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声劇「愛しの時間泥棒へ」(男女逆転版)

「愛しの時間泥棒へ」
(作・煌々亭ぺんぎん)

男1:女1(男2、女2での上演可)

上演時間目安:40〜50分

【登場人物】

間島 歩未(ましま あゆみ)
高校生→警察学校生徒→警察官→刑事
特技は剣道。適度に真面目で、適度に不真面目。
基本的には善人で人懐こい。静夜とは腐れ縁。

時遠 静矢(ときとお しずや)
高校生→警察学校生徒→警察官→退職
規則やマナーにこだわる馬鹿真面目な性格。決めたことは必ずやり遂げる意志の強い人物。姉と弟がいる。
※弟・光留(ひかる)との兼ね役を推奨。

【本編】

【高校。校門付近】

静矢:そこの人、遅刻ですよ!

歩未:(そいつに出会ったのは、高校のとき。
それなりに授業受けて、全力で部活やって、帰るころにはくたくただった。
睡眠時間が足りなくて、朝なんていつも遅刻ギリギリだったけど、遅刻したのはあの日がはじめてだった)

歩未:もう5mで校門じゃん!多めに見てくれたっていいでしょ?

静矢:残念でした。僕、そういうなぁなぁにするの、大嫌いですので。

歩未:くっそ。こいつに当たったのが運の尽きか。

静矢:そういうことです。

歩未:てかよく見たら、学年同じじゃん。なんで敬語?

静矢:深い意味はありませんが。少なくとも失礼には当たらないでしょう?

歩未:あ、あんたのこと思い出したかも……確か、風紀委員の……とき……?えーと?

静矢:時遠 静矢(ときとお しずや)です。へえ、僕って有名人ですか?

歩未:悪い意味でな。

静矢:じゃあ、僕にとっては良い意味で、ですね。

歩未:いい性格してんな、お前。

歩未:(幸い、そのあとはギリギリ遅刻を免れつづけたあたしは、時遠とは話すことなく卒業した。
なのに。)


【警察学校。入学式直後】

歩未:なんで、警察学校にお前がいんの?

静矢:僕が警察官目指してたらおかしいですか?

歩未:いや、そんなことない、むしろ納得だけど。

静矢:ルーズな人だと思ってたけど、意外と記憶力は良いんですね?一度しか話してないのに。

歩未:その一度が強烈だったからな。お前こそ、一回注意しただけの生徒、よく覚えてたな。

静矢:いつも遅刻ギリギリでしたから。前から目をつけてたんですよ。

歩未:うわ、真面目かよ。あたしじゃなかったら、ストーカーで訴えられてるんじゃね?

静矢:失礼な。

歩未:執着レベルがえぐいんだっつの。たかが委員会にそんな熱心になれるもん?

静矢:始めたからには手を抜けないんです。まあ、間島さんの顔はだいたいの生徒が知ってたんじゃないですか。

歩未:んー?ああ、部活で割と表彰されてたからな。集会で顔覚えられてるか。

静矢:剣道部のエースなら、警察官はお似合いですね。特技を活かせます。

歩未:体力も人並み以上にはあるしね。時遠はそういうタイプには見えないけど。

静矢:ここで鍛えるから問題なしです。

歩:それ、大丈夫かよ。ちなみに何部だったん?

静矢:帰宅部のエースです。


【警察学校グラウンド】

歩未:(警察学校の授業は元運動部でも正直きつい。なのに)

静矢:ハァ……ハァ……くっ……。

歩:(あいつ、もう周回遅れだろ?何周遅れてる?ってレベル)

静矢:はい、あと5周追加……それから、遅れてる分も、走り終わってから、戻ります。

歩未:(あーあ、またペナルティ喰らった。目標タイムには遠く及ばないもんな)

歩未:お先、時遠。あんま、無理すんな。

静矢:……。



歩未:(日が暮れる。校庭に明かりが灯る。あいつは、まだ居た)

歩未:マジで、走りきったの?追加分も全部?

