見出し画像

大人認定がおりたぞ

週末、両親に会って、行きたがってた上野公園に連れて行ったり、飲みたがってたスタバのフラペチーノを奢ったりなどしたところ、田舎に帰った母から「大人になっていて、頼もしかったです」とLINEが来た。

今まで散々自立しろだの、ちゃんとしなさいだの言われてきたが、初めて「大人になったね」と言われた。36歳にしてようやく大人認定をもらえて、恥ずかしながらとても嬉しかった。結婚していた時でさえ、あんた大丈夫なの?!本当に?!と常に言われていたけど、今の私は「大丈夫そう」に見えるらしい。やはり恋愛をしていない時の私は常に「大丈夫」なんだと思う。だって、すごくちゃんとしているし。

わたしは恋愛と相性が悪過ぎる。IQを2にして人を愛してしまうから、めちゃくちゃ楽しいけどめちゃくちゃ疲れる。相手のためにと思って暮らし始めてしまったら、自分という自我が消えてしまう。チョウチンアンコウのオスが交尾の後メスに吸収されるみたいに、好きな男のために、とか言って暮らしてたら当然自我は消えて相手に吸収されてしまう。キモ過ぎる。そんな自己犠牲が必要な関係なんか、恋愛でも生活でも結婚でもなんでもない。ただの奴隷だ。養分だ。自分の過去を恥じる。今なら顔面グーパンチして、そんな男を選ぶな、奴隷になるためにお前は生きてんのか?と言ってやりたい。

私って、こうやって自罰的に考えがちなところ含めて、超優しいし超可愛い。

他の人なら多分「女を利用すんのを辞めろ、一回り以上歳の離れた女の優しさを無限だと思うな、優しさの上にあぐらをかいてんじゃねぇよこのインチキ耄碌ジジイが」と、まず先に男性側を叱るだろう。なのに私はそんなことを言わずに懲りずに自分を恥じて、気がつくと自分を責めている。
は〜〜、愚かなまでに優しすぎる〜〜〜。そんなんだからナメられんだよな!もう何回も経験してるのでわかるよ。わかってるけど、人間の性分というのはそう簡単に変わらない。なので今後は、私の優しさを受け取った時、同じ優しさで返してくれるタイプの人とだけ付き合って生きていきたい。無限吸収チョウチンアンコウとは絶縁だ。だって私は、人間だし。チョウチンアンコウは光の届かない深海でしか生きられない。太陽の光に当たったら、きっと眩しくて死ぬ。私は人間だから、めちゃくちゃ太陽の下で明るく生きてやる。辛気臭いのはもうごめんだね。
ヌメっとしてる感じもイヤだし。わたしは優しくて可愛くて、ふわふわの柔らかな心のまま生きるんだもん。日々、新緑や、季節のお花が似合うような空気感で暮らす。

そう、我こそが春の風。やわらかく、あたたかく、そして驚くほど強い。(宣言)



恋愛や結婚以外の目標を沢山持つべきだ、と最近よく思う。

楽しいこととか面白いことというのは世界中にたくさんある。自分自身、元々興味が多くて多動なタイプなのだから、もっと興味のままに爆進して、経験厨の名のもとに、もっともっといろんな『楽しい』を見つけたいし作りたいし発掘したい。
以前、「発達障害の女性は恋愛で鬱になりやすい」というYouTube動画を見たことがあるが、わかるなぁと思う部分が多かった。発達障害だと言われたことはないけど、言われたとしてもなんら驚かない。挙句、例えそうだとしても心底どうでもいいと思ってるあたりもすごく自分っぽい。
恋愛していない時の自分の方がわたしも好きだ。いろんなものに興味があって、部屋がカラフルで、自分らしくて、頑張りすぎてなくて、周りの人に優しく出来る。『自分』がちゃんとある気がする。
「恋愛を頑張る」というのはそもそも間違っていて、本当の意味でうまく行く恋愛は、頑張ったりなんかしないでありのままでいられるものなんだろうな。
ちょっと理解するのが遅くなっちゃったけど、今はなんとなくそれがわかる。

自分が同じように出来る出来ないは別問題だが、人のために頑張るのはもう辞めよう、と今は思う。



母に「大人になったね」と言われた翌朝、嘘みたいな話なんだけど、長年お尻にあった蒙古斑が消えた。

子供の証みたいで、チャームポイントとして気に入っていたんだけど、大人認定が下りたらウソみたいにスッ…と消えてしまった。
身体ってすごいな、ちゃんと人の話聞いてるんだ、と思った。むしろ、アザ本体に意思があったのかな?「こいつは子供だから俺が(ケツで)見守っててやんねーと!」と思って長年一緒にいてくれたのかもしれないけど、母からの大人認定によって契約満期で終了&撤退をしたのかもしれない。

享年36歳。長い間そばにいてくれてありがとう蒙古斑。

また新しく産まれる誰かのお尻で、キレイな花を咲かせて欲しい。

この記事が参加している募集

新生活をたのしく

今週の振り返り

このお金で一緒に焼肉行こ〜