見出し画像

2022年7月の月報/ゆういち

落合さんへ

短い梅雨が明け、とても暑かった7月。今月もいろんなことがありましたね。多くのお客さんとの出会い、「書肆 海と夕焼」の躍進、書籍の旅立ちと新しい企画の立ち上げ。ふだん閉店後やSNSで話していても、改めて1ヶ月を振り返る機会はなかなかないものです。谷保でちいさな本屋と出版社を続けていけることに感謝を込めて、月報のような雑感を記そうと思います。

背中を押しがち

今日(2022年7月26日)は、小鳥書房が開店してから3年半の日。ということは、自分が小鳥書房のお客さんになってから3年半の日でもあります。1年ほど前に、小鳥書房との出会いをこんな風に書いていました。

ある日、平岡正明の『山口百恵は菩薩である』が目に飛び込んできた。

状態のいい初版上製本。思わず手に取って眺めていると、カウンター越しに店主の落合加依子さんから声をかけられた。

「その本、きっと手に取ってくれると思って、そこに並べておいたんですよ」

他に誰もいない静かな店内で、その声はよく通った。聞けば、当時まだ数回しかお店に行ったことがない自分を覚えてくれていて、「いつか来て手に取るだろう」と、棚に出したらしい。もちろん自分が特別なわけではなく、なんと本を買った人全員を覚えているのだという。

そして本の来歴を話してくれた。この本は、国立東のギャラリーカフェが閉店する際に譲り受けたもの。そのギャラリーは、かつて山口瞳や嵐山光三郎などが集った、国立の象徴的な場所のひとつだったという。

その場所は知っていたが、本を手にすることで、街の記憶の一端を受け取ったような気がしてなんとなく嬉しかったことを覚えている。

谷保の本屋さん、小鳥書房のこと(2021428日/国立本店)

そうして本を受け渡してくれる「街の本屋」のあり方が心地よかったです。そのうち、自分はある会社で編集の仕事をするようになります。出版や編集の事情を知れば知るほど小鳥書房が掲げる「たったひとりのための本を届ける」ことの尊さと難しさがわかるようになり、また、本屋に通ううちに谷保とダイヤ街商店街も愛おしくなり(おいしい鶏肉屋さんと飲み屋さん、八百屋さん、魚屋さん、韓国料理屋さん、豆腐屋さん、そして地域に開いたシェアハウス…!)、やがて高円寺から谷保に移り住んでいました。同時に、落合さんの狂気(一言で言うならば、本屋を50年続けると話すときの真っ直ぐな目!)にも惹かれ、気づけば友人になっていましたね。そして、ついにはスタッフに! 小鳥書房が掲げる価値とその核にある「場をひらく」方法と態度がとても好きで、一緒に育みたいと思っています。まだまだ編集者として未熟な自分に何ができるかなという思いもありましたが、落合さんは「走りながら考えようよ」と。「わたしはみんなの背中を押しがちなんだ」と笑っていましたね。改めて感謝です!

書籍の旅立ち

長い前置きは終わりにして、7月のハイライトを。出版社でもある小鳥書房は記念すべき3冊目の書籍『本屋夜話 「小鳥書房文学賞」詞華集』を刊行、そして念願の読書会・第1回目を7月10日に開催! 自分が編集で入らせてもらった最初の書籍でもあります。やはり一冊の本が出来あがるのはいつでも感慨深いもの。その上、ほやほやの書籍を囲んで読書会ができるとは…!  審査員をつとめてくださったショート・ショート作家の田丸雅智さんは書籍のあとがきで、「あなたは、どの作品がお好きでしたか? ――そんな会話が交わせる日を楽しみにしている。場所はもちろん、小鳥書房で。」と願うように記されていました。ついに実現しましたね。

▲7月10日「くにたち本屋夜話」(『本屋夜話 「小鳥書房文学賞」詞華集』読書会の様子。著者の西木ファビアン勇貫さん、大石早州王さん、沼田夏輝さん(のお母さん)、審査員の田丸雅智さん、店主の落合さん、デザイナーの赤田くん、そして熱い読者の方々がお集まりくださいました!

▲刊行によせて、審査員の田丸さんと伊集院さんからいただいたコメントです。

小鳥書房だからできること、小鳥書房だからやらなければいけないこと。その1つが書くことの垣根を超えるお手伝いをする「小鳥書房文学賞」であり、書籍の刊行でもある。田丸さんと伊集院さんの言葉が身に染みます。

7月の後半には、落合さんが九州まで飛んでいって長崎の本屋ウニとスカッシュで文芸ユニット・てんびん座のちょーのさん・モルさんと「ながさき本屋夜話」を、そして福岡のブックバーひつじでは福岡少年院元院長の中島さんを招いた「ふくおか本屋夜話」をおこない、いい出会いがあったみたいですね。現地から届いた閉店後の本屋の雑談が、とても楽しそうでした。

▲閉店後の本屋の雑談「本屋夜話#06」。長崎の本屋ウニとスカッシュにて。

▲閉店後の本屋の雑談「本屋夜話#07」。福岡のブックバーひつじがにて。

そして、夏休み上手

読書会の興奮が覚めやらぬ7月10日の夜、落合さんの「夏休みしようよ」。本屋を閉め、書肆 海と夕焼の柳沼さんと3人でダイヤ街商店街に隣接する汽車ポッポ公園のベンチに移動し、柳川アイスを頬張りながら心地よい風に吹かれていると時間はあっという間に過ぎ、気づけば夜更け。良いお客さんたちと出会えたことに「うれしかったね」なんて話からはじまり、大きなニュースになったこのあいだの事件の話に。事件があった後、店に並んでいる本がどこかよそよそしかったり、あるいはやさしい顔をしていたり、なんとなく表情が変わって見えたような気がしました。この先、またテロがあったり、地震があったり、戦争があったり、なにか想像もつかないことが起きたりするでしょうが、そうした中でも変わらず本屋が開いている、ということ。いや大きなニュースがなくても、多くの人がそれぞれの困難を抱えながら、本や人の新たな表情に日々出会い直している。だからこそ、本屋を開いていたい。

そんなことを話していたら、いつの間にか50年後のプランに話題が移っていました。「ビルを建てて、テナントに入ってもらう!」「2階にはあのテナントどう?」「いやそれなら自分たちでやろうよ!」「いやでもさー」「3階はどうする?」など…。なんとふわふわしてひりつくような楽しい話。

ふと、目を横にやると少し錆びついたダイヤ街商店街のアーケードの看板。商店街を立ち上げ50年以上お店を続けてきた店主たちも、きっとこんな話をしていたのでしょう。20代で(おそらく)借金を背負ってお店を構え、毎日繰り返しシャッターを開け閉めし、やがて所帯を持ち、子供を育て、続けるために変わり続け、あるいは踏みとどまり、どれだけの苦労を経て来たのかは想像もできませんが。いまは好々爺然とした彼らに迸る熱情がアーケードに滞留していたからこそ、若い我々が引き寄せられて来たのは間違いない。そして我々もやがてそうなれれば。いまは50年のうちの3年半。そんなことを考えて、ちょっぴり涙ぐんでいたのは内緒です。二日酔いのせいで少しセンチメンタルになっていたのかもしれませんが、夏休みのせいでもあるでしょう。さすが落合さん、夏休み上手。

さてさて、来月はどんな日々を過ごすのか楽しみですね。落合さん、柳沼さん、スタッフ先輩のなつきさん、そしてお客さん、作家さん、谷保のみなさん、引き続きよろしくお願いします🐥

小鳥書房スタッフ・ゆういち

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?