静矢:……ハァっ……当たり前、です。

歩未:このままじゃ身体壊すだろ。適当なとこで切りあげれば良かったんだよ。教官も帰ってたんだから。

静矢:関係ありません、僕のためですから。

歩未:その執着、なんなの?

静矢:どうしてもなりたいんです、警察官。

歩未:なんで?

静矢:悪を見逃したくない。

歩未:悪って、なんだよそれ。ああ、遅刻する剣道部エースとか?

静矢:エースとか、表彰とか、関係ない。やったことは、相応に裁かれるべきでしょう?

歩未:ムキになるなよ。

静矢:要件は何です?無様な男の姿を笑いに来たんですか?

歩未:そんなに性格悪く見える?ほら、水分補給は大事だぞ?

静矢:ありがとう、ございます。いただきます。

歩未:いーえ。頑張ってる奴は嫌いじゃないんで。

静矢:間島さんも、頑張ってますよね。

歩未:ま、それなりに。ていうかさ、もう敬語やめない?礼儀正しいのは良いことだけどさ、あたしらもう礼儀とか気にする感じじゃないし。

静矢:親しき仲にも礼儀あり、とも言いますが。

歩未:お前なー、こっちが歩み寄ってんだから、少しは譲れよぉ。

静矢:冗談だよ。でも、お前呼ばわりはいただけないな。

歩未:えー?じゃあ、時遠?

静矢:静矢、と。

歩:まじか。

静矢:歩み寄り、です。

歩:はは、なんだかんだノリ良いよな、お前……じゃなくて静矢か。あたしはね。

静来:歩未。

歩未:!

静矢:そんなに驚くことかな?フルネーム聞く機会くらい何度もあったけど。

歩未:そりゃ驚くわ!さっきまで敬語だった奴に急に名前呼ばれたらさ。

静矢:ふっ。

歩未:覚えた。お堅い風気委員気取ってた割に、冗談もイタズラも好きなんだな。

静矢:罪のないイタズラはね。


【外出日。それぞれの実家に帰っている。映画館で待ち合わせる歩と静来】

静矢:はぁ……間に合って良かった。

歩未:どうした、そんなに息切らして。暑そうだし、とりあえずボタン外せば?第一か第二くらいまでなら平気だろ。

静矢:映画、遅れたくなかったから。僕の見たいのに付き合ってもらうんだし。

歩未:寝坊?って静矢に限ってそれはないか。

静矢:電車が遅延した。でも遅れたくなかったから。

歩未:連絡してくれれば、ぜんぜん待ったのに。

静矢:嫌なんだよ。

歩未:え?

静矢:歩未と過ごす時間は1秒だって惜しいから。

歩未:な……!?

静矢:……な、なんて、少女漫画のヒーローなら言うのかな。

歩未:ま、まぎらわしいこと言うな!

静矢:ごめん、出来心で。あんなに驚くとは思わなかったよ。歩未は僕の性格、よくわかってるからさ。

歩未:そりゃね。馬鹿真面目で、何事もきっちりしてないとダメで、

静矢:(遮るように)馬鹿は余計。

歩未:あと、絶対貸し借りは作らない、とか?

静矢:……!そうだね、そういうのは好きじゃない。対等じゃないのは。あと、金の切れ目は縁の切れ目っていうし?

歩未:なに?意外に守銭奴?

静矢:お金は大事だよ。

歩未:お金じゃ買えないものだってあるだろー!

静矢:……。

歩未:ん、どした?

静矢:何でもない。あ、ほら、さっきの驚きもお金じゃ買えないよ?青春の思い出、みたいな?

歩未:あたしの純情を返せ。

静来:ごめんってば!そもそも相手が僕じゃときめきもなにもないでしょ?

歩未:……。

静矢:黙られると傷つくなぁ。ま、今はそれどころじゃないか。明日も地獄のロードワークだ。

歩未:そう、だな。青春なんてのは、今のあたしたちには無縁だ。

静矢:今は、か……僕は……。

歩未:なに?

静矢:なんでもないよ!ほら、入ろう!立ち話のせいで映画遅れるなんてありえない。

歩未:静夜の全力ダッシュを無駄にするのもなんだしね。

静矢:そうそう!ノーモア、時間泥棒!

