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2 「本」で距離を越えていく

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広島の「ばっちゃん」と少年たち

2週間を過ごし、圧倒的存在感の独立書店さんに脳内をもみくちゃにされ、すっかり「ホーム感」の出てきた高松を発つ。愛媛県の松山、大洲、徳島県の神山町などを経由し、次なる目的地は広島県。非行にはしる少年たち400人以上に、40余年にわたってごはんをつくり続けてきた、広島のマザーテレサこと中本忠子さん(当時83歳)に会うためである。少年たちは中本さんを「ばっちゃん」と呼ぶ。「おなかがいっぱいになれば、悪いことはできんじゃろ」と信じる気持ちが、長年ばっちゃんを駆り立てている。

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じつは、ばっちゃんを著者にした書籍をつくることに決まり、その取材・撮影に向かったのだ。「中本さんと子どもたちとの関わりを、100年先まで届く本としてどうしても残したいんです」とお願いし、OKをいただいたことで本づくりははじまった。ばっちゃんにとってのはじめての著書。小鳥書房にとってもはじめての商業出版。私は情熱を滾らせていた。

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カメラマンでデザイナーの成田一加さんとともに、広島城近くのゲストハウスに1週間滞在し、ばっちゃんと、お仲間の「食べて語ろう会」のみなさんに密着した。ばっちゃんのどんな言葉も絶対に聞き逃すまいと、全身を耳にしてひたすら隣に張りついた。ばっちゃんが少年たちに向けるまなざしはどこまでも優しく、厳しい。少年たちはばっちゃんのことを「人生の先輩であり、自分の親だと思っている」と語る。少年たちが身をおく凄まじい環境を前に、私も編集者として決してきれいごとで済ませてはいけないと思った。1週間の取材ののち、リアリティのある、しかも実際に現地で感じた温度感をもつ本にどうしたらできるだろうと考えに考え、私と一加さんは「料理詩集」という体裁をとることに決めた。

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その後も数回取材を重ね、2017年10月。ようやく完成した書籍『ちゃんと食べとる?』を100冊、ばっちゃんのもとにお届けした。そのタイミングで私も夜行バスで再び広島を訪れ、少年たちが自分の写っているページを指差して笑ってくれている姿を見ては、目の奥が染みた。こんな自分にできることは多くないけれど、本をつくることはできる。ならば人生をかけて本をつくろう、と思った。

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ありがたいことに、『ちゃんと食べとる?』は2017年度の広島本大賞ノンフィクション部門を受賞した。広島本大賞とは、広島県内の書店やメディアの方々が「これぞ広島本」という本を探すべく選考している賞だ。広島のみなさんにこの本を認めていただいたのもさることながら、ばっちゃんたちの活動を地元の人たちにより知ってもらうきっかけになれたことが、たまらなくうれしかった。広島駅前の「エディオン蔦屋家電」で、1か月ほど『ちゃんと食べとる?』の写真展とトークイベントをする機会もいただいた。一加さんとともに繰り返し広島を訪れた。ばっちゃんたちの日常のあるがままを撮った一加さんの写真は、広島の人の心に届いたのではないだろうか。

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その後、この『ちゃんと食べとる?』という本が、私をさらにさまざまな地へと赴かせ、魅力的な人たちと出会うきっかけをくれることになる。

1冊の本から新潟、海士町、大崎上島へとつながる

時を少しさかのぼり、高松のゲストハウス「まどか」でヘルパーをしている間、新潟市内で写真集を中心にあつかう独立書店「BOOKS f3」を営む小倉快子さんとお会いした。小倉さんは偶然まどかに泊まりに来ていたのだけれど、私とも夜遅くまで快くお話ししてくれ、「ばっちゃんの本が完成したら、うちで写真展をやってください」と言ってくださった。そしてついに完成した『ちゃんと食べとる?』を携え、2018年4月、BOOKS f3で2週間ほど写真展を開催した。

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一加さんとともに行なったトークイベントを、最前列で大きく頷きながら聞いてくれていたのが、あさこさんという女性。あさこさんはすぐ近くのゲストハウス「なり -nuttari NARI-」でヘルパーをしていた。イベント終了後、「自分が関わっていた海士町で、この本の写真展をやってほしい」と声をかけてくれた。海士町は、島根県・隠岐諸島の離島。教育最先端の島とも言われ、移住者も多く注目されている島だ。以前から行ってみたい島だったので「連れていってください!」と前のめりに即答した。

あさこさんが間に入ってくれて、2018年6月、海士町の図書館での写真展とトークイベントが実現した。そこにお客さんとして来てくれた高校生のミサちゃんは、将来編集者になることに関心があり、その夏、小鳥書房でインターンをすべく遥々コトナハウスに滞在しに来てくれた。この縁はいまもずっと続いている。

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ちなみに、海士町滞在中にお会いした、教育センターにお勤めの塚越 優さんにご推薦いただき、2019年年末、早稲田大学教育学部で講演する機会をいただくことになる。その際にリモートで対談をしたのが、広島県の離島・大崎上島の円光 歩さん。対談はとても楽しく、その後すぐ、気づいたら私は大崎上島にいた。

大崎上島と聞いて、数年前の記憶が脳裏をよぎる。『ちゃんと食べとる?』をamazonでご注文くださった大崎上島に住む男性が、「とてもいい本だったから」と自家栽培のみかんを1箱、小鳥書房に送ってくださったことがあったのだ。本の奥付の住所を見たのだろう。みかんは小ぶりで、驚くほど甘かった。amazonで本を買ってくれた方から贈りものをいただいたのは、あとにも先にもこのときだけ。電話でしかお礼を伝えられなかったので、いつか直接お礼をしたかった。大崎上島に行ったら会えると思って探したけれど、島内のみかん農家はざっと200人はいるそうで、お名前もご住所も電話番号もさかのぼって調べることができず、結局会うことができなかった…。本がつないでくれた感動的な記憶として、いまも残り続けている(心あたりのある方、ご連絡待っています!)。

こうして1冊の本が、新たな場所と人に出会わせてくれたのだ。みかんを送ってくださった方が住む大崎上島まで辿り着いたことは、偶然ではなかったはずだ。

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小鳥書房の本屋は2019年1月26日に開店したのだが、その道のりを綴るうえで、旅先で出会った人たちとの縁も欠かせない。ひとつひとつの出会いが、小鳥書房の本屋をつくる必然性を生み出してくれた。本屋は本を売るという営みの奥に、人と人がつながる「場」になる可能性を秘めている。誰かの人生をも変えうる場だ。次の記事では、縁によって自然と本屋が生まれていった過程を書いてみようと思う(おつきあいください!)。

(つづく)

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