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#11 最後の課題 〜秘めた過去と隠された陰謀〜

果てしなく長い道のりに思えたグループ会社全体での合同新入社員研修がようやく終わりを迎えた

合同研修の2日目からはクラス単位で本格的な研修が始まったが、当然、初日以上の試練が立ちはだかることはなく、暫しの平穏が鉛のように硬直した僕の心を徐々に和らげていった。

子会社の僕は当然のように研修室の1番後ろの席だった。

それもあってか、大勢での研修は安心してよく眠れた。

というより、積極的に寝てやった

自社でのマンツーマン研修で地獄のような睡魔との戦いを経験した当て付けだ。

同じクラスになった同期からは「あの1人の…」を枕詞によく話しかけられた。

中には上から目線で鼻につく奴もいたが、初日に会ったあのムカつく女に比べれば取るに足らないものだった。

最初は全員敵に思えた同期達だったが、仲良くなる同期も現れた。

全体を通して、大したことは無かったと思えるようになった頃、合同研修が終わり、再び自社での1人の研修に戻る。

残り1週間の自社研修で僕の新入社員研修、全てのカリキュラムが終了する。

2週間ぶりに訪れた自社のビルは以前に比べて一回り小さく見えた。

自社での研修で僕のアジトとなっていた6人用の会議室に入ると、自分の部屋のような安心感があり、無意識に心を締め付けていた緊張が溶けていくのを感じる。

そして会議室に入って来た、総務部人事課の田代さんと鈴木さんの顔を見て、思わず故郷に帰ったような実感が湧き上がる。

「おはようございます!お久しぶりです!」

ただいま……田代さん、鈴木さん!私、澤村、無事生還しました!!

そこまでの関係性も親しみもないことはわかっていたが、意図せず込み上げた感覚から、自覚している以上に合同研修が精神的に負担となっていたことに改めて気付く。

「2週間のグループ研修ご苦労様!」

相変わらずの表面的な明るい表情で田代さんは僕を労ってくれた。

「合同研修はどうだった?」

「しっかり研修受けて参りました。同期もすごい多くてビックリしましたが、同期との繋がりもできて有意義でした。」

(めちゃくちゃ寝てやったし、ムカつくやつも多かったけどな!)

「お!さすがじゃん!」

鈴木さんも久々に会うのを楽しみにしていたかのような明るい声で反応する。

「それじゃ、ラスト1週間の研修頑張ってね!じゃあと鈴木君よろしく!」

そう言って、田代さんは早々に席を後にする。

出てくの早っ!!久々の再会だよ!!もっとこー……なんか……ないの??)

表面的な態度からは、もっと色々聞いてきそうな雰囲気を醸し出しつつ、あっさり去ってゆく田代さんを見て不思議と懐かしさを感じる。

会議室に残された鈴木さんと合同研修のことでしばらく談笑した後、僕の新入社員研修で最後の課題が言い渡される。

最後の研修内容は……自己紹介プレゼンテーションです!

満を持した発表のよう鈴木さんが言う。

最初の研修説明でそのことは聞いていたので、今更反応のしようがなく、「でしょうね」としか思わなかった。

「あ、はい!」

「ということで!プレゼン資料の作成と最終日に実際に発表してもらいます。」

(……発表!!??)

微かに不安が湧き上がる。

しかし、合同研修の初日に総勢400人の前で挨拶をした今の僕にとっては大したことはないと思いと不安は刹那に消えうせる。

「あ!はい!わかりました。」

(こっちは修羅場乗り越えてきてんねん!!)

とは言え、念の為、誰に発表するのか確認したくなった。

「ちなみに…どなたに発表するんですか?」

「えーっと!田代さんとか僕とか…まー、うちうちでの発表だから面白いプレゼンにしてね!」

(なんや!楽勝やないか!!)

鈴木さんの涼し気な表情と言葉から、3〜4人ほどの前で発表するとわかった。

そして、鈴木さんが念を押す。

「せっかくなら、はっちゃけた方が面白いから、頼んだよ!」

はっちゃけたプレゼン??