歩未:はは!なんだそれ!ほら、行くぞ。

【数年後。警察署屋上】

静矢:はぁ、間に合った。

歩未:当直明けに階段ダッシュとは恐れ入るな。

静矢:ハァ……ふう……死ぬかと思った〜。

歩未:真面目かよ。

静矢:真面目ですよ、僕は。

(間)

静矢:お久しぶりですね 、間島刑事。

歩未:なんだよその呼び方、むず痒いな。

静矢:職場で名前呼びはさすがに憚られました。

歩未:誰もいないからいいじゃん。

静矢:規律は大事だと思うけど?それにさ、刑事って呼ばれるのは悪い気しないでしょ?

歩未:そりゃね。やっぱ警察官たるもの憧れるだろ、刑事課は。

静矢:万年遅刻ギリギリ警官に、先越されるとはなー。

歩未:あのね、そりゃ静矢もかなり体力ついたよ?でも逮捕術も取り調べもあたしの方が成績良かったのお忘れかしら?現場は実力主義の世界ですので?

静矢:めちゃめちゃ嬉しそうじゃないか、間島刑事。

歩未:嬉しいけども。でもさ、こんなん誤差みたいなもんだよ。

静矢:どうだろね。

歩未:静矢は自分に厳しすぎ。もっと自分を褒めてやれよな〜。

静矢:それは、なんていうか……苦手だな。

歩未:しょうがない!あたしが褒めてやるか!ほーら、よーしよしよし!

静矢:わぁ!ちょ、いたた、それ褒めてるうちに入らない!僕は犬じゃないんですけど!
(笑いが徐々に消え、間)

歩未:んで?最近、調子どうだ?

静矢:そうだね、無力さを実感してるよ。自分を褒めるなんて到底無理だ。

歩未:ごめん、深刻な話だった?

(静矢、深く呼吸をして、話し始める)

静矢:最初は、よくある身内トラブルに見えた。
僕の詰めてる交番に男性が駆け込んで来たんだ。「彼女に殺される!」って。
追いかけて来た彼女は至って普通の女の子というか、体格差も考えたら男性をどうにかできるようには見えなくて。
彼はまだ取り乱してたから交番の先輩に任せて、僕が彼女の対応をした。
彼女、不安そうな顔で僕に説明したんだ。
彼が精神を病んで、病院に通ってるって。

歩未:それは、彼女の嘘?

静矢:過去には通院歴があったらしい。でも、そのときは行けてなかった。
彼女が行かせないようにしてたんだ。そのときは知るよしもなかったけど。
それで……あとから先輩に聞いたら「あの2人は常連さんだから」って呆れた顔で言った。

歩未:ああ。ケンカするたび、死ぬだの殺すだのって話になって警察の世話になるカップル?
たしかによくある話だね、交番勤務やってると。

静矢:うん。僕もそういう話はよく耳にしてたから。ましてや彼女は体格で劣る女の子だ。彼の「助けて」も「殺される」も一気に信頼度が落ちちゃったんだ。彼の訴えが被害妄想に思えてきて。
だから、そのあとも何度か彼が駆け込んで来たのに、真摯に話は聞けなかった。

歩未:そう、か。

静来:でも最後に会ったときの彼は明らかにおかしかった。頭から血を流してたんだ。

歩未:彼女は?

静来:彼女からは110番通報があった。彼に殺されそうになった。今すぐ来て欲しいって。
家には、僕が行くことになった。家は荒れてて。
その日は、妄想のせいで頭に血が昇った彼がついに包丁を持ち出したって。必死に抵抗してたら、彼が勢い余って転んで机に頭をぶつけたって。

歩未:状況が逆転した訳ね。しかし、男女でこうも対応に差が出るか。

静矢:DVは男性がするものって感覚は、いまだに根強いからね。僕だって、無意識にそう思ってたんだから。

歩未:さっき最後、って言ったよな。それって。

静矢:うん。それを最後に彼は交番には来なくなった。

歩未:それは……(彼が殺された?)

