見出し画像

〈第五回〉犬の看板探訪記|茨城犬と埼玉犬・おかわり編 |太田靖久

 五回目の探訪は茨木犬と埼玉犬・おかわり編だ。この「おかわり」とは再訪を意味する。先ずは茨城犬の「おかわり」から解説し、埼玉犬は追って触れることにする。


茨城犬・おかわり編

5年前の約束を果たすため、茨城へ

〈茨城犬・おかわり編〉マップ(赤=今回の探訪地/緑・黄=以前に探訪)

 およそ5年前、今連載と同じコンセプトで「犬の看板」探訪記を雑誌に寄稿したことがある。『生活考察』vol.6(2018年11月刊行)に掲載された「『犬の看板』探訪記 <茨城犬篇>」だ。この時は茨城県水戸市をスタート地点として車で移動し、茨城町、大洗町、小美玉市、石岡市、かすみがうら市、土浦市、阿見町、牛久市を巡った。その締めで「この一日だけでは茨城県の全ての市区町村を回り切れなかったため、いつか再訪することをここに誓います。」としたため、今回はその約束を果たすのが目的のひとつである。ちなみにエッセイの執筆後に訪れた同県の市区町村は2市で、笠間市と古河市である。

 茨城県の地図を確認する。水戸市より北には足を運んでいないことを改めて認識した。目に入ったのが常陸太田市である。前々回の群馬県太田市と同様、自分の苗字と同じ地域の存在に再び意識が向き、ここを軸にしようと決めた。
 今回も編集Sくんの運転による車での探訪だ。8月某日、都内に朝7時に集合。高速道路に乗り、茨城県の最北にある北茨城市を目指した。災害級とうたわれる酷暑が連日続いていたが、空には厚い雲が広がっていて陽射しのきつさがなく、多少は過ごしやすい。「遠くの山の緑を見ているだけで癒されます」とSくんがつぶやく道中の序盤は順調だったが、事故による渋滞に巻き込まれ、かなりの時間をロスしてしまった。
 北茨木市に着いた時は11時を過ぎていた。もろもろの都合で16時には帰路につく必要があったため、滞在時間は約5時間弱ということになる。せめて7都市は回りたいと思いつつ、自ら設定したノルマがプレッシャーにもなった。光り輝く海をゆっくり眺める余裕はない。
 最初に発見したのは茨城県が管轄の看板だ。プリントアウトした紙をラミネートしてホッチキスで留め、板に貼りつけている。

 形の整ったフンがやたらと散らばっている。数えると5つある。トングでフンを拾う人物がビニール袋を持ってはいるが、到底収まりきらないだろう。いたずらっぽい表情の犬と猫がその顛末を見守っているように映る。

看板から瞬時に物語が浮かんだ

 味のある看板ではあるものの、次は市の看板を見つけたいところだ。市役所方面に向かおうとした途中、二枚目の看板があった。

 片膝をついて犬と目線を合わせているのが良い。この看板からは瞬時に物語が浮かんだ。どこかの国の王子が人間の本性を見極めるために犬に姿を変え、婚約者を探す旅に出るというファンタジーだ。行く先々で嫌な目にも遭うが、最後に心優しきパートナーと出会う。その「誓いのお手」がこの場面である。このように物語を喚起させてくれる看板は【物語系】と名付けよう。

世界が立体的になっていく

 車に戻り、国道6号線を南下。前述のエッセイの取材時に「茨城の人が下道で東京に向かう際はこの国道を利用する」と教えてもらったことを思い出した。あの頃はまだ「犬の看板」探訪をはじめた初期のころだった。現前する風景にオリジナルの遊びを重ねることで世界が立体的になっていく。その面白さにすぐに夢中になったものだ。
 直に高萩市に入り、適当な路地に折れて看板を探す。一枚目を発見。

 シルエット型の渋い看板である。犬が直立しているように見える一方、しっぽとおぼしきものが実は左の後足であり、それを高く掲げた排泄の瞬間にも解釈できる点が注目だ。
 そのそばに二枚目の看板があった、クエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』に出てきそうな【DOGモ】である。

 これはだまし絵みたいだ。紳士然とした佇まいであり、凛とした犬の表情から真面目さのようなものが感じられるが、首元のそれはネクタイではなく、フンの入った袋である。
 車に戻り、ナビで日立市役所を目的地に設定。市役所の隣の建物に「元気caféすけがわ」と看板があった。カレーライスは破格の300円だ。早々に食事を済ませて再び乗車。市役所の近辺では見つからなかったが、JR日立駅近くでようやく発見した。

