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【短編小説】「お届け物です。」 ♯アドベントカレンダー ♯聖夜に起こる不思議な話

「お届け物です。」
玄関ドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、大きな段ボール箱を抱えた宅配便の人の姿だった。

「住所、氏名、あっていますか?」
私に向けて、宅配伝票を見せて、相手は問う。
その伝票に視線を走らせると、確かに私の住所、氏名が記載されていた。
問題は、ご依頼主のところにも、『同上』と書かれていて、しかも、品名のところには、『肉』と書かれている。

段ボール箱自体は、私がよく使っている通販のものだ。クリスマスが近いせいか、張られている紙テープが赤くて、クリスマスモチーフが散りばめられている。他にも『なまもの』のラベルがペタリと張られている。大きさで言うと、今、段ボールを抱えている人の上半身くらい。かなり大きい。

この荷物に覚えはなかったが、宅配伝票の筆跡は見覚えがあった。
だから、私は受け取りを拒否はせず、その問いに答えた。

「あっています。」
「では、ここにハンコかサインをお願いします。」
私は差し出された宅配伝票を受け取り、ハンコを言われたところに押す。
「そこに置いていいですか?」
「はい、かまいません。」

段ボール箱は、そっと玄関の床に置かれた。置いた様子を見る限り、重くはなさそうだった。

「ありがとうございました。」
宅配便の人は、キャップのツバを指先で持ち、軽く頭を下げると、玄関から外に出て行った。私はその背中に「ありがとうございました。」と声をかけた後、玄関の鍵を閉め、床に置かれた段ボール箱と向かい合う。

今日は、夕方のバイト以外予定はない。
ゆっくり寝ていようと思っていたのに、宅配便の人が鳴らしたチャイムに起こされてしまった。寝起きだから髪もぼさぼさだし、服だって寝間着のままだ。覚えのない荷物など放っておいてもいいかもしれない。
私は手元にある宅配伝票の控えに目を落とす。そこに書かれた筆跡は・・私のものだった。

その時、目の前にある段ボール箱の内側から、何かが叩くような音が響いた。私は驚いて、段ボール箱から距離を取る。何か生き物が入っていて、それが段ボール箱の側面を内側から叩いているような音だ。音がするたびに、段ボール箱がその場で震える。
あまりの振動に、段ボール箱が横に倒れそうになったのを、咄嗟に支えると、段ボール箱の上部の紙テープが破れて、中から何か飛び出してきた。

段ボール箱の隣に膝をついていた私が、上を見上げると、蓋になっていたところが外側に折り曲がり、その上に人の腕のようなものが載った。
「ここ・・どこだ・・?」
掠れた男性の声が、私の耳に入った。
慌てて立ち上がると、声を発した男性と視線が合った。

「えーっと、神木かみき?」
段ボール箱から、男性の上半身が生えていた。そして、彼は私が見知った人物だった。
「何やってんですか?山城やましろさん。」
「それは、俺が聞きたい。ここはどこだ?」
「・・・私の家ですけど。」

そう答えて、私は自分が寝起きの姿そのままであることに気づき、彼の前に両掌を掲げて、叫ぶ。
「わー、見ないでください!」
「いや、そんなことはどうでもよくて、なんで俺が神木の家にいる?」
私の外見などどうでもいいと言われるのは心外だが、それは私が問いたいことだ。

「それを聞きたいのはこっちです。何で、山城さんが宅配便の段ボール箱から出てくるんですか?」
「・・・あぁ、なるほど。俺は宅配されたのか。」
いや、そこは納得するところじゃない。
「とにかく、そこから出てください。」

彼は、私の言葉に頷くと、そろそろと段ボール箱から出てきた。その間、箱がひっくり返らないように、私がまた箱の側面を支える。
出てきた彼も、スウェット姿で、髪は寝起きのようにぼさぼさで、如何にも直前まで寝てましたという風情だった。
彼は、私を見て、大きくあくびをした。全く動じてない。なぜ?

彼は自分が出てきた段ボール箱を覗き込んで言った。
「俺は自分ちで寝てたはずなんだけどな。」
私は改めて目の前の段ボール箱を見た後、彼と同じように中を覗き込んだ。何度見ても、この中に、人一人入ることはできない。子どもなら可能かもしれないが。それに先ほどの宅配便の人だって、この箱を軽々と持っていたし、箱を抱え上げた腕にも力が入っているようには見えなかった。

まるであの青い猫型ロボットのポケットのようだ。と私は思った。
手を伸ばして、箱の内側の底を叩いてみようかと思ったが、箱が深くて手が届かなかった。その様子を見ていた彼が、前のめりになっていた私の体を後ろから支えつつ、自分の手で代わりに箱の底を叩いてみせた。軽い音が聞こえるだけ。特におかしな様子はない。

それよりも、私の体を支える彼の体の感触とか温かさが気になった。下手をすると恋人の距離だ。私は頭の中から不埒ふらちな考えを追いやって、体勢を戻すと、彼の方を振り返って言った。

「目が覚めたら、この中にいたんですか?」
「辺りが真っ暗で、横は壁っぽくて、叩いてみたけど、ビクともしなくて、上を叩いたら、何となく出られそうな気がしたから、思いきって、頭突きしてみた。」
「怪我したらどうするんですか。」
「出られないよりましだと思ったから。」

彼の説明では、先ほどの箱が揺れ始めた状況は分かったが、なぜ宅配されたのかということには答えられていない。
「ひとまず、お茶でも飲みますか?」
「おう、ありがとう。」
彼は自分の目をこする。ひょっとしたら、彼はこの状況を夢か寝ぼけていると思っているのかもしれなかった。

「で、山城さんは、この状況になる心当たりはありますか?」
彼は温かい紅茶を飲んで、軽く息をついた後、宙を見上げて、考えるそぶりをした。私も結局、服を着替えることなく、髪だけは整えて、彼の答えを待っている。
「・・・今日はクリスマスだな。」
「そうですね。クリスマスです。」

「七夕の短冊に、クリスマスは、可愛い女の子と一緒に楽しく過ごせますように、とは書いた覚えがある。」
「・・・何ですか。その願い。」
私が苦笑してみせると、彼は笑って言った。
「でも、願いは今叶った。」
「可愛い女の子はどこに?」
「目の前にいる。」

髪は整えたけど、寝間着ですっぴんの私を目にして、それを言うのは、どうかと思いますけど。
ただ、彼の言葉に私の顔は熱くなった。彼も私の様子を見て、顔を赤くする。今更ながらに、自分の言葉に恥ずかしくなったらしい。

「どちらにせよ、夕方のバイトまで、まだ時間はある。神木は何か予定があったのか?」
「いえ、何も。」
「なら、もう少し、ここにいてもいいか?」
「いいですよ。何ならケーキも食べましょう。」
「ケーキ。」
「ええ、自分で楽しむためにケーキ買っておいたんです。ホールで。」

私の言葉を聞いて、彼はその目を見開いた。
「それは一人で食べきれるのか?」
「数日に分けて、食べるつもりでした。でも・・早めに食べた方がケーキは美味しいでしょう。」
「・・・バイトの前に家に帰らないとならないが。」
「サンダル貸します。足入るといいですけど。でも、家の鍵空いてるんですかね?」
「・・どうなんだろう。」

困ったように呟く彼に、「お茶、新しいの入れますね。」と言って、背を向ける。七夕の願い事『今年のクリスマスに、好きな人と2人で過ごせますように』が叶ったなと、彼に見えないようにほくそ笑んだ。

願い事から、七夕しか連想できなかった貧困な頭の私。


今回の作品は、アドベントカレンダーの企画に参加しています。

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