吉田博論2022
吉田博を見る3つのポイント
木版画を中心にした没後70年記念展のあと、木版画展が相次いだ。
興行としてはその方がいいからなのか、それともキュレーターの趣味の偏りなのか。
木版画ばかりに注目が集まるという状況に、私はいささかげんなりする。
吉田博の画業には3つのターニングポイントがある。
1つ目は「デトロイトの奇跡1899年」、2つ目は「立山・剱の奇縁1909年」、3つ目は「木版画驚異の1926年」である。
3つめは年間40作を超える木版画を作り出した年で、いまそればかりにスポットが当たっているのである。
吉田博を理解するには、デトロイトの奇跡を生んだ水彩画をまず知っておいたほうがいいだろう。
そのうえで、2つ目のポイントにぜひ目を向けてもらいたい。
あの油彩画「精華」を生んだのが1909年であり、この年の夏の立山写生旅行が、のちの山岳画、山岳木版画のすべての原点になるのだ。
「精華」といっても、木版画のみに興味がある人にとっては関心も薄かろう。
しかし、権威的なものに対峙して絵画を極める姿勢を、この「精華」は物語る。それは根底で、日本の伝統的な木版画を改革して究めたこととつながっている。
◇
1年ぶりにこれから吉田博論を再開し、つれづれなるままに書いていこう。(2022-11-27)
雪の質感を描き切る
インターネットで吉田博作品を見るなら、まずボストン美術館かもしれない。あの奇跡のデトロイト美術館ではなく、ボストンである。
220点ものデジタル画像を閲覧できる。このうち210点が木版画。重複分を差し引いても、200点ほどの木版画を見られるのだから、うれしいかぎりである。
しかし注目すべきは木版画でない。残り6点の絵葉書を除いて、水彩画4点のほうである。
このうち《The Balcony of Myogi Shrine》と《Children at Myogi Shrine》はたしか数年前に来日している。《Kara-mon, the Innermost Gate of Nikko》は日光シリーズ、似た雰囲気の水彩画が数点、日本にある。
さて、残りの水彩画1点、それが最も注目すべき《Garden in Snow》である。68.1×50.9cmだからけっこう大きい。
最初これを見た時、描きにくいものに果敢にチャレンジする吉田博の意気込みを感じた。水や雲や霧もそうだが、雪もまた描くのは難しい。
《雪の庭》と訳すべきか《庭の雪》とすべきか、すこし悩ましい。というのも、画面の全体が雪なのである。やや低い樹木にふんわりと新雪がかぶっている。全体は日陰で静寂がある。そこにほんのわずか斜光が逆光気味に差し込む。得意とする点景の人の姿はない。
吉田博の雪と言えば、木版では《柏原之雪》《田口の冬》《橇》そして《中里之雪》という注目作があるけれども、雪の質感までは十分に表現されたとはいえない。その点で、水彩を見るとその観察力と描写力がはっきりする。
最近の図録では水彩の《雪かき》があるが、それほど目を引く作品ではない。
しだれた枝の細密描写。《中里之雪》と同様に白一色。だが、《Garden in Snow》は雪の質感まで見事に描き切っている。一度ご覧いただきたい。
Garden in Snow ? Results ? Advanced Search Objects ? Museum of Fine Arts, Boston (mfa.org)
(2022-11-28)
雪の竹林道の抒情性と物語性《yabarei》
吉田博の雪景といえば、もうひとつ気になる作品がネット上にある。
《yabarei》という水彩画(25.7×17.1cm)だ。
《yabakei》と表記しているのもあるが、耶馬渓でないように思われる。
降るしきる雪の竹林の道。親子か。俵を載せた馬を引いてどこへ行くのだろうか。
足元は藁沓でないようにも見える。簑に張り付いたような雪。急に激しく降りだしたのだろうか。
あらためて頭上の竹林を見上げると、横に揺れているようにも見える。
これを水彩で表現するのは相当の描写力である。
2頭目の馬でさえ霞んで見え、それなりの奥行きを感じさせるが、道路山水のそれとは違う。
吉田博が狙ったのは、構図の妙ではない。物語であり抒情である。
以前、《山路》という作品について同じ指摘をしたことがある。
ネット上の解説によれば、静岡県立美術館が所蔵する水彩画《籠坂》と類似性があるという。
たしかに雪と荷馬、赤い装飾、が似ていないこともない。
絵の表情は、《籠坂》は穏やかであり、一方の《yabarei》はひたすら厳しい。
2つの絵にどんな関連があって、物語があるのか、もっと知りたいものだ。
(2022-11-29)
《Traveller in winter》は凡作か
吉田博の雪作品、ついでにもうひとつ。
《Traveller in winter》(31.1×48cm、水彩)を上げておこう。
物語性からみても、構図からみても、どうも冴えない一枚だ。画面全体が黄変しているため、印象がよくない。
左前方、斜めから夕日か朝日が差し込んでいるのだろう。
中央に描かれたのは、人物か荷馬か、それとも荷馬と馬子の後ろ姿なのか。
「Traveller」という英語タイトルからしてもう少し旅人のように描いてほしかった。
手前にそれらが残した足跡を汚したように描かれている。
試みに、黄色成分を差し引いて、補正してみた。
茅葺家屋と道の間にある垣根に緑が残っていることが分かった。
拡大してみると、青色を重ねることで雪の陰影を軟らかく描いていることが分かる。
1903年作ということだから明治36年か。
吉田博は明治34年7月1日に帰国し、明治36年12月29日に再び渡米する。
その1年半に間に描いたことになる。なるほど同時期の作品の中に類似性のあるものがある。それらの作品を並べてみることで、この作品が凡作か秀作かが見えてくるはずだ。(2022-11-30)
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