静矢:彼……彼女を刺し殺したから。

歩未:……そうか。彼が、殺したんだな。

静矢:証言は取れてないけど、状況証拠は充分。
それから、SNSのアプリがログインしたまま残ってててね。彼が受けたDV被害の内容がつづられてた。言葉の暴力や外出の制限、食事の制限。ひどいものだったよ。

歩未:たしかに日記は証拠能力があるけど、それより彼自身の言葉は?取り調べ、受けたんだろ?

静来:彼の証言は、たぶんもう取れない。

歩:……心身喪失、か。

静矢:責任能力が問えないなら、罪は軽くなるだろう。でもそれが、彼の救いになるのかな?
彼がどんなに被害を訴えても、ずっとずっとなかったことにされてきたんだ。「あの人、病気なんです」「ぜんぶ妄想なんです」って、みんな彼女の言葉を信じた。
彼と周囲の「記憶」はどんどん食い違って。
そうやって精神は追い詰められていく。
僕は何度、彼の「記憶違い」に加担したんだろう。

歩未:……そんな言い方、やめろよ。

静矢:世界で一番好きなはずの人に言葉で暴力振るわれて、周りも、警察すら助けてくれなくて、きっと思っちゃったんだ。

歩未:なにを?

静矢:結局、自分の問題は、自分でなんとかするしかない。

歩未:……。

静矢:ってさ。
ねぇ、歩未。どうして人を殺してはいけないんだろう。

歩未:……静夜?

静矢:ううん、なんでもない。……彼、どうしたら助けられたんだろうね。

(言葉を失くす歩未。そこに着信が入る)

歩未:はい、間島……はい、了解しました。現場に急行します。

静矢:仕事、だね。

歩:悪いな、こんなタイミングで。

静来:ううん、いいんだ。答えが欲しかったわけじゃないから。それじゃあしっかりね、間島刑事。

歩未:ああ、またな。

歩未:(初めて聞く、心細げな声が、心に引っかかっていた。
静矢が警察を辞めたと聞かされたのは、その少し後のことだった。
電話にもメッセージにも反応がなくなり、退職の理由を聞くこともままならなくて。
事件に追われ、電話をかける頻度も減っていった頃、その事件は起こった)

【現在。現場の廃ビルに駆けつける歩未。相棒の今居が同行】

歩:今居、間島、現着しました。これより、……容疑者、と接触します。
今居さん!待ってください。説得、あたしに任せてくれないですか?
……はい、あいつは、あたしの。

【※ここから、歩未役の方が女のうめき声を兼ねても構いません※
廃ビルの一室。縛られ、猿ぐつわをされた女。傷だらけ。一部の傷からは血が流れ出し、また一部の血は乾いて皮膚に張り付いている。急所はわざと外されている。
女は助けを求めるようにくぐもった悲鳴をあげている。傍らにはナイフをもった静矢。
床にはいくつかの死体が転がっている。死んでから数日経っているものもあれば、まだ死んで間もないものもある。】

静矢:ああもう、暴れないでよ。みっともないなあ。人の命は簡単に奪うくせに、自分の命は惜しいんだ。
ひとごろし……お前が姉さんを殺したくせに!

(静矢、ナイフで男の腕を斬りつける)

静矢:うるさい!うるさい!こんな傷で泣き叫んで!姉さんはもっともっと痛かったんだ!
痛すぎて、生きることに耐えられなくなるくらい!

(別の箇所を斬りつける。傷は浅いが、血が流れ、女がくぐもった声で絶叫する)

静矢:姉さんの死は、自殺なんかじゃない!お前らが殺したんだ!
お前らが何の罪もない姉さんを、遊び半分でいじめて!居場所をなくして!心をズタズタにした!

(さらに斬りつける。女のうなり声を鬱陶しそうに遮る静矢)

静矢:うるさいんだよ、お前!姉さんの悲鳴は、ぜんぶぜんぶなかったことにされたのに!
クラスメイトにも先生にも無視された!
家族には心配かけたくなかったんだろうね、僕たちの前ではいつも笑ってた!優しい人だったんだ!

