見出し画像

VS うつ病リターンズ Part.2~こころの健康相談統一ダイヤル

9月15日の夜。父に呼ばれてリビングに行ってみると、なんと血圧200超え。動悸があって胸が苦しいという。何度も血圧計で測っては「おかしいなあ…」とこぼしながら、ぼくの方を見てくる。
両親はお願いを言葉に出さないのだ。ぼくが何が言いたいのかを察して、行動するように仕向けてくる。今であれば「救急外来へ連れて行ってほしい」ということだ。

うつ病になった日のことが重なる。頚椎症で動けなくなった父と、手を粉砕骨折した母の介護や通院の付き添い。それを独りで抱え込んで、自分の心の骨が折れてしまったこと。それを唯一心配してくれたのが、家族ではなく地域包括支援センターの相談員さんだったこと。
「あなた一人に負担がかかるのは、家族の在り方として間違っている」
ここからはもうぼくには無理だ。これ以上やったら、またあの時に戻ってしまう。頭の中がぐちゃぐちゃになって叫んだ。
「もう無理だよ!無理無理!!自分でどうにかしてよ!!うわあああ!!」
その言葉を聞いて、父はいつもお世話になっている介護タクシーさんを呼んで、付き添ってもらいながら救急外来へ行くことになった。
※この後、日付が変わる深夜まで付き添って助けてくれた介護タクシーのスタッフさんには感謝しかない。

その一方で、ぼくはもうどうしようもなくなり、こころの健康相談統一ダイヤルへかけた。全国どこからでも同じ番号にかければ、その地域の公的な相談機関へと繋いでくれるサービスだ(通話料金はかかります)。

本当はいのちの電話にかけるつもりだったんだけど、相談員さんと繋がったのでそのまま話を聞いてもらうことにした。ちなみに、相談窓口はたくさんある。LINEでの相談もできるので、ぜひチェックしていただきたい。

相談員さんはハッキリとした言葉遣いの男性。実際に精神科などで働かれている雰囲気があった。時間は今から何分までと決めて話すカウンセリング形式だ。ぼくは消え入りそうな声で、今日あったことを吐き出した。
傾聴してくれた後に「厳しいことを言うかもしれないけど」と前置きして、率直な意見を伝えてくれた。訪看さんとの面会中に父から電話がかかってきた話は、思わぬ問いをもらった。
「なんで電話に出たの?」
「え?かかってきたから」
「あなたの大切な時間なんだから、取らなくていいんだよ。無視しても電源切ってもいい。あなたは両親が自分を心配しない人だと言った。そんな人たちはもう変わらない。でも、あなたは電話を取らないという選択ができる。あなたの時間を大切にするのはあなただよ。相手のペースにわざわざ乗らなくていいんだ」
なんだか不意を突かれた質問だったけど、確かにその通りだった。「親だから」ではない。自分にとって大切なものを守ることは何も悪くはないのだ。この考え方は社会復帰しても大事になりそう。そして、親が電話をかけてきたからしょうがなくて、と言い訳をしてストレスを溜めてしまう必要もないわけなのだ。

それ以外でも、第三者目線だからこその指摘をもらう。
「父が体調悪いのに、もう付き添いなんてできない!って放り投げてしまいました」
「ちゃんと言えたのは偉い!できないことはできないって言えばいいんだよ。できないことにまで負い目を感じなくていい。できることやしたいと思うならすればいいし、できないことはできないって伝えることは何も悪くない」
ここで褒められると思わず、え?!となった記憶。でも、できないことをできると言って無理しちゃう方が不誠実だし、自分を大切にしない生き方だと感じた。

なかなか辛口な相談員さんで面食らったけど、押し引きが上手いなと。
「あなたのことをあれこれ言って冷たいやつだなあって思った?」
「うーん、半分くらいは理解できて、もう半分はしんどいです。でも、厳しいことを言ってくれるのは、ぼくにはできると信じてくれているのかなと。自分でもスーザン・フォワードの毒親の本を読んで勉強したりしているから、おっしゃることはそうだなと思います」
「そうなんだ!勉強していてすごいね!あなたは自分で考えられる人だと思ったから、厳しく言ったんだよ。初めからわかってて言ったんだ」
「いやいや、さすがにそれはお世辞でしょう(笑)」
「そんなことない。あなたはできるよ」
ここで「あなたはできる」と即答されたことに号泣してしまった。こんなに鮮やかに「できるよ」って言われたことがなかった。相談の中での言葉だから本音かどうかは知りようがない。でも、どっちだろうと断言してくれたことを信じたいって思った。

最後に、とにかくしっかり「寝る」!睡眠が基本だからね!と釘を刺されて終わった。嵐のような人だった。でも、嵐だったからこそ、もやもやを吹き飛ばしてくれたのかなと。

この日は泣きすぎて目が痛かった。鼻水もすごかった。
きっとこれは血だ。
心は目と鼻から、透明な血を流すのだ。
その血は人間関係が作る言葉を栄養に、感情という鼓動によって心から全身に送り出される。
新しい血が、身体を巡り始めた。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?