事。多分自分はそれを期待してしまっている。
枕の下にポストカードを入れ、電気を消して、布団にもぐる。
興奮しているのか、普段より寝つきが悪い。うつらうつらとしていると、隣でぽつりと呟く妻の声が耳に入る。
「怖いわ。」
「・・久しぶりに抱き合って眠る?」
自分の言葉に、妻が隣でごそごそと動き、脇近くに身を寄せるのが感じられた。自分は彼女の体を引き寄せる。
「人が近くにいると、寝にくいんじゃなかった?」
「・・今日は、君が側にいたほうが寝れるかも。」
実際、腕の中に彼女の体の柔らかさや温もりを感じると、気持ちが穏やかになってきて、急速に睡魔に襲われた。彼女の呼吸も落ち着いていて、それに合わせている内に、意識が途絶えた。
「本日はお忙しい中、ご出席いただきましてありがとうございます。」
目の前で、受付係の女性が微笑んでいる。
隣に目を向けると、同じようにこちらを見つめていた妻と視線が合った。
妻は視線でほほ笑むと、軽く脇にあったウェルカムボードを示す。
『Welcome to our Wedding TSUBASA and AKI』
声が上がりそうになるのを咳でごまかして、妻とともに受付を済ませる。
人気の少ない場所に移動した後、妻の耳元で囁く。
「まさか、自分たちの結婚式に出席することになるなんて。」
「これはこれで、懐かしいよ。翼さん。」
彼女が見惚れるような笑顔で、自分を見つめるから、もう何も言えなくなる。彼女がこれだけ嬉しそうなら、それでいいと思えた。
「楽しもうよ。夢だとしても。」
「僕は少し恥ずかしいよ。亜希。」
そう答えたら、彼女はぷっと噴き出して、口を押さえて笑った。
終
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