静矢:(独り言)どうして、気づけなかったんだろう。
だから、せめて、姉さんが出来なかった分、僕が償わせるよ。……ごめんね、姉さん。

静矢:迷ったけど、お前を最後にして良かった。やっぱり他の奴の死体を見せたかったから。

(ゆっくりと刃で頬の皮膚をなぞる)

静矢:よくある刑事ドラマみたいにさ、主犯を仕留め損ねるリスクは避けたかった。
でもお前にはやっぱり最大の苦しみを味わって欲しかったから!だからお前の取り巻きから殺したんだ!うまくいってラッキーだったなぁ!

(女の髪を掴んで下を向かせる)

静矢:ほら!見ろよ!お前のお仲間はみーんな死んじゃったんだ!
目を逸らすな。お前もこうなるよ。でもね、それでも足りない。お前らのしたことは、死んだって償いきれない!
泣くなっ!こいつらが見えなくなるだろうが!
あー、それとも役立たずの目から潰してやろうか!?

(走ってくる歩未と、その後を慎重に着いてくる今居)

歩未:静矢!お前、何やってんだよ!

静矢:……そっか、来てくれたんだね。
ああ。同期だから説得できる、とか駄々捏ねたんでしょ?想像つく。

歩未:そいつ、誰だよ!お前にひどいことしたのか!?
だったらあたしがとっ捕まえるから!お前はそんなことしなくていい!

静矢:ふふ。犯人に対してその言動は駄目だよ。

歩未:犯人って……。

静矢:どこからどうみても僕が加害者でしょ?か弱い女性を拉致して、暴行と監禁の現行犯。

歩未:それは……。

(静矢、足元の死体を強く踏みにじる)

静矢:はい、これで死体損壊!
そもそも死体遺棄の容疑もかかるよね、この惨状じゃ。捜査を楽にしてあげようか?
床に転がってるのも、ぜーんぶ僕が殺したよ。

歩未:やめろよ!なあ、何か事情があったんだろ!?

静矢:事情、ね。あるよ。だから僕は、抵抗でもなく、報復でもなく、自分の意志でこいつを殺す。

歩未:やめろ!これ以上、罪を重ねないでくれ!

静矢:断る。僕の最後の仕事は、決まってるから。

歩未:(彼がナイフを振り下ろす。それは的確に頸動脈を傷つけたのだろう。見たこともないような量の血が、飛沫(しぶき)を上げた。すでにあれほどの血を流しているというのに、どこに残っていたのかと思うほど。ひとごとのような思考のあとで、現実が追ってくる。「あたしは、間に合わなかった」と)

静矢:はぁ。間に合って良かった。

歩未:(心底、安心したような声は、警察学校で過ごした頃の静矢を思い起こさせた)

(銃を構え直す今居。歩未、発砲の気配を感じ叫ぶ)

歩未:ッ!今居さん、お願いだから、撃たないでくれ!!こいつは、理由もなしにこんなことする奴じゃないんだ!あたしを、信じてください。お願いします!

静矢:相棒さん、不服そうだよ?そりゃそうだよね、間違ってるもん。ね、間島刑事?

歩未:黙れ!

静矢:怒られちゃったか。

歩未:静矢、どうしちまったんだよ!

静夜:どうもしてないよ。僕はもともとこんな人間なんだ。本当はずっとこうしたかったんだよ。

(静矢、死体をちらと見る)

静矢:ねえ、どうして人を殺してはいけないと思う?

歩未:え?

静夜:法律で決まってるから?

歩:それは否定できない。罰則があることは少なからず、抑止力になってるはずだから。
でも、そんなこと関係なく、人はそう簡単に人を殺せない!
お前だってそうだろ!?

静矢:つまり、殺人が許されないのは、倫理的な問題ってことかぁ。

歩未:たしかに、親とか先生とかに散々言われて来たよな。でも、違うだろ?

静矢:何が違うの? はは、出来の悪い生徒でごめんね。

歩未:なんで笑うんだよ!本当、らしくない!
……人はさ、法律とか倫理とか小難しい理由じゃなくて、もっと根っこの部分で、他人を傷つけるなんてできないはずだ!
あたし、間違ってるか!?