 緑色が鮮やかだ。日立製作所のCMに登場する「日立の樹」を想起させる緑だ。
 急ぎ東海村役場を目指す。その周辺に複数の看板があったが、すべて【フリ素系】であった。

 時間が限られていることもあってどうしても駆け足ぎみになる。取りこぼしがないだけ幸いといえるだろう。次はひたちなか市だ。こちらは小さな公園に設置されていた。

 大きなヘッドフォンで音楽でも聴いているような【DOGモ】だ。国営ひたち海浜公園で開催されたROCK IN JAPAN FESTIVALに参加していた可能性もありそうだ。
 続いて那珂市に移動。一枚目は穴埋めクイズのような看板だ。消えてしまった文章はいったい何だろうかと、想像力が刺激される。

 二枚目は【フリ素系】だ。犬の影の形から察するに、頭上に夏の太陽があるのだろうが、涼しさを感じさせる表情だ。

フェイク看板にご注意!

 ようやく常陸太田市に辿り着いた。ここでは【フェイク看板】と呼んでいる看板が豊富だったため、先にそちらを紹介したい。

 「不法投棄禁止」や「ポイ捨て禁止」などの美化啓発を促す看板だ。これらが豊富な地域には「犬の看板」も多い傾向にある。フェイクとはいえ、ひとつの目安にはなるのだ。そんな常陸太田市の看板はすべて【フリ素系】だった。

 【オリジナル系】を見つけようとねばったものの、【フェイク看板】の数々に何度も惑わされたこともあり、諦めた。タイムリミットが迫る。次の常陸大宮市を最後にすると決めた。

 高萩市でも遭遇したこの看板は、実は色付きだったことが判明した。
 この時点ですでに16時を過ぎていた。喫茶店で反省会をする間もなく、東京に戻らなければならない。この短時間で8都市を回れたことに満足したものの、看板の写真自体は少ないのが懸念事項だった。
 車中でSくんと話すうちに「一日の探訪で一本の原稿をまとめるという方法に縛られなくても良いのではないか」と結論した。そのため、連載一回目の志木駅編で訪れた埼玉県も別日に再訪し、新座市、志木市、朝霞市以外の埼玉犬たちに会いに行くことに決め、茨木犬・おかわり編をひとまず終了とした。

埼玉犬・おかわり編

 さて、茨城犬探訪から数日後の埼玉犬・おかわり編である。目標としたのは埼玉県の中部にある市村だ。未だ訪れたことのない地域が集中していたため、ここを選択した。

〈埼玉犬・おかわり編〉マップ(赤=今回の探訪地/緑=連載第一回で探訪/黄=以前に探訪)

 レポートを披露する前に、中部以外の地域で僕が訪れたことのある同県のほかの市の看板の一部をまずは紹介したい。狭山市、飯能市、さいたま市、戸田市である。

 上記はすべて【オリジナル系】とおぼしき看板だ。このおかわり編でも新たな犬たちとの出会いを期待したいところである。

新たな犬たちとの出会いを期待して

 今回も編集Sくんとともに車で出発。天気は快晴で、気温は35度近い。長時間歩き回るのは危険な暑さだろう。高速道路を降りて午前10時すぎに長瀞町に入り、長瀞駅近くの駐車場に車を停める。自然と荒川に足が向いてしまう。名物の岩畳に行き、ボランティア・ガイドの人と話したり写真を撮ったりして旅の気分を味わう。今回のテキストの前半部分である茨城犬・おかわり編はすでに書き終えていたため、気持ちに余裕があったのだ。
 お土産屋でレトロなファンシーキーホルダーを購入後、車に戻って探索。一枚目の看板はすぐに見つかった。

 足の裏が見えるほど勢いのある踏みだし具合が良い。控えめな前髪も好きだ。
 続いて皆野町に移動。なかなか発見できずに諦めかけていたが、赤信号で止まった際に気付いた。とぼけた表情がたまらなく愛しい【DOGモ】だ。しっぽが揺れているのもポイントだろう。

 そのまま秩父市へ。細い道を徐行して進む中、ラミネートの看板があった。飼い主の足と犬の足の角度がきれいにそろっている点が良い。呼吸を合わせてリズミカルに散歩している証拠だろう。

 橋を渡った時に大きな水門のようなものが見えた。あとで調べたら玉淀ダムだった。この時すでに13時を過ぎていたため、食事処を探した。寄居町にある「台湾料理 吉祥」で小休止した後、探索を再開。この町の看板は今連載中で最も多く登場している【型抜き系】だった。

