ことぶき寿

ことぶきひさし https://twitter.com/kotobukihisa_C

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短編小説 「トーキョーマン・イン・大阪」

大阪に転勤することになった。 正直言って不安だ。 大阪の人たちはみんな東京の人間を毛嫌いしている、という話を聞いたことがあるからだ。 僕はサービスエンジニアなので、お客さんと話をしなければならない。 となると、口を利いた途端に出自がバレる。 かと言って、無理に大阪弁を真似て話そうものなら却って顰蹙を買うことになるだろうし…。 困り果てた僕は別の課にいる大阪出身の先輩を昼食に誘い、助言を仰ぐことにした。 「この食堂来るん、久々やなあ」 「僕もです。ところで先輩…」 「なんや?

    • ショートショート 「お役御免」

      環境保護団体「地球堂」はその年の5月に結成された。 彼らは地球温暖化を防止するためにむろん善意で活動していたのだが、大多数の国民から反感を買っていた。 彼らの主張が科学的に妥当であるかどうかはさて置き、活動内容があまりに反社会的だったからだ。 団体のメンバーが起こした迷惑行為の例を以下に記す。 5月。 美術館に潜入してトマトスープ缶の中身を絵画に投げ付け、そのあと自らの手を接着剤で壁に貼り付けた。 6月。 プロサッカーの試合が行われているピッチに乱入し、自らの手首を結束バ

      • ショートショート 「通訳たち」

        「ぐりぐりーズ」は5年前に創立されたプロバスケットボールチームチームだ。 彼らは現チームの前身であるタマ金属工業バスケットボール部時代から一貫して「国際色豊かなチームづくり」をコンセプトに掲げている。 なので、選手だけではなくスタッフにも積極的に外国人を採用していた。 監督は鈴木太郎氏、48歳。 彼はオーナーから全幅の信頼を寄せられており、戦術や選手の起用法についてはもちろん、選手獲得に関する権限も与えられていた。 そんなある日、鈴木氏にチームのスカウト担当者から電話が入った

        • ショートショート 「GAME OVER」

          病室。 男がベッドに横たわっている。 心電図モニターの波形の振れ幅が徐々に小さくなり、やがて直線になった。 「ゴリンジュウデス…」と医師。 泣き崩れる妻。 ハンカチを差し出す女性看護師。 暗転。 そして文字と数字が浮かび上がる。 GAME OVER PLAYER1 キョウネン73サイ SCORE 4,850 / 10,000 決していい記録とは言えなかった。 でも精一杯頑張った。 大きな夢を叶えることは出来なかったが、それはまあ仕方のないことだった。 他に色々とやらなけれ

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        • 短編小説 「Peace」 全4話
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          ショートショート 「お礼参り」

          「カ、カ、カ….」 「ん…?」 「カカカカカカカ…」 「…」 「カメぇぇぇぇーっ! カメカメっ、カメぇぇぇええええ〜っ!」 妻の雄叫びで目が覚めた。 「あなた! カメが、カメが…」 「なんだよ、まったく。休みの日ぐらいゆっくり寝させてくれよぉ…」 「寝てる場合じゃないの! 起きて! 今すぐ起きて!」 「ちっ…」 体を起こして目を開けると、妻はカーテンを指差していた。 「ほら、あれ。カメ…」 「おい」 「なによ…」 「あれはな、カーテンつうんだ。カメってのは爬虫綱カメ目

          ショートショート 「お礼参り」

          短編小説 「たまたまつんだくどく」

          死んだ。 そして地獄に堕ちた。 先月のことだ。 ここへ来てからというもの、俺は毎日毎日虎柄のパンツを履いた鬼どもにイジメられている。 針の山を登らされたり、煮えたぎる湯の中に突き落とされたり、もう苦しいのなんのって、言葉ではとても言い表すことが出来ないほどツラい思いをしているのだ。 出来ることなら絶望してしまいたいものだが、ここではそれも叶わない。 たしかに生前の俺は救いようのないロクデナシだった。 人様のためになるようなことは何ひとつしなかったし、迷惑を掛けてばかりいた。

          短編小説 「たまたまつんだくどく」

          ショートショート 「自動湯沸かし器」

          一週間にわたって行われた工事がようやく終わり、ボクたち家族は念願の自動湯沸かし器を手に入れた。 機器はかなりデカくて、高さは約4メートル、面積は4坪ほどあった。 見た目は、まんまプレハブだ。 家の裏の敷地にドンと建っている。 窓にはカーテンが掛かっていて中の様子は見えない。 まあどんな仕組みであろうが、自動でお湯が沸けばそれでいいのだ。 ボクは嬉しくて仕方がなかった。 自動湯沸かし器のおかげで薪を割る必要がなくなったから、今後は空いた時間を使って別のことが出来る。 さて何をし

          ショートショート 「自動湯沸かし器」

          ショートショート 「真実味」

          「ミス日本コンテスト」の開催がひと月後に迫ったある日のこと、都内某所で反対派による抗議デモが行われた。 「ルッキズム反対!」 「はんた〜い!」 「外見至上主義者は死ね!」 「しね〜!」 マスコミは押し並べて賛成派よりも反対派の取材に力を入れていた。 理由は至極単純で、反対派の活動を取り上げた記事の方が多く読まれるからだ。 しかし今回に限ってはもうひとつ別の理由があった。 なんと昨年度のミス日本グランプリ受賞者が、反対派の先鋒に立って活動をしているのだ。 まるで落語のような