静来:そんなことない。歩未みたいに正しい人間なら、人の尊厳を奪うのに抵抗を覚えるよ。
でも、そういうセンサーが壊れてる奴らもいる。

歩未:そのぶっ壊れてるのが、そいつらだって?

静矢:んー、半分正解。
まずは、姉さんの尊厳を簡単に踏みにじったこいつらだよね。
でも、まだいるでしょ?

歩未:……まさか。

静来:そう、こいつらを殺すことに一切の罪悪感を持てなかった、僕。

(静矢、軽やかに笑う)

静矢:僕はね、思うんだ。人殺しが罪なのは、人の時間を奪うからだって。

歩未:時間を、奪う……?

静矢:人が死ねば、その人が生きるはずだった"残り時間"がゼロになっちゃうわけでしょ。その人が自由に生きて、自由に選択できた時間を。

歩未:……そう、かもな。

静矢:だからさ、人を待たせるのもある意味、殺人だと思うんだよね。5分遅刻したら5分間ぶんの重さの殺人を、その人は犯してるんだ。
小さすぎて、お目こぼしされてるだけ。

歩未:静矢、だからあんなに。

静夜:こいつは姉さんを殺した。まだ10代の人間の残り時間を奪った。まあ寿命なんてわからないものだけど、人生80年っていうしね、それなりに長い時間が残ってたんじゃないかな。

(怒りが湧き上がる静矢)

静矢:でもね、裁けない。こいつらのせいで姉さんは死んだのに、こいつらは"手を下してない"から!
法律も倫理も世の中も、姉さんは自殺したって言う!こいつらの、殺人なのに!!

歩未:……!

静矢:君もさ、復讐なんて無意味とか言う?
意味ならあるよ!僕の気が済む!
こいつらに待ってたはずの時間も可能性も奪い尽くす。それが、それだけが、僕の満足する方法だったんだよ!
……こいつらを殺して、今やっと僕自身の人生が始まった気がするんだ。はは、常識で考えたら、むしろ終わってるんだけどね。

歩未:まだ終わってない!

静来:終わってるよ?転がってる死体の数、見える?間違いなく死刑だ。

歩未:それでも、お前のいう残り時間は、まだ残ってるだろ!(距離を詰めようとする)

静矢:来るね!!(ナイフを歩に向かって振る)

歩未:ッ!やめろ!

(今居、ついに見逃せなくなり発砲)

静矢:……!

(撃たれてうずくまる静矢)

歩未:……あ。今居さ……。

静矢:……あは、ははは。

歩未:静矢!待ってろ、すぐ止血する!
(倒れる静矢に駆け寄る)

静矢:あーあ……でも、良かった。ちゃんと殺せた。間に合った。
よくやったぞ、僕。たくさん、たくさん、我慢したけど……ここまで生きてて、よかった……。

歩未:(静矢の手を強く握って)諦めるな、馬鹿!

静矢:駄目だよ、警察官が殺人犯の手なんて握ったら。

歩未:静矢は静矢だろ!あたしの同期で、友達で、それで。

静来:はぁっ……くっ……な、に?

歩:あたしの好きな人だ。

静来:……!

歩未:どうして、こんなことに!もっと早く、伝えてれば。

静矢:違うよ。

歩未:え?

静矢:僕はきっと。君の手を、拒んだはずだ。

歩未:静矢。

静矢:だから、責めないで。他人の分まで、背負わないで。苦しまないでよ。……でも、僕は……そんな、あゆみ、だから。(体から力が抜ける)

歩未:静矢……?なあ、逝かないでくれよ!静矢!
あ、ああ……。な、ほら……返事、まだだろ?あたしの一世一代の告白、無駄にしてくれるなよ、静矢……静矢!