「今更何言っても就職が取り消されることはないし!ね!」

(なるほど…そうゆうことか……面白い自己紹介プレゼン!やってやろーじゃないの!)

自社研修の雰囲気にも慣れ、合同研修を終えて安堵している気持ちのせいか、僕は面白いプレゼンにしようと前向きになった。

「手始めに澤村君の写真撮ろうか!

鈴木さんの楽しげな声がペースを握っていく。

「自己紹介プレゼンなんだから、まずは澤村君の顔を全面に押し出さないとね!」

そう言って、スマホを手に取りカメラを僕の顔に向けてくる。

突然の撮影に思わず動揺する。

(え?こうゆう時どんな顔すれば?ピースとかしたほうが良いのか?)

僅かに手元で人差し指と中指が反応し、腕を上げる動作を始めたが、とっさに思い留まる。

(待て!!流石にピースは抵抗ある……プライベートでも久しくしてない!キャラじゃない!!空気に飲まれてる……落ち着け……)

考えがまとまらない。

(ここは一旦………断るか??)

しかし、後で自撮りする方が痛烈にきついと察知して甘んじて、仁王立ちのまま、無理矢理の笑顔で写真を撮る。

「はい!OK!よく撮れたよ!見て!」

(やっぱり……)

見事なまでに引きつった不自然な笑顔に仕上がっていた。

「他にも過去の写真とかもバンバン使っていいからね!」

(え?それありなの?だったら断われば良かったじゃん……)

そう思うも、ここで撮ってもらった写真を使わなかったら、変に自分の写真映りを気にするやつだと思われそうで、それが妙に恥しく、不自然な笑顔を表紙に採用する。

「文字だけだとつまらないプレゼンだからね!とにかく面白くしてもらわないと!」

自分が犯した罪も知らずに鈴木さんは楽しそうにしている。

(切り替えろ!過去の写真を使えるとなると……なかなか良いネタがあるにはある…)

僕には目も当てられないほどに粋がった過去があることを自覚していた。

当然、履歴書には書いていない。

言わば裏の部分。

その辺りのことを含めて面白い自己紹介にしろと言われていることは理解していた。

問題はどこまで出すか。

ギリギリのラインを見極める必要がある。

まずはジャブ程度の軽いエピソードや関連する写真を鈴木さんに数発当ててみる。

「おー!やってるねー!」

(効いたか??)

「でもね……弱いな……澤村君」

き、効いてない……

「澤村君ならもっとやってるでしょ!!」

(なかなか鋭い……さすが人事と言うべきか…)

ジャブは軽くあしらわれ、鈴木さんは本気のストレートを打ってくるように僕を誘導していく。

(それなら、これくらいならどうだ!!)

「んー、まだまだ!!」

(そこまで言うなら、これだ!!!)

「おー、良くなってるよー!!」

ぶちかましたらー!!

「あ、それはちょっとやめようか……」

「あ、すみません……」

本気の方向性を見誤ると制止された。

その度に、暴露したことへの後悔と恥ずかしさから身体が焼けるように熱くなった。

(最悪だ…いらんこと言ったわ……)

鈴木さんはそんな僕を意に介さず、再び、本気のストレートを要求してきた。

数日の間、そんなミット打ちを繰り返したおかげで僕は強烈で精度の良いストレートが打てるようになってしまった。

そして、当初ぼんやりと想定してたギリギリのラインを遥かに超越した自己紹介資料が仕上がっていく。

「澤村くん!!めちゃくちゃやってるね!!最高だよ!!!」

「ありがとうございます!!」

「かなりはっちゃけたプレゼンになりそうだね!」

「もー出しきりました!」

「でも……まだあるよねー?」

「まだですか…??」

(もー、十分だろ…)

それでも何か絞り出そうと考えながら、これまで出したネタを見返す。

(ちょっと待て……)

不意に我に返る

(流石にやり過ぎじゃないか…)

「あのー…でも、この内容…大丈夫ですかね?」

「全然いいよ!!むしろまだ弱い」

(これが弱い?マジか…)

