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#2 入社式 〜孤独との戦い〜

新入社員が自分1人だけという想定外の状況を未だ飲み込めないまま、たった1人での入社式が始まる。

総務部人事担当の田代さんに案内され、着いたその場所は50人は入る大きな会議場。

その広い部屋の奥側にズラリと10名の会社上層部と思しきおじさん達が座っており、1人しかいない新入社員の僕を待ち構えていた。

そして……その広い部屋のど真ん中に寂しげにイスが1つ…

目の前に現れたこの状況に一瞬、気圧されて部屋に入るのを躊躇するも、また次の瞬間に気圧されるなオレ!負けてたまるか!と気合を入れ部屋に入って一礼する。

中央のイスまで歩いて行く、その1歩1歩が寂しさをさらに強く感じさせ、その間に降り注がれる視線が1度は奮起したはずの心を少しずつ萎縮させていった。

イスにたどり着いた時には、部屋に入る時の気合いと勢いはすっかり消えうせ、強い孤独感だけが全身を覆った。

田代さんの指示でその寂しげなイスに着席する。
その時、待ち構えていたおじさんの誰かが言った。

「いやー新入社員1人は寂しいよね。わざわざこんな大きな部屋じゃなくても良かったのにね。かえって緊張するよねー」

それを合図におじさんたちは皆笑ったが、僕は愛想笑いができていたか定かじゃない。

もちろん、緊張をほぐすために言ってくれた気遣いの言葉だが、たった1人で可愛そうなこの状況を笑われてる気がした。

(これは……しんどい……辛い……何で入社初日にこんな惨めな思いしなきゃいけないんだ……)

おじさん達のいる部屋の奥から和やかな雰囲気が漂い始めたが、広い部屋のせいか、僕には届かず、返って孤独感が強調されたように感じた。

田代さんが司会進行となり入社式が始まった。
初めにご列席のおじさん達の紹介。
総務部長やら技術部長やら統括部長やら執行役員、取締役常務、取締役専務、社長やらお偉いさんたちが順々に紹介されていったが、どの順番でどれくらいの偉いのかもわからず、まったく頭には入らなかった。

少し驚いたのは社長が変わっていたこと。
就職活動の時に最終面接をした社長と目の前で紹介される社長は別人だった。
この4月に会社の体制が変わると同時に就任した新社長のようだ。

人当たりは良さそうだが、どこか頼りのなさそうな、表情は明るいが中身のなさそうな、その社長という人物は学生時代に想像していた社長という崇高な人物像からかけ離れていた。

そして何より違和感がある、
この違和感はなんだ……

ズラだ……

完全にかぶってる。

向きこそは合っているが何とも言えぬ毛質の違和感。もみあげ辺りに辛うじて存在する地毛と思われる髪と頭頂部を覆うそれは明らかな質の違いが見て取れた。

未だたった1人の新入社員を嘲り笑うような余韻を残したまま、ズラ社長が中央の演台の前に立ち、僕を見て話し始めた。

「入社おめでとう」

(絶対にズラじゃん!!てかっ、まだちょっと半笑いやないか!!)

「あ、ありがとうございます。」

惨めな状況に、矛先のない微かな怒りが思考を威勢よくさせたが、緊張が喉を締め付けて小さくか弱い声しか出なかった。

そして、ズラ社長の一言目でまたも、ひっかかってしまった。

(変な声だ……)

見た目の印象を強調するような、なんとも気の抜けた声。鼻にかかって上ずったようなその声に乗せてズラ社長は話を続けた。

「1人で心細いかもしれないけど、澤村君なら大丈夫だと信じてるよ!期待してるから、頑張って下さい!」

(いや……今初めて合ったのに……何を見て僕なら大丈夫って言ってんだ……色々と薄いなこの人……)

そのあと会社の理念やこれからの方針、そして、今初めて会った澤村というたった
1人の新入社員に向けたありきたりな期待を長々と語ってくれた。

細かい内容は覚えていないがその話を聞いてる間、全員から降り注がれる視線が自分にだけ集中しているというプレッシャーから身体が強張って締め付けられているような感覚だったことは鮮明に覚えている。

社長の話が終わると、卒業証書授与の形式で社長から入社の証書のような物を受け取った。

その後も田代さんの司会進行はつつがなく、流れるよう進み、僕は流されるまま入社式も終盤に差し掛かっていた。

「続きまして、今年度、新入社員から抱負を一言もらいたいと思います。澤村君、お願いします!」

(え!? 僕、喋んの??)