 次の小川町でも無事発見できた。機嫌の悪そうなブルドッグがさらに怖い表情になる進化型の【フリ素系】であり、連載一回目にも登場した組み合わせである。やはりこの2枚の看板は一緒に楽しむとより趣深い。

自由になった犬

 続いて嵐山町だ。1枚目は【フリ素系】ではあるが、今連載では初登場になる。撮影した看板は色あせ方が激しいため、他の地域に設置されていた同じ看板と比較してみる。

 元々ファンタジックなシチュエーションの絵柄であるが、日焼けによって白飛びしたようになり、さらに白昼夢感が増している。赤いリードが消えたことで放し飼い状態になり、犬と飼い主がより自由になっているようにも見える。この【DOGモ】の犬種がシェットランド・シープドッグなのかコリーなのかは意見がわかれるところだろう。
 その他にも3種類の看板が見つかったものの、すべて【フリ素系】だった。

 隣の滑川町に行く。ここでも【てれ犬】に遭遇。いつ見てもてれすぎだ。

 次の東松山市の看板も【フリ素系】だ。白くて丸いおなかがかわいい。【DOGモ】であることに誇りをもっているような表情がキュートだ。

DOGモたちはカメラの前でプロの演技をしている

 辺りが徐々に暗くなってきた。日の入りが早くなっていることを実感する。坂戸市に着いた時はすでに夜だったため、適当な場所に車を停めて徒歩で探した。
 一枚目と二枚目の看板を比較したい。フンの姿形と禁止マークがまったく同じである。つまり、これはスタジオで撮影された可能性が高い。それぞれの【DOGモ】はカメラマンに導かれ、セットの前に立つ。その背景には禁止マークがあり、小道具としてフンが置かれている。自分が排泄したものではないが、汗を飛ばしたり、まゆげを下げたり、顔を赤らめたりして、あたかも自分のフンであるかのようにてれているのである。さすがプロの演技である。

 三枚目の看板自体は初登場だが、この【DOGモ】には実はすでに出会っているのである。常陸太田市の看板を再度登場させてみるとそれがわかる。

 顔だけでなく、顔の大きさも同じであるが、身体の大きさは異なっている。この犬は成長しているのだ。常陸太田市で子犬だった【DOGモ】が成犬になり、坂戸市でも活躍し続けている。つまり、子犬役あがりのベテラン犬なのだ。
 最後に見つけたこの看板により、茨木と埼玉を結び付けられた。そのことでそれぞれの探訪を「おかわり」としてまとめた意味が生まれた気がした。
 「関東以外の地域でもこんな風に【フリ素系】は多いんですか?」とSくんから質問があった。僕も気になってはいた。次の探訪では関東を少しはずれてその辺りを検証してみても良いかもしれない。そんな風に新たな企画を構想しつつ、埼玉県を後にした。


長瀞の岩畳にて著者

著者:太田靖久(おおた・やすひさ)
小説家。2010年「ののの」で第42回新潮新人賞受賞。電子書籍『サマートリップ 他二編』(集英社)、著書『ののの』(書肆汽水域)、『犬たちの状態』(金川晋吾との共著/フィルムアート社)、『ふたりのアフタースクール』(友田とんとの共著/双子のライオン堂出版部)など。そのほか、文芸ZINE『ODD ZINE』の編集、様々な書店でのイベントや企画展示、「ブックマート川太郎」の屋号でオリジナルグッズ等の制作や出店も行っている。無類の犬好き。


初出用語集
【物語系】
物語を喚起させてくれる看板。
【フェイク看板】
犬の看板と形は似ているが、内容は「不法投棄禁止」や「ポイ捨て禁止」などで全く別の看板。なお、フェイク看板が多い地域は犬の看板も多い傾向にある。

◻︎おすすめ休憩スポット(編集S)◻︎
【ヤオコー(スーパーマーケット/埼玉県小川町】
酷暑の探訪ではこまめな休憩が必須! 小川町では早々に看板を見つけ、ヤオコーへ。ジュースとアイスを購入し、お年寄りの方々で賑わう休憩コーナーで一服しました。アイスをほおばっているとじわじわ体力が回復するのを感じます。そのうち隣のおばあさんから「いいアイス食べてるわね」「こっちに顔向けてよ、あらイケメン」などと話しかけられ、お年寄りたちの会話の輪に入ることに。とにかくみなさんお元気で短くも楽しい時間でした。こんな交流が起こるのも地元密着を掲げるヤオコーならではでしょう。小川町は創業の地とのこと。


連載について
犬を愛する小説家・太田靖久さんのライフワークである「犬の看板」探訪を全12回にわたってお届けします。
公開日時は毎月30日18時。第六回は10月30日18時の公開予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?