「もっと……もっとないの?」

(この人………)

いつの間にか、鈴木さんはスパルタのトレーナーではなくなっていることに気付く。

僕の黒歴史とも言える過去を求める姿は、まるでマゾヒストがより強い苦痛を渇望するようで、それが微かな恐怖を覚えさせた。

(……この人……絶対変態だ……)

「いやーもー流石にないです!!」

「じゃぁ!もっと良い写真とか!あるんだろ?」

「えーっと……これとか……どうですか?」

「うわっ!!すごいね!!あるじゃん!!!」

鈴木さんは要求が満たされる度に、ドMの変態野郎から一変し、純朴な少年のように楽しそうにはしゃいでいた。

そんな鈴木さんに乗せられ、結果的に僕は惜しげもなく過去の自分をさらけ出すことになった。

学生時代はスポーツに励んでいたこと。

大学でバンド活動をしていたこと。

ここまでは履歴書にも記載した表向きの情報。

問題はここからだ。

仲間達とバイクを乗り回してヤンチャしてるオレかっこいいと思っていたこと。

髪を縦横無尽に遊ばせ、思いつく限りの様々な色に髪を染めていたこと。

人を大勢集めては派手な飲み会をパーティーと称して催していたこと。

外車のオープンカーをひけらかすように乗り回し、調子に乗っていたこと。

一言だけ断っておくと、僕はお金持ちではない。

バイクも車も必死にバイト代を貯め、勢いで購入した。

我ながら見事なまでの典型的な若気の至りだ。

自分が世界の中心と勘違いしていた過去を厳選された当時の写真を添えて資料にまとめていく。

まるで、僕の良くない所を掻き集めて、凝集した悪性腫瘍のようだ。

しかし、ここまでするのは鈴木さんの見事な誘導によるものもあるが、お世話になった人事の方に楽しんでもらいたいと思ったからだ。

そんなプレゼン資料作成期間中に必要なパソコンの設定を行い、形式的な配属面接が執り行われた。

面接では、当然であるように技術部への配属意志だけを確認され呆気なく終わった。

大筋通り技術部に所属することに決まったのだろう。

そして、迎えた研修最終日

いよいよ僕の自己紹介プレゼンの時が訪れる。

「いよいよ最終日だね!」

鈴木さんは満足そうに言う。

「いよいよですね!これで新入社員も研修だと思うと少し寂しいです。」

あまり寂しいと思っていなかったが、新入社員研修の最終日という状況から開放感が前のめりになり、そんなことを言う気にさせた。

「だいぶ良い自己紹介資料になったから、あとは楽しく!プレゼン頑張ってね!」

「はい!」

3〜4人程度とは言え、やはり人前で発表するとなると緊張してきた。

僕のアジトになっていた6人用の会議室に誰が入ってくるのか。

部屋のドアに意識が向く。

「じゃ!そろそろ時間だ!行こうか!

え?

鈴木さんからの指示に戸惑う。

(行く??来るんじゃなくて?)

てっきり僕のアジトに人が来ると思っていた。

「とりあえずパソコン持って、行こう!」

「あ、はい…」

言われるがままに設定したばかりのパソコンを手に持ち、鈴木さん後について行く。

しばらく鈴木さんについて行くと、ある部屋の前で不意に足が止まった。

僕はその場所に見覚えがあった。

入社式に通された大きな会議場だ。

(ここは……あの……広い部屋……か?…)

鈴木さんは振り返って不気味な笑顔で僕に聞く。

準備は良いかな?

状況が飲み込めない。

頭は動揺しているが、身体は直感的に危険察し、全身の血管が収縮していくのを感じる。

瞬く間に会議場の扉から嫌な予感が漂い始め、急激に僕の身体にまとわりつく。

鈴木さんは僕の返答を待たずに躊躇なく会議場の扉あけた。

その瞬間、信じ難い光景が僕の目に突き刺さる。

(………………………やられた…………)


つづく

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「#1入社初日〜期待と衝撃〜」

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