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プラネットログ 002

 西暦五〇二一年三月二十一日。午前九時二十六分。ハマル星系、大型第一宇宙ステーション。――通称コニハ・ステーション。
 その十一番パッドに到着した私は機体の中から燃料補給を頼み、ヘルメットを脱ぐ。そのまま機体から降り、同じパイロットが集まるデッキにエレベーターで向かった。

「ここがコニハ・ステーション……大型とは聞いていたが、これほどまで大きいとは」

 球体を模した多角形型のステーション。その大きさは小型から大型まで、ありとあらゆる機体を停めておくことができるサイズだった。
 しばらくの駆動音の後、ガコンという音共にエレベーターが止まると扉が開く。エレベーターを降りると、「テオドール・ハイネン君ですね」という声と共にやって来る若い男性の姿。

「私はこのステーションを取りまとめるステーション長、ビリークと申します」

 突然の自己紹介に驚いて固まってしまったが、気を取り戻して慌てて自己紹介する。

「はい。テオドール・ハイネンです。……ステーション長が、どうしてここに?」

 そう聞くと、ステーション長は恥ずかしそうに答えてくれた。

「君の持ってきたデータが欲しくて待ちきれなくてね」

 確かに、卒業試験を受けたステーションで合否通知のメールと同時に、データを受け取っていた。各自、受け取ったそれを指定された星系のステーションに持っていくことが最初の仕事……なのだが。ここまで歓迎、ではないが待たれていたとは。

「それでは、こちらが件のデータです」

 そう言ってデータを渡せば、にこやかに笑い早速確認するステーション長。ころころ変わる表情に、私はハラハラしながらも見守っていた。一通り読み終わったステーション長が口を開く。

「君にお願いしていたこのデータはカウカ星系に住んでいる友人からのメッセージでね。楽しみにしていたんだよ」

 カウカ星系とは、卒業試験を行ったステーションのある星系。聞けば、新人パイロットの初任務にはこのようなプライベートなデータの輸送を任されるらしい。よくよく考えてみたら、重要な機密データを新人パイロットに任せるはずもなく。

「君は新人パイロットだろう?次の仕事は受けたかい?」
「いいえ、まだですが……」

 ステーション長の話に首を横に振れば、それなら。と手を握られる。

「少しこのステーションを見て行かないかい。きっと役立つものだと思うよ」

 引っ張っていかれた先は、ステーション内部の農業区画。
 コニハ・ステーションでは、ハマル星系や周辺星系の食料生産を引き受けているらしい。そして、その食料が私達パイロットによって周辺星系へと運ばれる。代わりに、工業系のものなどは輸入する。――周辺星系との需要と供給を満たしたステーションになっているらしい。パイロットにとっても、輸送という仕事ができるので、人が集まる。という話らしい。

「でも最近少し、水が足りなくてね」
「水、ですか」

 水と言えば、植物やそれこそ人間の生命活動においても必要不可欠な要素だ。水が無ければ植物は育たない。それこそ、食料生産にも影響が出てくると思うのだが――。

「そう、君が考えている通り、食料生産の効率が悪くてね……。いつもは決まって氷が採れる星系のステーションから送ってもらっているんだが、なぜか最近届かないんだ。送った輸送機が全滅しているらしくてね」

 これは困ったことになっていると、私でも分かる。どうすべきか悩んでいると、ステーション長はこう続けた。

「脱出ポッドで帰ってきた者たちの話からすると、どうやら水を狙った宇宙海賊がいるようなのだ」

 宇宙海賊といえば、機体の積み荷から価値のある物を盗り売りさばく犯罪者のことを指す。一般的には価値のある物を盗っていくのだが……水まで奪うとは。

「……しかし、水って――」
「ああ、水はこのご時世、価値は小さい。他の鉱石類などだったら分かるのだが……」

 大量に売っても、二束三文。奪うにしても、収入よりリスクの方が大きい。

「何か裏があるのでは」

 それが私の考えだった。

「確かに。そうとも考えられる。だが、水不足も深刻なんだ。そこで君には――」

 いつの間にか丸まっていた姿勢を、もう一度良くする。
 それにステーション長は微笑むように笑った。

「君には、一般的な輸送屋として水を運んできてもらいたい。もちろん、今乗っている機体に入る分だけでいい。私たちはそれを買い取ろう」
「あくまで、フリーランス。独立したパイロットとして。ということですね」

 あくどそうな笑みを浮かべて話すステーション長に、自分の役割を理解する。
 これは、あくまで『私個人』が、水の買い取り金額が高いこのステーションに、水を運ぶ『貿易』をするということ。

「初めての依頼が、このような形になってすまない。……よろしく頼むよ」

 農業区画を出て、自身の機体が格納されているドックに戻る。ヘルメットをかぶり、自動出航の申請。自動出航は問題なく作動し、ゆっくりとステーションを出ていくことに成功した。飛び出したところで、前もって受け取っていたステーション長からのメールを確認する。
 ステーション長からのメールに書かれていたのは、今まで水の取引をしていた星系と、そのステーション名。ニクス星系大型第一宇宙ステーション、コロニー・ダイダム。その星系の方向を向き通常航行モードから超高速モードへと入った。

「さて……何が起きてるのか」

 確認をするためにも、先ずは向こうの星系、ステーションに着かなくてはならない。
 ――私は、何事もないことを祈りながら船を飛ばした。


つづきはこちら。


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