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一緒に散歩に出かけると、ぼくの前をスタスタスタスタ歩いて、どんどん距離を離そうとする。

デイサービスの屋外歩行のレクリエーション。ぼくは付き添だ。そのことをわかっていて、ぼくを困らせようとわざと早足で歩いていく。まぁ足腰もしっかりしているし認知機能も問題ないので、ぼくは「ちょっとぉ〜」といった具合で困ったふりをして背中を追いかけているのだが。その人もおふざけでやっていて。ただ戯れあっているだけ。いや、付き合いたてのカップルか。
ぼくは前を歩くその人に駆け寄っていき「もう少しゆっくり歩いてください!」近所に轟くボリュームで伝える。「おお、わりぃわりぃ」と聞き分けのいいフリをして、今度はぼくの後ろについて歩く。波打ち際でカップルが水を掛け合っているシーン。スローモーションの演出がかかったようにわざとゆっくと歩き、またぼくとの距離を空けようとする。
「ゆっくり歩きすぎ!」とツッコミを入れる。するとその人は右耳に手を当て「?」みたいな顔をする。耳が遠い。ぼくはその人へ駆け寄っていき耳元で「日が暮れるわ!」とツッコミなおす。ニヤニヤしてまた、ぼくの前をスタスタスタスタ歩いていく。施設の外周を歩くだけの散歩。毎回こんな調子でミニコントを繰り広げていた。

ふと。
いろんな高齢者の方と出会う中で、ぼくの記憶にはどんな光景が残っていくのだろうかと思った。その人は死ぬ間際、ぼくのことを少しでも思い出してくれるのだろうかとも。

あんなに元気だったあの人は、ある日急に体調を崩し入院した。手術の難しい病気を抱え余命宣告を受けている方だ。表向きは元気に見えても体の中はすでにボロボロ。2週間ほどの入院。一命は取り留めても、もうデイサービスには来られないかもしれない。

ひと月たった。

「お前死んだのかと思ったよ。生きてたか!」

「あんたや!」

「?」

「なんで俺が先なんだよ!」と右耳にツッコミを放り込みにいった。肩を寄せ軽く手を握って。よかった。マジで。

久しぶりの再会となった今日、ミニコントの続きが始まった。

痩せこけ自力で立つことはできない。一段と耳が遠くなった気がする。目はうつろ、声にキレがない。でも厳つい車椅子に乗ってスタッフに押されながらも悠々とぼくの前に現れてくれた。

ぼくの顔を覚えていてくれていたこと、それにやり取りまで覚えていてくれたことに心が震え、この方と出会はいつまでも忘れないだろうと思った。

出会いというのは、
お互いの時間を交換し合うこと。混ざり合うことだ。


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