歩未(静矢。お前の最後の言葉、「好き」だったんだよな。
本当は伝わってたんだ。
でも静矢の声で聞きたかった。
大事なことは、さいごにとっておくんじゃなくて、最初に言わないと駄目だろ。
でもさ、お前らしいよ。
だって、あたしの心を優先したんだろ。
「好き」って言葉より、あたしを気遣う言葉を優先したんだ。
あたしはお前を止められなかったのに)

歩未:(馬鹿みたいに真面目で、貸し借りが嫌い。
そんで、すっげー頑固。
そういう静矢が好きだったけど。
そういう静矢だから、1人で抱え込んじゃったんだとしたら)

歩未:大馬鹿野郎だ、あたしも、お前も……!

【時遠家代々の墓がある墓地】

歩未:(静矢は、姉と同じ墓に葬られた。
父親はひどくやつれて頼りなく立ち、母親は抜け殻のようになっていて、残された妹が細い体で母を支えていた)

光留(静来の妹):間島さん。

歩未:光留(ひかる)、さん。

光留:この度は、ご参列いただきありがとうございます。今後のことも、相談に乗っていただいて。

歩未:(元警察官の凶行。あの家族がどんな悲惨な扱いを受けるかは、馬鹿でもわかった)

光留:兄の弔いが終わり次第、引っ越すことになりました。
あの家に住み続けるのは、やっぱり難しいので。

歩未:(心の傷を癒す間もなく、遠くへ。そこに静かな生活があることを祈る)

光留:お墓参りにはなかなか来られないと思いますけど、兄ちゃんと姉ちゃんは一緒だから、少しだけ安心かな……。

歩未:恨んでは、いないんですか、お兄さんのことを。

光留:全く恨んでいないと言ったら嘘になります。
でも、姉ちゃんをあんな目に遭わせた人たちを許せないのは、俺たちも同じで……。
ごめんなさい、まだ整理がつかないですね。

歩未:あ……!いえ、申し訳ありません!こちらこそ、酷な質問を……。

光留:いえ。

歩未:(静矢、お前はそれで良かったのか。
お前の覚悟は半端なものじゃなかった。けどさ、弟やご両親の姿を見たらさすがに後悔したんじゃないか)

歩未:……。
光留:……。
(しばし言葉を探して黙り込む両名)

歩未:(時間を奪うのが罪ならば、静矢が殺したあいつらは確かに殺人犯だったのだろう。だって。
静矢の人生は復讐に塗り替えられた。静矢の自由を、静矢が掴むはずだった幸せを、残り時間を奪ったのはあいつらだ)

光留:間島さんは、兄の同期だったんですよね?間島さんから見て、兄はどんな人でしたか?

歩未:馬鹿野郎。

光留:え?

歩未:馬鹿みたいに真面目で、馬鹿みたいに頑固な、ちっとも友達に頼らない、馬鹿野郎でした。

光留:あ……!はは、兄のことを馬鹿なんて言う人、初めてです。

歩未:すいませ……(涙が溢れる)

光留:ハンカチ、良かったら使ってください。
俺、まだどこか現実味がなくて。使うのはまだ先になりそうなんです。

歩未:(どことなく静矢に似た笑顔を残して、弟は去っていく。いつの間にか、墓の前にはあたし一人しかいなかった)


歩未:静矢、あたし、待つよ。
最後まで生きて、その後、あの世で静矢の返事聞きに行く。それまでずっとずっと待つよ。
この意味、わかるか?
なあ静矢、とんでもない遅刻だな。でっかい借りだな。
ざまあみろ。お前の嫌いなやつ特盛りセットにして持ってってやる。
はは、こんなやつ他にいなかっただろ?
あたしだけが、お前の特別だ。重いって言っても知らねぇからな。あたしに想われたのが運の尽きだ。
ざまあみろ。……ざまあみろ(泣き崩れる)

歩未:(静矢の時間が欲しかった。あたしの時間を全部あげたかった。けどお前は、あたしの時間だけを奪って先に逝ってしまった。
待ってろ、必ず追いついて捕まえるから、)

【???】

歩未:時遠 静矢、逮捕する。容疑は、

静矢:(僕の罪は、殺人と監禁、死体遺棄に公務執行妨害、エトセトラ。
それからーー時間泥棒)


(了)

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