田代さんから突然のフリに、一気に緊張が高まり動揺した。

今思えば自然な流れだが、この状況に飲まれ、何も考えてなかった。

(えっ!何しゃべろ!何も考えてなかった!やばっ!どーしよー!)

頭の中ではテンパっていたが、身体は即座に対応し、気付くとすでに立ち上がっていた。

(あーもーいいやっ!!思いついたままで行くしかねー!!)

出たとこ勝負と覚悟を決めた。

「改めまして、澤村晃河と言います。
今年度の新入社員は僕1人と言うことで、寂しい気持ちはありますが、例年よりも顔と名前は覚えもらい易いと思いますので、良い面でもあると考えてます。
良くも悪くも目立つと思いますので良い面で目立てるよう、1日でも早く職場に慣れて、いずれ、会社に貢献できるようにこれから頑張ろうと思います。よろしくお願いします。」

話を終えて一礼すると、拍手が沸き立った。
この状況で我ながらなかなかのトークだったと思う。

あとから聞いた話だが、この入社式で周りからはたった1人にも関わらず、気負いすることなく、堂々として見えたようで、なかなかの評判になっていたそうだ。
早速、新入社員1人という境遇が勝手にアドバンテージとなって良い面で目立ったわけだ。

そして、入社式が無事に終わり、控室代わりに通された小さな会議室が強烈に居心地良く感じた。

会議室のイスに座り、ひと呼吸つくと、すかさず、田代さんが声をかけてきた。

「いやー澤村君、お疲れ様!挨拶良かったよー!緊張した?」

「お疲れ様です。そりゃ緊張しましたよーー!」

「そー?そんなふうには見えなかったけどねー!」

「本当ですか?ありがとうございます。」

「じゃ今日はこのあと歓迎会だから!ここからは気軽に楽しんで!」

(そうだ…飲み会だ……)

事前に言われていた。入社初日の夜は歓迎会として飲み会を開いてくれることを。
だが、新入社員が僕1人とは聞いてない!!!

ちなみに僕はお酒は好きで、どちらかと言うと飲める方ではあると思う。だから、今日の歓迎会も楽しみにしていた。

しかし、楽しいはずの飲み会も、同期がいないんじゃつまらない……それどころか、参加メンバーによっては地獄になる……嫌な想定が頭を過る。

内心は恐る恐る、外目には平然と努めて尋ねた。

「ちなみに今日はどういった方が参加されるのでしょうか?」

「例年だと新入社員の皆と私田代と若手の社員何人かで行ったりするんだけど、今年はどうしようかと思ってね。」

(それでそれで??)

「田代も考えたんだけど、今回は特別に!さっき入社式に出てた幹部の方達と行くことにしたよ。」

(なんでぇー????おいおい田代!!完全に間違ってるぞ!!!どう考えたらそうなる??
例年は若手の社員と行くんでしょ??それでいいじゃんか!!てか、それがいいじゃんか!!なんで新入社員1人だからって若手社員が幹部に変わるわけ??)

最悪の想定が現実になると知り、本来ならば新入社員らしく元気に返答するべきなのかもしれないが…

「そーですか…」

その一言しか出なかった…

そして定時のチャイムがなり、歓迎会という名の憂鬱極まりない宴が始まる……


つづく

次の物語はこちらから!
「#3新入社員歓迎会〜猛者達の宴〜」

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