          ショートショート 「真実味」

          ショートショート 「人魚の肉」

          ここは南の島。 ある晴れた日の昼下がり、王様が家来を引き連れて砂浜を散歩していた。 「なあ家来よ」 「はい。王様」 「お前八百比丘尼って知ってるか?」 「ヤオビクニ…? いいえ、存じません」 「昨日ネットで知ったんだけどさ、その人って千年の寿命を得たらしいんだよ」 「ほぉーお。またどうやって?」 「人魚の肉を食ったらしいんだ」 「へー」 「とって来て」 「ン…?」 「とって来て」 「…なにをですか?」 「人魚」 「Pardon?」 「人魚だよ」 「ニンギョ…」 「うん。人魚

          ショートショート 「人魚の肉」

          ショートショート 「間違いがふたつあんだよな...」

          必死の抵抗虚しく先の尖った棒状の金属を脳天にブっ刺された。 金属はアルファベットの「J」の形に彎曲しており、胴体を貫いて腹から「ぶしゃあっ!」と音を立てて飛び出した。 ところがどっこい、それでも俺は生きていた。 とは言え、致命傷を負ったことは明らかで…。 ドボン。 ぶくぶく...。o○ どうやら海に落とされたようだ。 魚が寄って来て、魚の言葉で言った。 「うまそーだな。…いや、待てよ。食っちゃダメだ。こいつは人間が仕掛けたワナだよ。パクッと行ったが最後、口元に針が掛かっ

          ショートショート 「間違いがふたつあんだよな...」

          ショートショート 「変人隔離法」

          世の中には一定数の変人が存在する。 尤もこれは仕方のないことだし、奴らの存在自体を否定するつもりは毛頭ない。 でも迷惑を被るのはやっぱりゴメンだ。 ボクの名前は鈴木太郎。 どこにでもいるようなごくフツーの中学2年生だ。 ボクはこれまで幾度となく変人どもから嫌がらせを受けており、その都度勇気を出して奴らの行動を咎めたり、根気強く奴らを諭したりして来た。 でも何ともならなかった。 変人どもはボクの言うことをちっとも理解してくれなかったし、ボクも奴らの話を理解することが出来なかった

          ショートショート 「変人隔離法」

          ショートショート 「海を見たままで...」

          彼女と海を見ていた。 僕の水色の古いワーゲンに凭れて。 午后の浜辺はとても静かで、人影はまばらだった。 いまは四月。 暦の上では春だけど、太陽が燦々と照っていても尚、少し肌寒かった。 彼女はブラウスの上に僕のメリノウールのカーディガンを羽織っていて、潮風が吹き付けるたびに、だぶついた袖をたくし上げては、乱れた髪を整えた。 僕はそんな彼女の仕草を微笑ましい気分で眺めながら、何度か心のシャッターを押した。 二人で遠出をするのは初めてだった。 提案したのは彼女だ。 そう言えば、パー

          ショートショート 「海を見たままで...」

          ショートショート 「住民の切実な要望」

          車が街路樹に激突した。 現場は見通しの悪いカーブで、運転手がハンドル操作を誤ったことが事故の原因だった。 車はぺしゃんこになってしまったが、幸いなことに運転手は無傷で、すでに外に脱出していた。 彼はいま変わり果てた愛車を呆然と眺めている。 現場の近くには衝撃音を聞き付けて家を飛び出して来た数名の住民がいた。 ある者は心配そうに、またある者は海岸に打ち上がった珍しい深海魚でも見るような目付きで車と運転手を見ており、中にはこっそり写メを撮っている者もいた。 SNSにアップするつも

          ショートショート 「住民の切実な要望」

          ショートショート 「権兵衛たちの誇り」

          ある晴れた日の昼下がり、山奥で男と男が出会した。 「よう」 「やあ」 「オラ権兵衛ってんだ。よろしく」 「奇遇だな。オラも権兵衛ってんだ。よろしく」 「ところで…どうだ?」 「さっぱりだ。あんたの方は?」 「俺もさっぱりだ」 「やっぱりか」 「やっぱりだ」 「ハハハ」 「ハハハ」 「この山はダメだな。食えるものはすべて獲り尽くされちまってる」 「ああ。キノコや木の実や山菜はおろか、椎の実ひとつ落ちちゃいねえ」 「参ったな」 「参ったよ」 「ハハハ」 「ハハハ」 彼らは岩の

          ショートショート 「権兵衛たちの誇り」

          ショートショート 「目に余る所業」

          鈴木は思わず「うわっ!」と声を上げた。 驚くのも無理はなかった。 ゴミ集積所に持ち込まれたゴミ袋の山の中に五〇がらみの男が潜んでいたのだ。 男は膝を抱えて体育座りをしていた。 「こ、こんなところで何をしてるんですか?」 「女房に捨てられちゃいまして…」 「捨てられた?」 「はい。ここに居ろって言われたんです」 「ふうむ…。事情は存じませんが、ともあれ奥さんに頭を下げたらどうですか?」 「ムダですよ」 「どうして?」 「悪いのは私なんです」 「何かしたんですか?」 「なんにも

          ショートショート 「目に余る所業」

          ショートショート 「約束」

          交差点の角に建つ小さな斎場を見ていた。 ブロック塀を背にして、電柱の陰に身を潜め、降りしきる雨に打たれながら。 冬だし、夜だし、寒かった。 骨まで冷えていた。 それでも傘をさす気にはなれなかった。 罰だ。 ここへ来る途中、コンビニで200ミリボトルのジャック・ダニエルを買った。 その時ついでに傘を買うことも出来たのだ。 でも買わなかった。 かじかむ手でジャック・ダニエルの封を開けて一口煽る。 舌が痺れた。 これも罰か。 違うな…。 斎場ではあいつの通夜が行われていた。 片側二

          ショートショート 「約束」